盗賊の町(第18話)
森の中にはまだ、煙が残っていた。
焦げた匂いが風に乗って流れ、木々の葉がざわざわと震えている。
地面の石は焼けこげ、抉れた跡もある。まるで巨大な獣が暴れた後のようだった。
キーリは膝を手につき、息を整えている。
胸が上下し、肺が熱を持っているように痛い。
「……はあ」
星の力を使うたび、身体が重くなる。
筋肉が鉛のように沈み、指先までしびれていた。
そんなキーリにルミナが近づいた。羽根を畳みながら、心配そうに覗き込む。
「キーリ大丈夫?」
「なんとか」
キーリが顔を上げる。
ミナはまだ呆然としていた。
目の焦点が合っていない。現実を飲み込めていない顔だ。
「ねえ……今の何?」
カイトが笑う。
その笑いは驚きと興奮が混じった、戦士特有のものだった。
「すごいだろ」
ミナはキーリを見た。
その視線には恐怖よりも、理解不能なものへの戸惑いが強かった。
「魔法なの?」
キーリは苦笑いを浮かべた。
自分でも説明できない力を持っているという事実が、胸の奥で重くのしかかる。
「多分……」
「多分って……」
ミナが頭を抱える。
その仕草は、混乱と諦めが入り混じっていた。
「街でこんな巨大な魔法見たことないよ」
カイトも言う。
「俺もない。あんな大きな魔法陣」
ルミナは周囲を見渡した。
風の流れ、木々の揺れ、空気の震え──すべてを警戒している。
「ここは危ないわ」
「え?」
キーリが聞き返す。
ルミナは真剣そのものだった。
その表情は、ただの警告ではなく“確信”を帯びている。
「さっきの怪物が、また来るかもしれない」
ミナが言う。
「もう、勘弁してよ……いろいろありすぎて、もう頭がいたいよ」
その時だった。
遠くから足音が聞こえた。それも何十もの足音。
地面がわずかに震え、金属のぶつかる音が混じる。
兵士たちが広場に向かってくる。
「魔物はどこだ!」
ミナが舌打ちをする。
その顔には「最悪だ」という文字が浮かんでいた。
「まずい……」
「どうしたの?」
キーリが聞く。
「私、捕まるから」
カイトが笑う。
「そりゃ、宝物庫荒らしたらな」
ミナは木の影に隠れた。
その動きは素早く、慣れたものだった。
「バレないうちに逃げるよ」
ルミナが言った。
「待って」
ミナが振り向く。
「何?」
「あなた。逃げ足速いから、逃げることもできた。でも、さっきは逃げなかった」
ミナは少し黙った。
確かに、怪物が現れた時に、逃げることもできた。
でも残った。
その理由を自分でも説明できず、胸の奥がざわつく。
キーリも言う。
「ミナのおかげで、街に被害が出なかった。ありがとう」
ミナは視線を逸らす。
照れと、認めたくない気持ちが混ざっていた。
「……別に」
その時、兵士の足音が近づいた。
「こっちだ!」
ミナが言う。
「やばっ、もう行くよ」
ミナが言う。
「なあ」
だが、カイトが呼び止めた。
「何?」
ミナは睨みつけるような視線をカイトに向けた。
カイトは反対にニヤけて見せた。
その表情は「お前の正体、知ってるぞ」と言っているようだった。
「お前、盗賊ギルドの人間だろ」
ミナが鋭い視線を向ける。
その目は、獣のように警戒していた。
「……なんで知ってるの」
カイトが肩をすくめる。
「俺も似たようなもんだから」
ミナは、キーリとルミナを見る。
そして少し考えて言った。
「ついてきて」
キーリが聞く。
「どこに?」
ミナは小さく笑った。
その笑みは、どこか寂しさと誇りが混じっていた。
「ここよりも──安全な場所」
兵士の足音が近づいてくる。
キーリたちに迷い考える時間はない。
三人はミナの後を追った。
♢♢♢
街の路地裏。そのさらに奥。
入り組んだ先の、普通の人は誰も入らないような場所。
湿った空気と古い木材の匂いが漂っている。
古い建物の前でミナは止まった。
そして、扉を三回ノックした。
すると、中から声が聞こえた。
「今日の……」
ミナが答える。
「夜は長い」
ガチャという音と共に扉が開いた。
中は、昼間だと思えないほど暗かった。
空気がひんやりしていて、外とは別世界のようだ。
キーリたちは恐る恐る中に入る。
そして──目を見開いた。
一見すると真っ暗に感じていた中。
数段の階段を降りると、そこには、地下空間が広がっていた。
酒場のような場所があり、そこにいるのはガラの悪そうな盗賊たちだった。
二十人以上はいて、ナイフや弓、長い針のようなものをみな持っていた。
怪しい雰囲気で、キーリは萎縮していた。
背中が自然と丸くなる。
「ここ……」
カイトが笑う。
「間違いないな。盗賊ギルドだな」
ミナが言う。
「そうだよ。ようこそ、盗賊ギルドへ」
鋭い視線の中を歩き、カウンターの前に着くと、奥から背の高い女性が出てきた。
年齢は三十歳くらい。
鋭い目をしていて、ただ立っているだけで威圧感があった。
ミナを見る。
「遅かったわね」
ミナが言う。
「ごめん。ちょっと問題が起きて」
女がキーリたちを見る。
その視線は、獲物を値踏みするように冷静だった。
「で、そいつらは?」
ミナは言った。
「新しい仲間」
キーリが驚く。
「え⁉︎ な、仲間⁉︎」
ミナは続ける。
「命を助けてもらった恩人」
女はしばらくキーリを見ていた。
その目は、キーリの奥にある“何か”を探るようだった。
そして、ふっと笑った。
「面白そうね」
その時、キーリの胸がまた少し熱くなった。
まるで遠くから呼ばれているような、ざわつく感覚。
ルミナも気づく。
「……来ているわね」
キーリが聞く。
「まさか……また?」
ルミナは低く言った。
「いつもの敵」
その瞬間。
街の遠くで、爆発音が響いた。
盗賊たちがざわめく。
女が言った。
「何が起きているの?」
ミナが窓の外を見る。
中央の広場がある方向で煙が上がっていた。
ルミナは言った。
「始まったみたいね」
キーリが聞いた。
「何が?」
ルミナは静かに答えた。
「狩りよ」
♢♢♢
そして、街の外。
薄暗い森の中に、黒いマントの集団が集まっていた。
木々の影が彼らの姿をさらに不気味にしている。
その胸には、同じ紋章。
〝黒い星〟
マントを纏った男が言った。
その声は低く、冷たかった。
「星の器はこの街にいる」
別の男が応える。
「包囲は完了した」
最初の男が笑う。
その笑みは、獲物を追い詰めた捕食者のものだった。
「捕らえろ」
そして。
「これは黒星教団の命令だ」
こうして、レクトの街は──戦いに巻き込まれる。
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