追っ手(第19話)
地下の盗賊ギルドはざわついていた。
遠くから聞こえる爆発音が、地中にこもって低く響く。壁が震え、天井の梁から細かな砂がぱらぱらと落ちる。酒と油の匂いが揺れ、ランプの炎が不安定に揺らめいた。
盗賊の一人が言った。
「なんだ今の音!」
別の男が階段を駆け降りてくる。息が荒く、顔は土埃で白くなっていた。
「外が大変だ!」
カウンターにいた女が聞く。
その声は落ち着いているが、指先は無意識にカウンターを叩いていた。
「何があった!」
男は息を切らしながら言った。
「黒いマントの連中だ!」
空気がピリつく。
女の目が細くなり、周囲の盗賊たちも一瞬で武器に手を伸ばす。
「黒いマントだと?」
男はうなずく。
「ああ。街の門を襲撃している!」
カイトが小さくうなずく。
その表情は、どこか諦めと覚悟が混じったような静けさを帯びていた。
「……黒星教団か。厄介だな」
キーリが聞く。
「カイト、知っているの?」
カイトは肩をすくめる。
「……知ってると言っても、噂程度だけど」
ルミナが低く言った。
その声は、地下の空気をさらに冷たくする。
「星を狙う組織ね」
キーリの背中に冷たい汗が流れる。
胸の奥がざわつき、呼吸が浅くなる。自分の中の“何か”が、外の気配に反応しているのがわかった。
ミナが言った。
「つまり……」
キーリを見る。そして続ける。
「あんた狙いってこと」
キーリは苦笑いを浮かべる。
だがその笑みは、緊張で頬が引きつっていた。
「やっぱり、そうだよね」
カウンターの女が腕を組む。
その視線は鋭く、獲物を値踏みするようだった。
「事情を聞かせてもらおうか」
だが、その瞬間──
ドォン!!!
轟音が響いた。天井の砂が滝のように落ち、ランプが揺れ、盗賊たちの影が壁に跳ねた。
「なんだ⁉︎」
「何が起きているんだ⁉︎」
別の盗賊が走り込む。顔は蒼白だった。
「まずい! 敵が街に入った!」
キーリが顔を上げる。
胸が強く脈打ち、手のひらが汗で湿る。
ミナが言う。
「さすがに早すぎる」
ルミナが言った。
「どうやら包囲されたみたいね」
女が舌打ちをする。
「面倒なことになったみたいね」
そしてキーリを見る。
「お嬢さん。どうやら、あんたのせいで──戦争が起こるみたいね」
そう言ったが、女は笑っていた。
その笑みは、混乱の中でも獲物を見つけた獣のようだった。
その時だった。上の階から悲鳴が聞こえた。
「敵だ!!!」
扉とともに数人が吹き飛ばされ、煙の中から黒いマントの男たちが現れた。
胸には黒い星の紋章。
地下の空気が一気に冷え、鉄の匂いが満ちる。
その中の、一人の男が言った。
「見つけたぞ」
赤い目のような仮面。その視線がキーリに向く。
その瞬間、キーリの背筋が凍りついた。
「──星の器」
ルミナがキーリを庇うように前に出る。
羽が光を帯び、周囲の空気が震える。
「来た」
カイトは短剣を抜いて構える。
その動きは静かで、しかし殺気が鋭く滲んでいた。
「さすがに人が多いな」
ミナもナイフを握る。
目は笑っているが、全身は獣のようにしなやかに緊張していた。
「今日は忙しい日になりそうね」
黒星教団の男が手を挙げた。
「星の器を捕えろ」
その瞬間──戦いの火蓋が切って落とされた。
♢♢♢
盗賊たちが一斉に動く。
弓が弦を鳴らし、ナイフが空を切り、怒号が飛び交う。
地下の空間が戦場へと変わる。
土と血と火薬の匂いが混ざり、息を吸うだけで喉が焼けるようだった。
カイトは消えるように動く。
