森の道(第14話)
森の道を歩く。
朝の光が木々の間から差し込み、細い光の筋が揺れながら地面に落ちていた。
湿った土の匂い、葉の擦れる音、鳥の声──すべてが、村を出てからの“新しい世界”をキーリに実感させていた。
村を離れてまだ一時間ほど。
けれど、少女の胸にはもう、村の気配は薄れつつあった。
代わりに、森の空気が身体の奥に染み込んでくる。
背中の袋が揺れるたび、ガルドからもらった剣の重みが少女の肩に伝わる。
その重さは、まだ慣れない。
でも、旅に出た証のようで、どこか誇らしくもあった。
「ねえ、ルミナ?」
キーリが口を開くと、森の静けさの中で自分の声が少し大きく響いた。
「何?」
ルミナが振り返る。
白い髪が光を受けて淡く揺れ、森の緑の中で浮かび上がるようだった。
「レクト街ってどんなところ?」
ルミナは首を傾げる。
「さあ、どんなところだろ?」
「え?」
「だって私、ずっと上に住んでいたから、地上は詳しくないのよね」
そうだった。
ルミナは星から来た存在。地上の街のことなんて、知っているはずがない。
キーリはため息をついた。
「まあいいか……」
旅はまだ始まったばかり。
知らないことだらけなのは当然だ。
歩きながら、キーリは剣の柄に触れた。
冷たい金属の感触が指先に伝わる。
「初めて持つの」
「武器?」
「うん。本物は」
ルミナはじっとキーリの手元を見る。
「練習がてら少し振ってみたら。魔物がいつ来るかもわからないし。もしもの時に使い物にならないのじゃ持ってても意味ないし」
「……そうだね」
キーリは少し離れて剣を振った。
ブンッ、と風を切る音がする。
だが、動きはぎこちない。
少女の腕にはまだ重く、振るたびに身体がふらつく。
剣を握る手が震える。
ガルドの言葉が頭をよぎる。
(“剣は重い。それを振る覚悟がいる”)
その覚悟が、自分にあるのかどうか──キーリはまだ答えを持っていなかった。
その様子を見て、ルミナが言う。
「下手だね」
「わかってるよ!」
キーリは顔を赤くした。
悔しいけれど、事実だ。
その時だった。
「おーい!」
道の先から声が聞こえた。
キーリが顔を上げると、森の奥で誰かが手を振っている。
近づくと、二十歳くらいの若い男だった。
軽装の服に短剣。
そして、妙に人懐っこい笑顔。
「二人は旅人?」
キーリは頷く。
「まあ、そんな感じです……」
男はさらに近づいてきた。
足取りは軽く、森の中を歩き慣れているようだった。
「俺も旅人だよ! 二人の名前は?」
ルミナがすかさず言う。
「人に名前を聞くときは、まずは自分からでしょ」
男は「ああ」と笑い、自分の胸を叩いた。
「俺の名前はカイト。旅をしている。君たちは?」
ルミナはため息をついたが、名前は名乗らない。
代わりにキーリが答える。
「えっと……私がキーリで、隣にいるのがルミナ」
カイトは握手をしようと手を伸ばす。
キーリも手を出すと、カイトは両手で包み込むように握った。
「キーリにルミナだね。よろしく!」
その笑顔は軽い。
でも、どこか底が読めない。
「二人はどこまで?」
「レクトの街まで」
「そうなんだ。俺と同じだ!」
カイトは嬉しそうに言った。
「じゃあさ、一緒に行かない?」
キーリはルミナを見る。
ルミナはため息をつきながらも頷いた。
「……いいよ」
キーリが答えると、カイトは満面の笑みを浮かべた。
「助かった! 森の中は魔物が多いから、一人じゃ心細かったんだよな」
キーリは尋ねる。
「カイトは何している人?」
カイトは少し考え、軽く言った。
「まあ……何でも屋」
ルミナがじっとカイトを見る。
その視線に気づいたカイトは笑った。
「あなた……」
ルミナは一拍置いて言う。
「嘘つくの上手ね」
カイトの背筋がピクリと動いた。
そして、観念したように笑う。
「はは。鋭いね」
「え?」
キーリが驚くと、カイトは軽く言った。
「俺、実は盗賊なんだよね」
「え? え?」
キーリは固まった。
ルミナは無表情のまま言う。
「正直なのね。てっきり、嘘でもつくのかと思った」
「嘘をつくのは面倒だからな」
カイトは肩をすくめた。
キーリは不安になりながらも、どうしてもカイトが悪い人には見えなかった。
その時、カイトがふとキーリを見た。
「ところでさ」
「な、何?」
「さっき、森、光ってなかった?」
キーリの心臓が跳ねた。
ルミナは静かにキーリを見る。
「なんかすげー、バーって光ってたぞ?」
カイトの目が鋭くなる。
「あれ、二人に何か関係ある?」
キーリは言葉に詰まった。
旅はまだ始まったばかりなのに、もう秘密が危ない。
だが──
「まあいいや」
「え?」
カイトは肩をすくめた。
「誰だって言いたくないことくらいあるよな。レクトまで遠いし、歩きながら話そうぜ」
その軽さに、キーリは少しだけ救われた。
三人は森の道を進んでいく。
木漏れ日が揺れ、風が草を撫で、森の奥からは小さな動物の気配が聞こえる。
だが──この出会いが、のちにキーリの人生を大きく変えることになる。
まだこの時のキーリは知らない。目の前の男──カイトが、世界で一番の大泥棒になる男だろいうことを。
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