星の塔での戦い(第26話)
星の塔の入り口。
そこから吹き込む風は、まるで塔の奥底から吐き出される怨嗟の息吹のように荒れ狂い、砂粒を鋭い刃へと変えて肌を刺した。
塔の内部で戦った熱気は、外気に触れた瞬間に奪われ、キーリの体温を容赦なく引きはがしていく。
彼は思わず肩をすくめ、胸の奥に残る戦闘の余熱が、冷気に押しつぶされるような錯覚を覚えた。
その風の中に、二つの影が立っていた。
黒星教団の幹部、アレス。そして、白髪の男──黒星のヴァルド。
塔の荒れた空気よりも冷たく、重く、圧迫感を伴う存在感。
彼らの立つ場所だけ、まるで光が吸い込まれているかのように暗く沈んで見えた。
ヴァルドは塔の内部をゆっくりと見渡す。
倒れ伏した石の守護者。崩れかけた床。
そして──キーリたち。
その視線は、獲物を値踏みする捕食者のそれで、ほんのわずかな動きすら逃さない冷徹さがあった。
ヴァルドは楽しげに笑う。
その笑みは軽いのに、底が見えない深淵のような冷たさを孕んでいた。
「思ったより強いみたいだね──星の器」
その声が響いた瞬間、キーリの背筋に氷の針が走る。
アレスはキーリを見据えていた。
黒い炎のように揺れる瞳。そこに宿る執念は、塔の闇よりも濃かった。
「星の器。今度こそ」
キーリは剣を握り直す。
手のひらに汗が滲むが、逃げる気は微塵もなかった。
前衛のレオンが一歩前に出る。その足音が、塔の静寂に重く響く。
「ここで止めるぞ」
アレスは静かに言った。
その声は、運命を告げる鐘の音のように冷たく、揺るぎなかった。
「お前には無理だ……諦めろ」
次の瞬間、アレスの身体から黒い光が広がる。
塔の空気が一気に重くなり、まるで闇そのものが形を持って押し寄せてくるようだった。
床の砂が震え、壁の影がざわめく。
ミナが眉をひそめる。
「なんか、嫌な魔力の気配がする」
ルミナの銀髪が、黒い気配に反応するように揺れた。
彼女の表情は険しく、光の魔力がわずかに震えているのが見て取れた。
「星じゃない」
カイトが短剣を構え、低く言う。
「じゃあ、なんだ?」
ルミナは短く答えた。
「黒星……」
その言葉が落ちた瞬間、塔の空気はさらに冷え込んだ。
まるで見えない氷が空間を覆ったかのように、呼吸すら重くなる。
ヴァルドが軽く拍手する。
「さすが運び手。よく知っているね」
キーリが問う。
「ルミナ。黒星って?」
ヴァルドは笑う。
その笑みは、底なしの闇を隠しきれない。
「星には二種類ある」
一本の指を立てる。
「光の星。そして──」
もう一本の指が立つ。
「闇の星」
ミナが息を呑む。
「何それ……聞いたことない」
カイトが小声で言う。
「何にせよ、敵であることには変わらない」
レオンが剣を構え直す。
「来るぞ」
アレスが前に出た。
床が割れ、黒い残光を引きながら、瞬きより速くレオンの前へ。
キーリはその動きを目で追えず、息を呑む。
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
塔の壁に反射した光が、一瞬だけ闇を押し返した。
レオンの表情に驚きが走る。
「思っているよりもずいぶん速い……」
アレスは冷たく言う。
「こんなのまだ序の口」
次の斬撃。
レオンが受け止めるが、その重さに足が沈む。
その隙を狙い、カイトが横から攻撃を仕掛けた。
短剣がアレスへ──
だが、黒い幕のようなものが剣を弾いた。
カイトが舌打ちする。
「何今の……」
ヴァルドが笑う。
「黒星の力。便利だろ?」
ミナのナイフ、ルミナの光魔法。
だがアレスは影のように滑らかにかわし、攻撃は一つも届かない。
キーリは星の力を解放する。
「星剣!!!」
光の刃が塔の闇を裂く。
その輝きに、アレスが初めて動きを止めた。
キーリが剣を掲げ、アレスも構える。
ドンッ!!!
星と黒星。光と闇。
力と力がぶつかり、塔全体が震えた。
天井から砂がぱらぱらと落ち、空気が震動する。
アレスがわずかに後退し、キーリを見据える。
「……なるほど。星の力は本物のようだ」
ヴァルドが言う。
「アレス。遊びすぎだ」
アレスは肩を回し、笑う。
「ええ、わかってますとも。力を見せるのはここからですよ」
次の瞬間、アレスの身体がさらに黒く染まる。
黒い霧が渦を巻き、塔の空気が震え、光が押しつぶされる。
レオンが叫ぶ。
「まずい。全員、目の前に集中しろ!」
アレスが消え──
キーリの背後に現れた。
ルミナが叫ぶ。
「キーリ!!!」
振り向いた瞬間、アレスの剣が振り下ろされる。
冷たい殺気が肌を刺し、時間が一瞬だけ伸びたように感じた。
だが──レオンの剣が割り込む。
「お前の相手は、この俺だ!」
アレスが愉悦を滲ませる。
「いい剣だ。戦い甲斐があるな」
本気の斬撃。
レオンが受け止めた瞬間、地面が割れ、砂が爆ぜる。
キーリは思わず目を細めた。
「レオン!」
ミナが叫ぶ。
「キーリ! 今のうちにヴァルドの相手をしてくれ!」
カイトの声が飛ぶ。
キーリが振り向く。
ヴァルドは壁にもたれ、戦う気配すら見せず、ただ楽しげに戦いを眺めていた。
その余裕が、逆に恐ろしい。
ヴァルドが言う。
「こっちも始める?」
キーリは剣を構える。
心臓は早鐘のように鳴っていたが、足は震えていなかった。
「行く。レオンを一人にはできない」
ルミナが言う。
「キーリ。気をつけて。あいつ、まだ何か持っている」
ヴァルドの目が光る。
星の光とはまるで違う、底なしの闇の輝き。
「いいね。それでこそ、星の器だよ」
塔の中で、戦いが二つに分かれた。
レオン・カイト・ミナ VS アレス
キーリ・ルミナ VS ヴァルド
そしてこの戦いで、キーリは初めて本当に追い詰められる。
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