影のように滑り込み、瞬く間に一人の教団員が倒れる。
「遅い」
ミナは柱を蹴って自在に跳ぶ。
空中でナイフを投げ、教団員の肩を貫く。
「私たちの街を壊すなよ!」
盗賊たちも戦う。
だが、敵の数が多い。黒いマントが波のように押し寄せる。
キーリは震えながら剣を握っていた。
手のひらが汗で滑り、呼吸が乱れる。
目の前に仮面の男が迫る。剣が振られる。
ガキンッ。
金属がぶつかり合う音が響く。
キーリは剣を受け止めたが、腕が痺れ、足が後ろに下がった。
「くっ」
その時。ルミナの光が弾ける。
白い衝撃が走り、敵が吹き飛ぶ。
だが──ルミナは膝をついた。
「はあ……」
キーリが叫ぶ。
「ルミナ!」
ルミナは息を切らしていた。
額に汗がにじみ、羽の光も弱まっている。
「さすがに数が多いわね」
黒星教団の男が笑う。
その声は冷たく、勝利を確信していた。
「無駄だ──星の器」
男はキーリを指差した。
「星の器を捕まえろ!」
その瞬間、キーリの胸がまた熱くなる。
ドクン、ドクン。
心臓ではない“何か”が脈打つ。
星の力。
だが──キーリは初めて怖くなった。
さっきの広場での出来事。
あの光。
街が壊れるかもしれない。
仲間を巻き込むかもしれない。
「……私」
剣を握る手が震える。
視界が揺れ、呼吸が浅くなる。
その時、ミナが叫んだ。
「キーリ!」
キーリが振り向く。
ミナは敵に囲まれていた。
血が頬を伝い、しかし目は強くキーリを見ていた。
「キーリ! 今使わないと、いつ使うの!」
カイトも言う。
「迷うな、キーリ!」
ルミナが立ち上がる。
羽が弱々しく光りながらも、キーリの前に立つ。
「大丈夫──私が守るから」
その言葉で、キーリは目を閉じた。
胸の奥の恐怖が、少しだけ溶けた。
そして、叫ぶ。
「星よ!!!」
地下空間いっぱいに、魔法陣が広がる。
床が光り、壁が震え、盗賊たちは皆驚いていた。
「なんだこれ⁉︎」
地上の空を突き抜けて、光が降る。
黒星教団の男が叫ぶ。
「止めろ──!」
建物を突き抜けて、巨大な光が落ちた。
地下が揺れ、光が敵を飲み込む。
耳鳴りがし、視界が白く染まる。
数秒後、煙が消えたその場所には──敵はいなかった。
全員、跡形もなく消えていた。
盗賊たちは呆然と立ち尽くしていた。
「……なんだ今の?」
ミナがキーリを見る。
その目には恐れと興味と、少しの敬意が混じっていた。
「……本当に何者?」
カイトが笑った。
その笑みは驚きと諦めが混じったような、複雑なものだった。
「何度見てもとんでもないな」
ルミナはキーリの肩に手を置く。
その手は温かく、震えるキーリの心を少し落ち着かせた。
「大丈夫?」
キーリはうなずいた。
だが、心の中ではこう思っていた。
この力は危ない。
もし制御できなかったら、街も、仲間も、全部壊してしまう。
その時、盗賊ギルドの女が言った。
「決めた」
全員が彼女を見る。
女は笑った。
その笑みは、混乱の中でも未来を楽しむような強さがあった。
「面白い子だ。私たち、いや、この街はあんたたちを歓迎する」
ミナが肩をすくめる。そしてキーリを見る。
「これで仲間だね」
こうして、キーリの旅に新しい仲間が加わった。
だが、その頃──遠くの塔の上で、黒星教団の男が空を見ていた。
「確認した」
隣の男が聞く。
「どうだった」
男は静かに言った。
「確実だ。星の器は本物だ」
夜空の星が、不気味に輝いていた。
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