黒影との遭遇(第40話)
ルグナ遺跡の入口は、焦げた大地と黒煙の匂いに満ちていた。
つい先ほどまで炎が走っていたのだろう。地面はまだ赤く燻り、靴底に熱が伝わる。
その中心に──黒いローブの男が立っていた。
風が止まり、空気が沈む。
まるで世界そのものが息を潜めたようだった。
ミナが小声で言う。
「絶対ヤバいやつ」
その声は冗談めいているのに、震えが隠せていない。
カイトも短く頷く。
「だな。見ただけで分かる。あの威圧感」
レオンは剣を抜き、一歩前へ。
その足取りは勇ましいが、肩の筋肉がわずかに強張っている。
戦士としての本能が、目の前の男を“危険”と断じていた。
「俺は黒星教団の七矮星が一人、名は」
男はゆっくりと顔を上げた。
フードの奥、闇のような瞳がこちらを射抜く。
「黒影のゼル」
その名は短い。だが、響きは重い。
ゼルの足元に広がる影は、光の角度とは無関係に揺れていた。まるで彼自身の呼吸に合わせて脈動しているかのように。
影と肉体の境界が曖昧で、彼という存在そのものが影の器に見えた。
だが、ヴァルドのような暴力的な圧ではない。もっと深く、底の見えない井戸を覗き込んだ時のような、静かな恐怖。
ガルドが言う。
「黒星教団の幹部か」
ゼルは否定もしない。
ただ、キーリを見る。
ゼルの視線は、キーリが動く前に“先回り”していた。まるで次の動きを知っているかのように、視線が未来を読む。そのたびに、キーリの胸の星がひどく脈打った。
「星の器」
その視線だけで胸が締め付けられる。
キーリの胸の星が、怯えるように震えた。
ルミナが言う。
「あいつは危険だわ」
ゼルが手を下ろす。
その瞬間、ゼルの影だけが“音”を立てた。ザラ……ザラ……と、砂を擦るような音。影に音などあるはずがないのに、まるで何かが這い出ようとしているようだった。
その動きはゆっくりなのに、空気が沈み、地面に黒い影が広がった。
影なのに、重さがある。見ているだけで足がすくむ。
カイトが舌打ちする。
「来るぞ!」
影が動いた。
地面から黒い手のようなものが伸び、蠢きながら襲いかかる。
ミナが跳ぶ。
「うわ! 何これ! 気持ちわる!」
カイトが斬り払う。
だが、切られた影はすぐに再生し、形を取り戻す。
レオンが叫ぶ。
「これは実体じゃない!」
ルミナが光魔法を放つ。
白い光が影に触れた瞬間、影がひび割れるように崩れた。
「光魔法は効くわ」
ルミナはキーリにアイコンタクトを送る。
キーリは剣を握り、胸の星から光を引き出す。
「星剣!」
光の斬撃が影を切り裂く。
だが、ゼルは微動だにしない。
まるで、こちらの攻撃など興味がないかのように。
ミナが言う。
「本体動いてないんだけど!」
ガルドが命じる。
「本体を叩け!」
レオンとカイトが前へ出る。
一気に距離を詰める──だが、ゼルの周囲に黒い壁が立ち上がった。
ドン!!!
二人の攻撃は黒い壁に弾かれる。
カイトが呻く。
「硬い! 岩みたいだ!」
ゼルが初めて動いた。
ゆっくりと手を上げる。その動きに合わせて、周囲の影が膨れ上がる。
まるで生き物のように脈動し、形を変え、牙を剥く。
ゼルの影に、キーリの胸の星が強く反応する。
痛みすら感じるほどの共鳴。
ルミナが叫ぶ。
「来るわ!」
影が一斉に襲いかかる。
数が多すぎる。影の波が押し寄せ、飲み込もうとしてくる。
ミナが叫ぶ。
「多すぎ!」
リディアは後ろで震えていた。
彼女の瞳は影ではなく、ゼルの奥にある“何か”を見ていた。
「これ……星じゃない」
キーリが言う。
「黒星……こんな力を……」
ゼルが口を開く。
「これは未完成だ。完成はまだ先の話だ」
その言葉に、全員が一瞬止まる。
未完成でこれなのか──という恐怖。
カイトが言う。
「は? 何言ってるんだ」
ゼルは続けた。
「この遺跡の装置は歪んでいる」
キーリが気づく。
遺跡の奥から漏れる光──それは星の光ではない。
黒い光。
まるで星の死を凝縮したような色。
ルミナが言う。
「本当に壊れてる」
ゼルは言った。
「だからここの星は全て黒星になる」
その言葉に、キーリの背筋が凍る。
星の塔の記録──黒星は壊れた星。
星の力が死んだ証。
ガルドが叫ぶ。
「止めろ!」
ゼルは首を横に振る。
「無理だ。もう始まっている」
地面が震え、遺跡の奥で黒い光が強くなる。
空気が震え、耳鳴りがする。
ミナが言う。
「何かやばいことが起きてる?」
カイトが叫ぶ。
「中だ!」
レオンが決断する。
「突入するぞ!」
キーリも頷く。
だが、ゼルが前に立ちはだかる。
その瞬間、ガルドが前に出た。
「ここは俺がやる」
レオンが言う。
「一人でですか?」
ガルドは短く答える。
「時間を稼ぐ」
そしてキーリを見る。
その瞳は揺らがない。
仲間を信じる強さがあった。
「先に行け。必ず追いつく」
キーリは迷う。
だが、遺跡の奥から響く黒い脈動が、迷いを許さない。
ルミナが言う。
「今は考えている暇なんてないわ。急ぎましょう」
キーリは頷いた。
「行こう!」
ミナ、カイト、レオン、ルミナ、リディア。
全員で遺跡の中へ走る。
背後では──ガルドとゼルが対峙していた。
黒い影と王国の剣。
互いの気配がぶつかり合い、空気が震える。
遺跡の奥へ進むキーリたち。
そこに待つのは──暴走しかけた星装置。
そして、黒星へと変わろうとする力。
物語はさらに加速する。
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