記録室(第36話)
石の記録室──その空気は、地下深くに閉じ込められた冷気と、何百年も眠っていた古代文明の気配で満ちていた。
壁に埋め込まれた石板は、どれも黒く沈黙している。だが、部屋の中央に立つキーリの胸の星が淡く脈動すると、空気が震え、光が走った。
光が脈動するたび、胸の奥に微かな震えが走った。それは痛みではなく、懐かしさに似た温度だった。まるで遠いどこかから、自分を呼ぶ声が届いているような──そんな錯覚。
キーリは思わず胸元を押さえる。
ミナが心配そうに覗き込み、カイトも視線を向ける。だが、彼女自身にも説明できなかった。
星の光は、ただ静かに、しかし確かに彼女の内側へ染み込んでいく。
次の瞬間、石板の文字が浮かび上がり、青白い光が天井へと伸びる。
光は絡み合い、空中に巨大な映像を結んだ。
星が落ちる。
夜空を裂き、尾を引きながら地面へと突き刺さる。
衝撃の光が部屋全体を照らし、全員の顔に影を刻んだ。
そして──その光の中心から、人影が立ち上がった。
ミナが息を呑み、ぽつりと呟く。
「星から……人が出てきた?」
カイトは眉をひそめ、腕を組む。
「どういう理屈だよ。意味が分からん」
だが、リディアだけは目を輝かせていた。
学者としての興奮が、抑えきれずに滲み出ている。
「すごい……ここまで精巧な古代記録は初めて見た」
映像はさらに変わる。
世界のあちこちに星が落ちる。
そのたびに光が弾け、そこから人影が生まれる。
ルミナが静かに言った。
「あれが……星の器」
キーリは胸に手を当て、少し不安げに尋ねる。
「私みたいな……?」
リディアは頷いた。
「多分そうだよ。落ちた星から生まれた存在──それが星の器」
石板の文字がさらに浮かび上がる。
古代文字のはずなのに、キーリの胸の星が反応するたび、意味が形を成していく。
キーリはゆっくりと読み上げた。
「星は……」
言葉が頭に流れ込む。
まるで誰かが直接語りかけてくるように。
「世界の外より来たり」
ミナが目を丸くする。
「世界の外? どういうこと?」
カイトが腕を組み直す。
「宇宙ってことか?」
リディアは息を呑み、映像を凝視した。
「まさか……本当に?」
キーリは続きを読んだ。
「星は種子──世界に降り──生命を育てる」
ルミナが静かに言う。
「だから星の“器”なのね。星が生命を宿す器……」
ミナは頭を抱えた。
「ちょっと待って、つまり……星って生き物なの?」
カイトが肩をすくめる。
「生き物っていうか……なんだ、生命の種みたいな?」
リディアは首を振る。
「完全な生物じゃない。でも、ただの石でもない。生命を運ぶ“媒体”……そんな感じ」
映像が切り替わる。
今度は古代都市。
巨大な塔がそびえ、その周囲を光が飛び交っている。
都市は石と金属が融合したような質感で、塔の根元には複雑な紋様が脈動していた。
空を飛ぶ光は鳥のように群れをなし、時に尾を引きながら塔へ吸い込まれていく。その光景は、文明というより“生きた都市”そのものだった。
ミナは口を開けたまま見上げ、カイトでさえ言葉を失っていた。
空に浮かぶ星の装置。
塔の周りを巡る光の軌跡は、まるで星々が呼吸しているようだった。
ミナが思わず声を上げる。
「すごっ……!」
カイトも目を見開いた。
「文明のレベルが違う……これが星文明か」
リディアは震える声で呟く。
「これが……星の文明……」
映像の中で、人々が星の装置を操作していた。
空に光を放ち、星を呼び寄せる。
ルミナが言う。
「呼んでる……星を呼んでるんだわ」
リディアは頷く。
「星の装置──星を導くための装置」
キーリが尋ねる。
「なんで星を導いているの?」
リディアは答えた。
「それは──星の器を生むため」
部屋が静まり返る。
キーリは胸の星を見下ろし、少し戸惑った表情を浮かべた。
ミナが言う。
「つまりキーリは……」
カイトが笑って肩を叩く。
「星の子ってことだな」
「そんな……大げさだよ。星の子なんて……」
キーリは困ったように笑うが、その胸の星は淡く光り続けていた。
その時──映像が突然、暗転した。
星が落ちる。
だが、その星は黒い。
ルミナの目が鋭くなる。
「これが……黒星」
黒い星が地面に落ちる。
そこから現れた影は、人の形をしているのに、どこか歪んでいた。
輪郭が揺らぎ、黒い霧のようなものがまとわりついている。
ミナが震えた声で言う。
「なにこれ……怖っ……」
リディアは低く呟く。
「これが黒星教団の言う“黒星”……」
キーリが尋ねる。
「普通の星と何が違うの?」
リディアは首を振る。
「詳しくは分からない。でも古代文明は──」
映像を指差す。
そこには戦いの記録があった。
星の器と黒星の存在が、光と闇に分かれて激突している。
ルミナが小さく言った。
「この二つの勢力は、昔から戦ってた……」
キーリの胸の星が強く光る。
まるでその記録を、遠い記憶として思い出しているかのように。
光は脈動し、部屋の空気が震えた。
キーリは胸に手を当て、息を呑む。
──自分は何者なのか。
──なぜ星は自分を選んだのか。
胸の奥で、答えの欠片がざわめいていた。
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