レクトの街(第15話)
三人は森の道を進む。
木々は高く伸び、枝葉が重なり合って空を覆っていた。
風が吹くたび、葉がざわりと揺れ、木漏れ日が地面に細かい模様を描く。
森の匂い──湿った土、苔、草の青さ──が鼻をくすぐった。
そんな中、カイトはよく喋る男だった。
森の静けさを気にする様子もなく、軽快に話し続ける。
「レクトの街はさ、結構大きくて、そこら辺の町じゃ比べ物にならないくらい人もたくさんいるんだ」
キーリは興味津々で聞いた。
「どれくらい?」
「正確にはわからんけど、どこ見ても誰かはいるってな感じ。まあ、無理やり数字をつけるのなら、数千は確実にいるね」
“数千”という言葉が耳に入った瞬間、キーリは思わず足を止めた。
胸がどくんと跳ねる。
「数千……そんなに?」
村の人口は百人にも満たない。
その十倍以上の人が一つの場所にいるなんて、想像もつかない。
ルミナも驚いていた。
「人多いのね」
カイトは笑っていた。
「最初はびっくりするぞ。立ち止まって流されないようには気をつけるんだぞ」
キーリは想像してみる。
人が押し寄せるような場所。
知らない声、知らない匂い、知らない世界。
胸がざわつく。でも、少しだけ楽しみでもあった。
しばらく歩いていると、森が少し開けた場所に出た。
木々の隙間から光が差し込み、小さな小川が流れている。
水音が心地よく、鳥の声も戻ってきていた。
休憩するにはもってこいの場所だった。
その時、カイトが言った。
「ここで少し休もう」
三人は川のそばに座った。
キーリは手で水をすくって飲む。
冷たくて気持ちいい。
喉を通る冷たさが、戦いの緊張を少しだけ溶かしてくれる。
カイトはルミナをチラッと見る。
「ところで──ルミナ? は、魔法が使えるんでしょ?」
ルミナは少しだけ頷いた。
「少しだけならね」
カイトは興味深そうに言う。
「やっぱり! さっき、森で魔力を感じたんだ」
キーリの胸がドキッと跳ねた。
あの“光”のことだ。
胸の奥がざわつく。
知られたくない。でも、隠し通せる自信もない。
カイトはキーリのことなど知らずに、話を続ける。
「結構強いものだったけど、近くに誰もいなくて、誰のだろうって思っていたんだよね」
ルミナは慌てて話題を変えた。
「カイト……あなたも普通じゃないわね」
カイトは笑った。
「わかる? バレてしまったか」
「え? どういうこと?」
キーリは驚いていた。
カイトは軽く肩をすくめ、立ち上がる。
「ちょうどいい」
「何が?」
その瞬間だった。
──ガサッ。
森の奥から物音がした。
キーリの身体が反射的に強張る。
低い唸り声がして、茂みが揺れた。
カイトは言う。
「ほら、来た」
次の瞬間、狼の魔物が茂みから飛び出してきた。
普通の狼よりも二倍は大きく、毛並みは逆立ち、長い牙が光り、赤い目がぎらりと光る。
キーリは、考えるよりも先に剣を抜いていた。
「っ……」
だが、初めての実戦。
手が震える。
足がすくむ。
心臓が痛いほど脈打つ。
そんなキーリの姿を見て、ルミナも構えていた。
だが、カイトが手を挙げた。
「俺に、任せて」
カイトはそう言って、狼に飛びかかった。
キーリが瞬きをした瞬間──カイトは消えた。
「え?」
次の瞬間。
カイトは狼の背後にいた。
短剣を光らせて──一閃。
狼の動きが止まった。
そして──ドサッ。
狼は倒れた。
カイトの攻撃は一瞬だった。
キーリは呆然としていた。
「……え?」
カイトは短剣をしまう。
「こんなもん」
ルミナも開いた口が閉じなかった。
「……速いわね」
カイトは笑う。
「盗賊だからね。このくらい当然だよ」
キーリは、倒れている狼を見た。
黒い血が地面に染み、森の匂いが濃くなる。
「すごい……一瞬」
カイトは肩をすくめた。
「旅していたら慣れるものだよ」
そして、キーリを見た。
「キーリも戦えるようにならないとな」
キーリは剣を見つめる。
自分の手が震えているのがわかる。
「そうだよね」
さっきは何もできなかった。
星の力も、出せるかどうかもわからない。
自分で戦えるようにならないと。
カイトは言った。
「レクトの街も訓練場がある。そこで、練習すればいいよ」
「本当?」
「ああ、お金さえ払えば、稽古つけてくれる人もいるよ」
キーリは少し嬉しくなる。
「いいな。それ」
少しの休憩を挟んだ後、三人は再び歩き出した。
森はだんだん薄くなる。
光が強くなり、風が乾いていく。
そして、丘を超えた時──キーリは足を止めた。
「……すごい」
目の前に広がっていたのは、村の何十倍にも広がる大きな街だった。
石壁に囲まれ、中央には高い塔。
並ぶ煙突からは、白い煙が上がっている。
門の前では、人が行列を作っている。
キーリは呟いた。
「これが……街」
ルミナも見上げていた。
「大きいわね……」
カイトは笑っていた。
「ようこそ──レクトの街へ」
だが、その街の中で──すでにある噂が広がり始めていた。
「おい、聞いたか?」
「ああ、北の森の話だろ」
「星が落ちたんだってな」
「しかも……」
一人の男が低い声で言った。
「星の器が現れたらしい」
その言葉は、ゆっくりと街に広がっていた。
まだキーリは知らない。
この町で出会うことになる、運命の仲間。
そして──最初の敵を。
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