黒剣のアレス(第20話)
夜。レクトの街は静まりかえっていた。
昼の戦いのせいで、人々は早く家に帰り、扉を閉め切っている。
まるで街全体が息を潜めているようで、キーリは外の気配を思い出すだけで胸の奥がざわついた。
盗賊ギルドの地下では、まだ明かりがついていた。
湿った石壁にランプの光が揺れ、影がゆっくりと伸び縮みする。
キーリたちはテーブルを囲んでいた。その中でカイトが腕を組んでいた。そしてキーリを見ていた。
その視線に、キーリは自分の中の“何か”を見透かされているような気がして、喉が少しだけ乾いた。
「つまり、キーリは星の力を持っている」
キーリは苦笑いを浮かべる。
笑おうとしたのに、頬が少し強張っているのが自分でもわかった。
「どうやらそうらしい」
ミナが言う。
「『らしい』じゃない。今日の何? めちゃくちゃ光っていた」
その言葉に、キーリの胸がひゅっと縮む。
あの瞬間の熱、光、そして自分の意思ではない“脈動”──思い出すだけで背筋が震えた。
ルミナは静かに座っていた。
盗賊ギルドの女も同じテーブルにいた。
彼女は言った。
「まずは自己紹介だ」
キーリが顔を上げる。
セラの目は鋭いが、どこか人を見抜くような温度があった。
「私はセラ。このギルドのまとめ役をしている」
ミナが言う。
「この盗賊ギルドのボス」
セラが笑う。
その笑いは軽いが、地下の空気を揺らすほどの存在感があった。
「まあ、そんなところだ」
キーリは頭を下げた。
胸の奥に、助けられた安堵と、これから向き合うべき現実の重さが同時に沈んでいく。
「助けてもらって、ありがとうございます」
セラは肩をすくめる。
「礼なんていらない──その代わりと言ってはなんだが、聞かせてもらおうか。……星の器とはなんだい?」
全員がキーリに方を見る。
視線が集まる圧に、キーリは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
キーリは少し黙った。そして言った。
「私にも……わからない」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥に小さな痛みが走る。
“わからない”ことへの恐怖と、言葉にしたことで少しだけ軽くなる感覚が同時にあった。
ミナが呆れる。
「わからないって……」
キーリの代わりにルミナが話す。
「星は世界の外から来る力」
カイトが眉を上げる。
「世界の外?」
ルミナはうなずく。
「昔──星を使う者がいた」
セラが興味を示す。
「それが星の器?」
「そう」
ルミナは続けた。
「でも、今は存在しないはずだった。……でも現れた」
ルミナはキーリを見る。
その視線は責めるものではなく、ただ“事実”を見つめる静かな光だった。
キーリは胸の奥が少しだけ温かくなる。
沈黙した空気が流れるなか、カイトが言った。
「それで、黒星教団に狙われているってわけか」
セラがうなずく。
「昔、聞いたことがある。星の力を集めて、世界を支配するって。まさか、本当だったとは」
ミナが顔をしかめる。
「何それ。宗教みたい」
その時、盗賊の一人が階段を駆け降りてきた。
急ぎ足の音が地下の空気を震わせ、全員の緊張が一気に高まる。
「ボス!」
「どうした」
男が言った。
「街の北で戦いが!」
キーリが立ち上がる。
胸の奥がざわつき、足が自然と前へ出た。
「また!」
男は続ける。
「ああ、黒いマントの奴らだ」
セラの顔が険しくなる。
「まだ残っていたか」
カイトが立ち上がる。
その動きに、戦いの空気が一気に濃くなる。
「行くか」
ミナもナイフを握る。
「今度は盗ませない」
キーリが言う。
自分でも驚くほど声が強かった。
「私も行く」
ルミナもうなずく。
「キーリは私が守る」
その言葉に、キーリの胸が少しだけ軽くなる。
セラは少し考えて言った。
「わかった。でも一つ覚えておきな。黒星教団はただの兵隊じゃない。幹部がいる」
キーリが聞く。
「幹部?」
セラは低い声で言った。
「怪物みたいな奴らだ。七矮星と呼ばれている」
その言葉の重さに、キーリの背筋が冷たくなる。
その頃。街の北。
夜の空気は冷たく、広場の石畳は月光を鈍く反射していた。
黒いマントの男たちが並び、まるで闇そのものが形を持ったようだった。
その前に、一人立っている。
長い髪、細い身体。だが目は鋭い。
その視線は、獲物を探す獣のように冷たく、静かだった。
部下の男が言う。
「アレス様」
男は静かに答える。
「まだ見つからないか」
「はい」
アレスと呼ばれる男は、空を見る。
星が輝いている。そして、笑う。
その笑みは美しくも冷たく、胸の奥を凍らせるような気配を持っていた。
「この街にいる──星の器」
ゆっくりと黒い剣を抜く。
刃が月光を吸い込むように黒く光り、周囲の空気がわずかに震えた。
「見つけたら──連れて来い」
少し考えてから言った。
「もし抵抗をするのなら──殺してもいい」
その時、遠くから走ってくる影。
キーリたちだった。
胸の鼓動が速くなり、足が自然と前へ出る。
カイトが言う。
「いたぞ」
黒星教団の男たちが振り返る。
そして、アレスの目が止まる。
キーリを見た。
一瞬の沈黙。そして、アレスは笑った。
その笑みは、獲物を見つけた捕食者のそれだった。
「……見いつけた」
キーリの胸がドクンと鳴る。
恐怖と、逃げられない運命のようなものが同時に押し寄せた。
ルミナも小さく言う。
「あいつ……強いわね」
カイトも顔をしかめる。
「今までの敵とは訳が違うみたいだな」
ミナが呟く。
「何か嫌な感じがする」
アレスはゆっくりと歩き出した。
その足取りは静かだが、地面が軋むような圧があった。
「初めまして」
黒い剣を肩に乗せる。
「──星の器」
そして名乗った。
「私は黒星教団七矮星が一人、黒剣のアレス。以後お見知り置きを」
夜の街で、本当の戦いが始まろうとしていた。
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