三勢力の対峙(第34話)
地下深く──星塔の最下層。
空気はひどく冷たく、湿り気を帯びて肌にまとわりつく。
石壁に刻まれた古い紋様は、まるで生き物のように淡い光を脈打たせ、地下室全体に静かな呼吸を与えていた。
天井は高く、闇がどこまで続くのか分からない。そこに散らばる星々のような光点は、星装置の反射か、それともこの場所そのものが持つ古い魔力なのか──判別できないほど神秘的だった。
中央に据えられた星の装置は、巨大な水晶を中心に複雑な金属の輪が幾重にも重なり、ゆっくりと回転している。
その光は脈動し、まるで巨大な心臓が鼓動しているように、地下室の空気を震わせていた。
キーリの剣もまた、装置に呼応するように震え、淡い光をまとっていた。
剣身に映る彼女の横顔は緊張に強張り、瞳の奥には恐れと覚悟が入り混じっている。
ヴァルドと対峙するその姿は、光と影の狭間に立つように見えた。
その時──上階から、重く規則正しい足音が響いた。
石段を踏みしめる音が、地下の静寂を切り裂き、空気を震わせる。
その足音は、まるで地上の秩序がこの混沌へ侵入してくる合図のようだった。
カイトが振り向き、低く呟く。
「来たな」
通路の奥から現れたのは、鎧に身を包んだ兵士たち。
王国軍──その紋章が星の光を反射し、鈍く光る。
彼らが踏み込むたび、床に落ちた瓦礫が小さく跳ね、金属音が重なり合って響いた。
ミナが息を呑み、小声で言う。
「本当に来た……」
兵士たちの後ろから、一人の男が姿を現した。
長い赤いマントを引きずり、鋭い眼光を持つ男。
その存在だけで、空気が一段重くなる。
まるで地下室の温度がさらに下がったかのように、周囲の空気が張り詰めた。
レオンがわずかに目を見開いた。
「……隊長」
男──ガルド・レイヴン。
王国軍の指揮官の一人であり、かつてレオンの上官だった。
ガルドは周囲をゆっくりと見渡す。
倒れた兵士、散乱した瓦礫、そして**黒星教団**の残した痕跡。
星装置の光が彼の鎧に反射し、赤いマントの裏地を淡く照らす。
視線が最後に止まったのは、星装置に触れているキーリだった。
「なるほど……」
ヴァルドが軽く手を振る。
「やあ」
ガルドの目が細くなる。
「黒星教団」
兵士たちが一斉に剣を構え、空気が張り詰めた。
金属が擦れる音が、星装置の脈動と重なり、不協和音のように響く。
この狭い地下室に、三つの勢力が同時に存在している。
カイトが苦笑混じりに呟く。
「カオスだな」
ヴァルドはしばし考え、肩をすくめた。
「今日はここまでにしよう。人が増えすぎた」
ミナが叫ぶ。
「またそれ? また逃げるの?」
ヴァルドは愉快そうに笑う。
「王国軍相手は面倒でね。犠牲は少ない方がいい」
そして、キーリへ視線を向ける。
「また会おう──星の器。次は逃がさない」
影が床から湧き上がり、黒星教団の兵士たちを包み込む。
影はまるで液体のように揺らぎ、光を飲み込みながら広がっていく。
次の瞬間、彼らの姿は闇に溶けるように消えた。
残されたのは、星の装置の光と、重い静寂だけ。
王国軍の兵士たちが周囲を警戒する中、ガルドがレオンに視線を向ける。
「説明してもらおうか、レオン」
レオンは剣を下ろし、短く答える。
「星の塔が襲われました」
「それは見れば分かる。俺が聞きたいのは──」
ガルドの鋭い視線が、キーリへ向けられる。
「その少女のことだ」
空気がさらに張り詰めた。
キーリはわずかに肩を震わせる。
星装置の光が彼女の頬を照らし、その影が揺れる。
自分が見られている──その事実が、胸の奥を冷たく締めつけた。
リディアが一歩前に出る。
「彼女は、私の研究の協力者です」
ガルドは疑わしげに目を細めたが、今は追及しない。
代わりに星装置へ目を向ける。
光が、先ほどよりも強くなっていた。
水晶の中心が脈動し、天井の星々が明滅する。
まるで夜空そのものが地下に降りてきたかのようだった。
リディアが青ざめる。
「まずい……キーリ、起動しすぎ」
「え? 何が?」
天井の星空が、まるで本物の夜空のように輝き始める。
光は脈動し、星々が瞬き、地下室が幻想的な光景に変わっていく。
床に落ちた瓦礫でさえ、星の光を受けて宝石のように輝いた。
ガルドが問う。
「止められないのか?」
「星の器しか……」
全員の視線がキーリに集まる。
胸の奥がざわつく。
逃げたい気持ちと、やらなければという責任感がせめぎ合う。
キーリは震える手で水晶に触れた。
瞬間、光が爆ぜるように広がり、星々が天井いっぱいに散った。
ミナが叫ぶ。
「逆効果じゃない?」
だがルミナは首を振る。
「違う……星が収束してる」
キーリの胸の星が、装置と同じリズムで脈動する。
その光は、まるで彼女の心臓が世界とつながっているかのようだった。
光が彼女の髪を揺らし、衣服の縁を淡く照らす。
やがて、光はゆっくりと弱まり、星空は消えていく。
最後に、小さな光だけが残り──それも静かに消えた。
リディアが大きく息を吐く。
「止まった……」
カイトが肩を落とす。
「心臓に悪い……」
ガルドはキーリをじっと見つめていた。
その視線は、ただの少女を見るものではない。
力を持つ存在──国家が放っておかない存在を見る目だ。
「その力……ただの協力者ではないな」
レオンが前に出る。
「事情があるのです、ガルドさん」
ガルドはしばし沈黙し、そして言った。
「……いいだろう。今はレオンの言葉を信じよう。だが──」
キーリを指す。
「その少女を、王国は放っておかない」
キーリは何も言えなかった。
胸の奥が、冷たい水に沈められたように重くなる。
星の器。
黒星教団。
王国。
三つの勢力が、自分を見ている。
星塔の戦いは終わった。
だが、物語はここからさらに大きく動き始める。
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