アストラの星の塔(第30話)
アストラの街は、昼の光に満ちていた。
石畳は陽光を反射して白く輝き、通りを行き交う人々の影が長く伸びている。市場では香辛料の匂いが風に乗り、果物の甘い香りと混ざり合って鼻をくすぐった。商人たちの呼び声は波のように重なり、鍛冶屋の金属音がその合間を鋭く切り裂く。遠くでは学者たちが巻物を広げ、身振り手振りを交えて議論していた。
ミナは屋台の前で串焼きを頬張っていた。
炭火で焼かれた肉の香りが立ち上り、脂がじゅっと弾ける。
「おいしい!」
その無邪気な声に、カイトが苦笑した。
「さっきも食ってただろ。どんだけ食べるんだよ」
ミナは気にした様子もなく、次の一口を楽しんでいる。
レオンはそんな二人を横目に、周囲へ鋭い視線を走らせた。
「兵士が多いな……。まるで監視されているようだ」
確かに、街角ごとに鎧を着た兵士が立ち、通りを見張っている。
その緊張感とは対照的に、ルミナは空を見上げていた。
彼女の視線の先には、アストラの中心にそびえる巨大な白い塔──星の塔。
塔は雲を突き刺すように高く、白い外壁は陽光を受けて淡く輝いている。近づくほどに、その存在感は圧倒的だった。
キーリがぽつりと言う。
「もっと近くで見てみたいな」
カイトが肩をすくめた。
「気持ちは分かるけど、中には入れないって聞いたぞ。どこから見ても同じだよ」
その時、背後から声がした。
「観光客?」
全員が振り向く。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
長い銀色の髪が光を受けて淡く揺れ、丸い眼鏡の奥の瞳は好奇心に満ちている。白いコートは風にひらめき、彼女の周囲だけ温度が違うような、不思議な雰囲気をまとっていた。
女性はキーリをじっと見つめた。
「面白い反応だね」
ミナが小声でつぶやく。
「変な人……」
女性はくすりと笑った。
「失礼だね」
カイトが警戒を隠さずに言う。
「誰だ? 教団の人間か?」
「違う違う……」
女性は軽く礼をした。
「私はリディア・セルフィア。この街で星の研究をしているの」
キーリが目を丸くする。
「学者さん?」
リディアはうなずき、そしてキーリの胸元に視線を落とした。
「君──星の器だね」
空気が一瞬で張りつめた。
レオンの目が鋭く細まる。
「どうして分かる」
リディアは指先でキーリの胸を指し示す。
「簡単だよ。星の波動が見える」
ルミナが小さく息を呑む。
「星の力を……感じる人」
「その通り」
リディアは満足げに頷いた。
ミナが眉をひそめる。
「信用していい人なの?」
カイトは短く言う。
「まだ分からん。警戒はしておこう」
リディアはその警戒すら楽しんでいるようだった。
「警戒心強いね。さすが盗賊」
そして、さらりと言う。
「でも安心して。私は黒星教団じゃない」
レオンが問い詰める。
「証拠は?」
リディアは空を指した。
白い塔が、青空の中で静かに光っている。
「私はあそこで働いてるの」
アストラ最大の星の研究施設──星の塔。
ミナが感嘆の声を漏らす。
「スーパーエリート……」
リディアは軽く髪を払って笑った。
「まあね」
だが次の瞬間、表情が引き締まる。
「でも、あなた達……危ない状況じゃないの?」
キーリが不安そうに聞く。
「どういうこと?」
「黒星教団は、この街にもいる」
その言葉に、周囲の喧騒が遠のいたように感じられた。
レオンが低く問う。
「どこに潜んでいる」
「まだ分からない。でも確実にいる。星に執着する人間は、すぐ分かるから」
ルミナが呟く。
「星を追ってる……」
「そういうこと」
リディアはキーリを見つめる。
「だから、あなた達は星の塔に来た方がいい」
ミナが首をかしげる。
「なんで?」
「メリットはたくさんあるよ。星文明の資料を見せられるし、少しだけ身の安全も保証できる」
キーリの胸が高鳴る。
星の秘密──それは彼女がずっと求めていたもの。
レオンは顎に手を当て、短く考えた。
カイトはまだ疑いを捨てていない。
「罠じゃないのか?」
「星の塔の中で罠は無理だよ。国の兵士だらけだから」
確かに、王国の重要施設。黒星教団でも簡単には動けない。
レオンが決断した。
「……行こう」
リディアが嬉しそうに笑う。
「よし、そうこなくっちゃ」
彼女が歩き出す。
アストラの中心にそびえる巨大な白い塔へ──。
塔に近づくほど、空気がひんやりと変わっていく。
白い外壁は近くで見ると金属のような光沢を帯び、触れれば冷たさが指先に伝わりそうだった。塔の周囲には魔力のような微細な粒子が漂い、光の筋となって揺れている。
キーリの胸の星が、微かに脈動した。
塔が呼んでいるような、不思議な感覚。
ルミナが塔を見上げ、震える声で言った。
「この塔……普通の星の塔じゃない」
「どういう意味?」
キーリが聞く。
ルミナはゆっくりと答えた。
「これは、ただの塔じゃない……星の装置がある」
キーリの心臓が跳ねた。
古代文明の技術──星の装置。
もしそれが本当なら、この塔には星の秘密が眠っている。
そして同時に、黒星教団が狙う理由にもなる。
星の塔の巨大な扉が近づいてくる。
白い壁は光を反射し、まるで星そのもののように冷たく輝いていた。
甲冑を着た兵士たちが無言で立ち、塔の上空には澄んだ青空が広がっている。
夜になれば、ここから無数の星が見えるだろう。
だがキーリはまだ知らない。
この星の塔の奥深くに、物語の大きな謎のひとつが眠っていることを。
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