アストラへ(第29話)
レクトの街へ戻ってから三日。
朝の光が差し込む盗賊ギルドの部屋は、古い木材の匂いと、外の市場から流れ込む喧騒が混ざり合っていた。
レオンの傷はかなり回復していたが、まだ動くたびに衣擦れの音とともに微かな痛みが走る。
ミナがパンをかじりながら言う。
パンの香ばしい匂いが、薄暗い部屋の空気に小さく広がった。
「結局、黒星って何? 何の魔法なの?」
カイトが肩をすくめる。
窓から差す光が彼の髪を照らし、影が机に揺れた。
「俺も、あんなのは初めて見た」
レオンは腕を組んで座っていた。
背もたれに預けた身体は落ち着いているようで、胸の奥にはまだ戦いの余韻が燻っている。
「ただの魔法じゃない」
ルミナが静かに言う。
その声は、部屋のざらついた空気をすっと切り裂くようだった。
「星の反対」
キーリが聞く。
「星の反対?」
ルミナは少し考え、視線を宙に漂わせる。
まるで、見えない星図を思い浮かべているようだった。
「星は世界の外の力。黒星は……」
そこで言葉を止めた。
胸の奥に、説明しきれない“影”のような感覚が広がっていた。
レオンが言う。
「世界の内側の力?」
ルミナは小さくうなずく。
ミナは首をかしげ、パンを持つ手を止めた。
「? どういうこと? よく分かんない?」
その時、扉が重い音を立てて開いた。
冷たい外気が一瞬だけ流れ込み、部屋の空気が揺れる。
盗賊ギルドのボス、セラが入ってくる。
長い影が床に伸び、彼女の存在感が場を一気に引き締めた。
「お前らに話がある」
全員が視線を向ける。
セラは机の上に地図を置き、指先である一点を叩いた。
「次の行き先だ」
キーリが聞く。
「どこ?」
セラが指した場所。
大きな街の印が、まるで星のように地図の上で光って見えた。
「アストラだ」
レオンが少し驚く。
「星の街か」
ミナの目が輝く。
「都会なの?」
カイトが笑う。
「この辺じゃ一番でかい。レクトの十倍はあるからな」
キーリが聞く。
「どんな街なの?」
レオンが説明する。
「星を研究する学者が集まる中心街だ」
ルミナの目がわずかに変わる。
その瞳の奥に、期待と緊張が同時に灯る。
「星の資料がたくさんあるの?」
セラがうなずく。
「星文明の研究もしてる。ここいらでは最先端だ」
キーリの胸が少し高鳴る。
胸の星が、微かに脈動するような感覚。
──星の秘密。何か分かるかもしれない。
カイトが言う。
「黒星のこともわかる?」
セラが答える。
「調べればな。お前ら次第だ」
レオンが立ち上がる。
その動きに、決意の影が宿っていた。
「行くぞ。アストラへ」
ミナが笑う。
「また旅だ!」
♢♢♢
三日後。キーリたちは街を出た。
朝の光が草原を照らし、風が草を波のように揺らしている。
東へ向かう道はよく整備され、馬車の車輪が石を弾く音が遠くまで響いていた。
キーリは空を見上げた。
昼の青空は澄み切っていて、どこまでも高く広がっている。
夜になれば、そこに星が現れる。
その星の中に、自分と同じ力がある──そう思うと胸がざわつく。
ルミナが隣を歩きながら言う。
「キーリ、考え事?」
キーリは笑う。
「少しだけ」
ルミナが言う。
「アストラには、星の塔がある」
キーリが驚く。
「また、あるの?」
ルミナがうなずく。
「遺跡の浦東よりもっと大きいもの」
カイトが後ろから言う。
「ロアット王国最大の星塔だ」
ミナが聞く。
「登れるの?」
レオンが言う。
「観測施設だが、普通は入れない」
ミナは残念そうに肩を落とす。
「そっかー。今度こそお宝があると思ったのに……」
キーリは笑った。
その時、遠くの地平線に白い影が見え始めた。
大きな城壁。高い塔。
そして、空に向かって真っ直ぐ伸びる巨大な白い塔。
陽光を受けて淡く輝き、まるで空そのものを貫く槍のようだった。
キーリは息をのむ。
「すごい……想像していたよりも大きい」
レオンが言う。
「あれがアストラの星の塔。ここより大きいのは、どこにもない」
街に近づくにつれ、人の数が増えていく。
商人、旅人、兵士、学者──それぞれが目的を持ち、忙しなく行き交う。
街全体が脈動しているような活気があった。
ミナが言う。
「本当に都会だ!」
カイトが笑う。
「昨日も言ったけど、レクトの十倍はあるからな」
門をくぐると、石畳の道路が広がり、建物の影が幾重にも重なっていた。
市場の喧騒、香辛料の匂い、遠くから聞こえる鐘の音。
そして、空にそびえる巨大な星の塔。
キーリの胸がざわりと震える。
胸の星が、わずかに反応している。
ルミナも気づいていた。
「星の力……感じる」
レオンが言う。
「まずは宿探しだ」
カイトが言う。
「それから情報集め」
ミナはすでに屋台へ向かっていた。
「食べ物! 屋台がたくさんある!」
キーリは笑う。
だがその時──。
星の塔の上。
風が強く吹き抜ける高所で、誰かがこちらを見ていた。
長いコートを身につけて。銀色の髪をなびかしている。
その人物は、塔の影に身を溶かすように立ち、静かに呟いた。
「来た」
そして、薄く笑う。
「……星の器」
アストラの街。
ここでキーリたちは、星文明の重要な秘密に近づくことになる。
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