ルグナ遺跡へ(第38話)
星塔の戦いから二日。
アストラの街は、まるで深呼吸をしているかのように静まり返っていた。
薄い雲が空を覆い、陽光はどこか遠慮がちに街並みに落ちていた。通りを行き交う人々の声も、まるで布越しに聞こえるようにくぐもっている。戦いの余韻がまだ街の隅々に残っているのだろう。宿屋の廊下には人影も少なく、静けさだけがゆっくりと沈殿していた。
黒星教団の襲撃は街の空気を変え、王国軍が動いたという噂が路地裏まで染み込んでいる。
宿屋の一室。
薄曇りの光が窓から差し込み、埃がゆっくりと舞っていた。
その中で、ミナが机に突っ伏していた。
「何もなくて、退屈だ」
声は床に吸い込まれるように低い。
カイトがベッドに腰かけ、肩をすくめる。
「二日前は死にかけてたのに、そんなこと言うなよ。変なことが起こってしまうだろ」
ミナは顔だけ上げ、むすっとした。
「そういう戦いって意味じゃなくて、どこにも動けないのが退屈ってこと」
キーリは窓辺に立ち、外を見つめていた。
遠くに星塔が見える。
あの地下で見た記録──星は種子。黒星は壊れた星。
胸の奥で、まだ整理しきれない思考が渦を巻いていた。
ルミナが、キーリの背中を見つめながら静かに言う。
「キーリ、難しいこと考えている」
キーリは小さく笑った。
「うん……」
「考えすぎるのも良くないよ」
それ以上、ルミナは何も言わなかった。
ただ、心配を隠しきれない目だけがキーリを追っていた。
その時──
コン、コン。
扉が控えめに叩かれた。
カイトが返事をする。
「開いてますよ、どうぞ」
扉が開く。
入ってきたのはレオン。そしてその後ろに、赤いマントを羽織った男。
ミナが思わず声を漏らす。
「うわ……」
王国軍の指揮官──ガルド。
部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
ガルドは部屋を見渡し、短く言う。
「全員揃っているな」
レオンが腕を組む。
「急に呼び出して、何の用事ですか?」
ガルドの視線が、まっすぐキーリに向けられた。
「……話がある」
ミナが小声でつぶやく。
「絶対ろくでもない」
カイトも同意するように頷く。
「それには同意」
ガルドは二人に鋭い視線を向けたが、すぐに興味を失ったように椅子へ腰を下ろした。
「王国は──」
深く息を吸い、言葉を区切る。
「星の器を保護することを決定した」
ミナが跳ねるように言う。
「保護⁉︎ 捕獲の間違いでしょ⁉︎」
カイトが笑う。
「いや、監視の間違いだろ」
ガルドは否定しない。
「似たようなものだ。手元にどうしても置いておきたいのだ」
キーリが静かに尋ねる。
「私を王都に連れていくの?」
ガルドは首を振った。
「違う。旅を続けることは構わない」
その言葉に、全員が少し驚いた。
ミナが目を丸くする。
「意外! もっと牢屋みたいなところに閉じ込めると思ってた」
ガルドは淡々と続ける。
「だが、王国の目もつける。それが条件だ」
レオンが眉を寄せる。
「つまり、どういうことですか」
「協力関係。それが王国の提案する保護だ」
カイトが鼻で笑う。
「便利な言い方。助ける気なんてさらさらないでしょ」
ガルドはその軽口を無視し、淡々と続けた。
「黒星教団は危険だ。王国も手を焼いている」
ルミナが小さく言う。
「知ってる。キーリを酷く狙っているから」
「そして、奴らの計画は動き出している」
キーリが息を呑む。
「何を計画しているの?」
ガルドの表情がわずかに険しくなる。
「星の装置……」
リディアが反応した。
「他にもあるの?」
「ああ。王国が確認しているだけで、三つ」
ミナが目を丸くする。
「多いわね」
カイトが腕を組む。
「全部、古代都市の遺跡なのか」
「そうだ」
そして、ガルドの視線が再びキーリに向けられる。
「厄介なことに、黒星教団はそれを狙っている」
キーリの胸がざわつく。
星塔で見た光景──黒星が落ち、文明が崩れた記録。
あれが再び起こるかもしれない。
ガルドは机に地図を広げた。
「次に狙われる場所はここだ」
山の中にバツ印。
古い遺跡の記号。
リディアが息を呑む。
「ここなのね」
キーリが尋ねる。
「どこ?」
ガルドは指を置いた。
「ルグナ遺跡」
レオンの目が鋭くなる。
「強い魔物がうじゃうじゃいる危険地帯だ」
ミナが拳を握る。
「何それワクワクしてきた!」
カイトが呆れたように笑う。
「お前は本当に危機感ないな。ここの魔物は相当手強いって聞くぞ」
ガルドは続ける。
「それについては王国軍も動く。だが──」
キーリを見る。
「星の器が必要だ。星の器がいなければ、星の装置は動かせない」
キーリは胸の奥で、あの言葉を思い出していた。
──世界を選べ。
──黒星はまた現れる。
自分が選ぶ世界とは何なのか。
まだ答えは出ない。
だが、逃げるわけにはいかない。
キーリは顔を上げた。
「わかった。私、行く」
ミナが笑う。
「決まりだね」
カイトが立ち上がる。
「ちょっと手強い遠足だ」
ルミナは静かに呟く。
「黒星……今度こそ」
ガルドは立ち上がり、短く告げた。
「よし、決まりだな。出発は明日。準備は各自でしておくこと」
窓の外の空は薄く曇っていた。
だが夜になれば、星はきっと見える。
その星のどこかに、まだ落ちていない運命がある。
キーリたちの新しい旅は、ルグナ遺跡へ向かう。
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