レクトの街の朝(第23話)
夜の戦いの余韻がまだ街の空気に沈殿していた。薄い朝靄が瓦礫の上を流れ、壊れた屋台の木片や、割れたガラスが光を鈍く反射している。焦げた匂いと湿った土の匂いが混じり、通りには人々の疲れた足音が響いていた。誰もが眠れぬ夜を過ごした顔をしているが、その表情には「生き延びた」という確かな実感が刻まれていた。
盗賊ギルドの地下室は、外の喧噪とは対照的に静かだった。古い石壁は冷たく、ランプの炎が揺れるたびに影が長く伸びる。木のテーブルには昨夜の戦いの名残のように、砂埃が薄く積もっていた。
キーリたちはそこに集まり、まだ落ち着かない空気の中で朝食を囲んでいた。
ミナがパンをかじりながら、苛立ちを隠さずに言う。
「あいつらのせいで、街がメチャクチャになった」
カイトは椅子の背にもたれ、軽く笑った。
「ミナも原因の一つだろ」
「どういう意味よ」
ミナは肩をすくめ、悪びれもせずに視線をそらす。
レオンは腕を組んだまま、昨夜の戦いを反芻するように目を閉じていた。彼の中には、街を守れた安堵と、敵の正体への警戒が同時に渦巻いていた。
「まさか、黒星教団が来るとはな。誰にも予想はできないことだ」
キーリは不安を隠せずに言う。
「あの人たち、また来るのかな?」
ルミナは静かに目を閉じ、内側の感覚に集中していた。彼女の周囲だけ空気がわずかに澄んでいるように見える。
「来るわ。かならず」
その言葉は短いが、揺るぎない確信があった。
セラは椅子に腰を下ろし、キーリを見つめる。その瞳には、仲間を守るための覚悟が宿っていた。
「まあ、当然だね。星の器なんて宝物、黒星教団が放っておくわけないからね」
キーリは苦笑しながらも、胸の奥に小さな不安が広がるのを感じていた。
「私、そんなにすごいのかな……」
その瞬間、ルミナが鋭く顔を上げた。
空気が一瞬だけ張り詰め、全員が動きを止める。
「……近い」
カイトが眉をひそめる。
「何が? ……まさか敵?」
ルミナは首を横に振り、遠くを見るように言った。
「違う──星だわ」
キーリの胸が高鳴る。
「星?」
ルミナは静かにうなずいた。
「この街の近くに──星の力がある。感じる」
レオンが興味深そうに身を乗り出す。
「もしかして、遺跡のことか」
ルミナは確信したように言った。
「多分、そうだと思う」
ミナが目を輝かせる。
「宝探しの開幕?」
カイトは苦笑しながらも、どこか楽しげに言う。
「いや、キーリの訓練になるかもな」
キーリは首を傾げる。
「訓練?」
レオンが説明する。
「星の器が星の遺跡に行くと、力が強くなることがある」
キーリの胸の奥に、期待と不安が入り混じった熱が灯る。
「その話、本当!」
セラが頷く。
「ああ。北の荒野に行けば遺跡がある。ずいぶん昔に使われなくなった、古い星の塔だ」
ルミナは静かに言う。
「多分そこだわ」
ミナが勢いよく立ち上がる。
「行こう! お宝もあるかもしれないし!」
カイトは肩をすくめる。
「決まりだな。……まあ、宝なんて掘り尽くされてると思うけどな。なんせ、昔からあるものだし」
キーリは胸の奥で、何かが静かに目を覚ますのを感じていた。
星の遺跡。
そこに行けば、自分の力の秘密がわかるかもしれない。
レオンが立ち上がり、腰の剣を軽く叩く。
「準備しよう。昼には出発したい」
こうしてキーリたちは、星の遺跡へ向かう旅に出ることになった。
♢♢♢
その頃──黒星教団の神殿。
巨大な黒い柱が林立し、天井の見えない闇が広がるホール。空気は冷たく、まるで光そのものが拒絶されているようだった。床は黒曜石のように滑らかで、わずかな光を吸い込んでしまう。
アレスはひざまずき、黒い床に影を落としていた。
その前には、玉座のような椅子に座る人物。顔は深い影に覆われ、表情は一切読み取れない。
低く、重い声が響く。
「星の器は逃げたのか」
アレスは頭を垂れたまま答える。
「はい。ですが、場所を特定することは可能です」
影の人物が問う。
「どうやってだ?」
アレスは薄く笑った。
「星の器は、星を引き寄せる──次は、星の遺跡に向かうはずです」
沈黙が落ちる。
やがて、黒い声が再び響いた。
「そうか……ならば、先に行け。待ち構えるのだ」
アレスが顔を上げる。
「……一人でですか?」
影の人物は静かに言った。
「いや……」
その瞬間、暗闇の奥からもう一つの影が歩み出た。
長い白髪、細い身体、氷のように冷たい目。
その存在だけで空気が凍りつく。
アレスが驚きの声を漏らす。
「……あなた様が?」
白髪の男は、薄く笑った。
「久しぶりだね」
黒星教団の幹部──
その名も、黒星のヴァルド。
影の人物が命じる。
「二人で行け。そして、星の器を捕まえろ」
アレスは立ち上がり、胸に手を当てて誓う。
「了解しました。黒星がある限り、私はあなた様の命に従いましょう」
ヴァルドも静かに言った。
「久しぶりの外だから、楽しみだ。それに──星の器か。どんなやつなんだ。楽しみだなあ」
遠く、北の荒野。
風が砂を巻き上げ、古代の塔が静かに眠っている。
その塔で、キーリは自分の力の一部を知ることになる。
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