昼空に落ちた星(第17話)
路地裏の空気が一気に重くなった。
湿った石畳の匂いが、急に鉄のような冷たさを帯びる。
風が止まり、まるで世界が息を潜めたかのようだった。
黒い霧が渦を巻きながら形を作る。
霧の中心で、赤い光がゆっくりと開く──目だ。
黒い身体が輪郭を得ていくたび、周囲の影が吸い込まれるように揺れた。
森で見たのと同じ存在。
──追跡者。
ミナが驚いて、足がもつれそうになりながら後ろに下がる。
その瞳には、恐怖よりも「理解できないものへの拒絶」が浮かんでいた。
「何これ……」
キーリは剣を握った。
手のひらが汗ばみ、柄が少し滑る。
心臓が速くなっているのがわかった。
胸の奥で、何かがざわついている。
ここは和知の中だ。
こんなところで戦えば、誰かが巻き込まれる──その想像だけで胃が重くなる。
ルミナは一歩前に出た。
その背中は細いのに、不思議と頼もしさがあった。
「キーリ」
「うん」
「ここは危ない。場所を変えましょう」
カイトが周りを見渡す。
その目は冷静で、状況を瞬時に計算している。
「少し出れば人通りも多いしな」
影の怪物がゆっくり歩き出す。
足音はないのに、地面が震えるような圧があった。
そして、低い声で言う。
「星の器……回収」
ミナがキーリを見る。
その視線は「冗談であってほしい」という願いが混じっていた。
「え? あんた何したの?」
キーリは苦笑いをした。
自分でも笑うしかないほど、状況が理解できていなかった。
「私だって──知りたい」
怪物が腕を振る。
黒い衝撃波が壁にぶつかり、石が砕け、粉塵が舞い上がる。
空気が震え、耳がキンと鳴った。
ミナが叫ぶ。
「ちょっと! 街を壊す気⁉︎」
カイトが言った。
「西の方に行けば、人が少ない。その先の森に誘い込もう」
ルミナがうなずく。
「わかった」
キーリは聞く。
「西って、どっち?」
ミナが言った。
「こっち! この街には詳しいから、ついてきて」
ミナは路地の奥へと走る。
三人も後を追った。
その後を怪物が追いかける。
路地を走るたび、風が悲鳴のように耳をかすめた。
出会う人々は、怪物を見て悲鳴をあげる。
「魔物だ!」
「逃げろ!」
ミナは細い道を次々と曲がる。
その動きは迷いがなく、まるで街そのものが彼女の味方をしているようだった。
カイトが言う。
「さすがは盗賊」
やがて、視界が開けた。
広場だった。
市場が終わった後なのか、人は少ない。
夕方の光が石畳に長い影を落としている。
「この先に行けば、森がある。そこなら被害を抑えられる」
「わかった。ありがとう」
森を少し進むと開けた場所に出た。
木々のざわめきが、戦いを拒むように揺れている。
ミナが止まる。
「ここなら」
怪物が広場に出てくる。
赤い目がキーリを見つめていた。
その視線は、獲物を確実に仕留めるためのものだった。
「逃走しても、無意味だ」
ルミナが羽を出し、光が広がる。
白い羽が空気を震わせ、周囲の影を押し返す。
ミナが目を見開く。
「羽⁉︎」
カイトは笑う。
「驚くのは後だ……今は前の敵に集中して」
怪物が飛んだ。
空気が裂ける音がした。
キーリに向かってくる。
速い──目で追えないほど。
キーリが剣を構える。
だが──カイトが先に動いた。
影が跳ねるような動き。
カイトの短剣が光った。
ガンッ!!
怪物の腕に当たるが、弾かれた。
金属同士がぶつかったような衝撃が森に響く。
「硬いな」
カイトが舌打ちをする。
怪物はすぐさま反撃をする。
巨大な腕が振り下ろされる。
カイトは横に飛ぶ。
地面が砕け、土が舞い上がる。
カイトの頬には汗が流れた。
ミナは逃げるように、木の上に飛んだ。
枝がしなる。
「なんなの……人間業じゃない!」
ルミナが光を放つ。
白い閃光が怪物の身体を焼く。
焦げた匂いが漂うが、怪物は止まらない。
「やっぱり強いわね」
キーリの胸がまた熱くなった。
ドクン。
星の力──出せるかわからないけど、逃げるわけにはいかない。
キーリが前に出る。
足が震えているのに、不思議と前へ進めた。
「私がやる!」
カイトが言う。
「無理するな。キーリの実力では、あんなやつまだ倒せない」
キーリは首を横にふる。
その瞳には、恐怖よりも強い決意が宿っていた。
「私のせいでこの怪物は来ている。私が逃げるわけにはいかない」
怪物は笑うような声を出した。
「理解──器」
怪物は腕を上げる。
キーリを捕まえようとする。
その瞬間、キーリは叫んだ。
「来い!」
キーリの胸が光る。
地面には魔法陣が、広場いっぱいに広がった。
空気が震え、風が巻き起こる。
ミナは開いた口が塞がらなかった。
「何それ……」
青空の中で星が輝く。
昼なのに、星がひとつだけ強く光った。
その瞬間──星が降った。
怪物が叫ぶ。
「またか──」
爆音と共に、光の柱が森の中に落ちた。
地面が揺れ、木々が大きく揺れ、青い葉が風に飛ばされていく。
光は温かいのに、どこか切ないほど鋭かった。
光が消えると、怪物は完全に消えていた。
ミナがポカンとしていた。
「………………」
キーリは息を切らしていた。
胸が痛いほど脈打っている。
「はあ……」
ミナが言った。
「今の……」
キーリが答える。
「私も……よくわからない」
カイトが笑った。
その笑いには驚きと、少しの安堵が混じっていた。
「嘘でしょ? あんな力を持っていて?」
ルミナは空を見ていた。
明るい空に、ポツンと星が光っている。
その光は、まるで誰かの合図のように揺れていた。
そしてつぶやいた。
「やっぱりね」
キーリが聞く。
「ルミナ、どうしたの?」
ルミナは真剣な顔をして言った。
その声は震えていないのに、どこか悲しみがあった。
「もう隠せない……街にも──世界にも」
そして静かに言った。
「──星の器が現れたことを」
その時、木の影から、誰かが見ていた。
黒いコートの男。
光の残滓を見つめながら、口元だけ笑っていた。
「面白い」
男はつぶやいた。
そして、言った。
「見つけた──星の器」
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