表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を拾った少女  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/76

旅立ち(第13話)

 朝。ヴェーリス村の空は、いつもと同じように静かだった。

 薄い雲がゆっくりと流れ、鳥の声が澄んだ空気に溶けていく。

 森を吹き抜ける風が木々を揺らし、葉の擦れる音が柔らかく響いた。

 村の朝はいつも穏やかで、変わらないはずだった。


 ──なのに、キーリにはすべてが違って見えた。


 家の前に立ち、村を見渡す。

 小さな畑。並ぶ木の家。細い道。

 十四年間、毎日見てきた景色なのに、今日はどこか遠く、淡く、手の届かないもののように感じた。


 胸の奥がじんわりと熱くなる。

 村の空気が、いつもより少しだけ重く感じた。


 ふと視線を横に向けると、畑の端に置かれた古い木箱が目に入った。

 子どもの頃、ガルドに怒られながら剣の真似事をした場所だ。

 あの時、木の棒を振り回していた自分を見つけたガルドは、「剣は遊びじゃねぇ」と本気で叱った。

 でもその後、こっそり木の棒を削って“練習用”として渡してくれた。

 あれが、キーリが初めて手にした“武器”だった。


(……ガルドさん、覚えてるかな)


 胸が少しだけ締めつけられる。


「……行くか」


 少女は小さく呟いた。

 背中には小さな袋。荷物はほとんど入っていない。

 けれど、その軽さが逆に心をざわつかせる。

 “本当に行くんだ”という実感が、胸の奥で静かに膨らんでいく。


 隣に立つルミナが、静かに問いかけた。


「名残惜しい?」


 キーリは少し考え、そして笑った。


「うん。でも、これからどうなるのか楽しみでもある」


 その笑顔は、ほんの少し震えていた。

 不安と期待が胸の奥で混ざり合っている。

 村を出ることは怖い。でも、知らない世界を見たい気持ちも確かにある。


 ルミナは優しく頷いた。


「世界は広い。私たちが思っている以上に。だからたくさんのことを知っていこ」


 その言葉に、キーリの胸が少しだけ軽くなる。

 ルミナの声は、森の風よりも静かで、でも確かに背中を押してくれた。


 村の入り口まで歩くと、何人かの村人が集まっていた。

 朝の光が彼らの影を長く伸ばし、別れの空気を静かに包み込む。村の人々の表情は、どこか寂しげで、どこか誇らしげだった。


 ガルドもいる。

 腕を組み、いつものしかめっ面。

 だが、その眉間の皺はいつもより深く見えた。


「キーリ……来たか」


 キーリは深く頭を下げた。


「ガルドさん。今までお世話になりました。ガルドさんのおかげで、私は強くなれました」


 ガルドは何も言わず、背中に隠していた大きな袋を差し出す。


「キーリ。持っていけ」


 受け取ると、中には乾いて硬くなったパンと──短い剣。


 鉄の剣。

 けれど、丁寧に作られているのがわかる。

 手に持つと、ひんやりとした重みが少女の腕に伝わった。

 その重さは、ただの鉄ではなく、ガルドの想いが詰まっているように感じた。


「ガルドさん、これ……」


「俺が作った。旅には武器がいる。それだけのことだ」


 キーリは剣を握った。

 少し重い。でも、不思議と手に馴染む。

 村での生活では必要なかった“重さ”が、今は心強く感じられた。


「ガルドさん。ありがとう」


 ガルドは鼻を鳴らす。


「死ぬなよ」


 それが、ぶっきらぼうで、でも温かい別れの言葉だった。

 キーリは胸が熱くなるのを感じた。


 村長のアルドもいた。

 杖をつきながら、ゆっくりとキーリを見る。

 その目は優しく、どこか心配そうだった。


「北へ行け」


「北?」


「一番近い街がある。レクトの街だ。二日ほどの距離にある」


 キーリはうなずいた。


「わかりました」


 アルドはルミナに視線を向ける。


「お嬢さん。キーリは何もできないようなバカな子だけど、努力はできる子だ。キーリを頼む」


「バカって……」


 ルミナは小さく笑った。


「任せて」


 その笑顔に、キーリの胸が少し温かくなる。

 ルミナが隣にいてくれるだけで、世界の広さが少しだけ怖くなくなる。


 村人たちが見守る中、キーリとルミナはゆっくりと村を出た。


 村の外に出ると、森の匂いが濃くなる。

 湿った土の香り、草の青い匂い、遠くで鳴く鳥の声。

 村の境界線を越えた瞬間、少女の胸に“旅が始まった”という実感が広がった。


 キーリは一度だけ振り返った。

 朝日を浴びた村は、金色に染まり、煙突から上がる白い煙がゆっくりと空へ溶けていく。

 畑の向こうでは、村の犬がこちらを見て尻尾を振っていた。

 その光景が、胸にじんわりと沁みる。


(……帰ってこられるかな)


 不安が胸をかすめたが、すぐにルミナの横顔を見て、少しだけ勇気が湧いた。


 村を離れてしばらく歩くと、森の入口が見えてきた。

 木々が重なり合い、朝の光を遮っている。

 その境界線は、まるで別の世界への扉のようだった。


 キーリは足を止めた。

 森の前に立つと、風の音が急に弱まり、鳥の声も遠くへ引いていく。

 まるで森そのものが息を潜め、少女たちを迎え入れる準備をしているかのようだった。


 ルミナも立ち止まり、静かに周囲を見渡す。


「……空気が変わったわね」


 その声は、森の静けさに吸い込まれるように小さかった。


 キーリは胸に手を当てる。

 鼓動が、いつもより少しだけ速い。

 村を出た時よりも、“戻れない場所に来た”という実感が強くなる。


 森の入口には、昨日まで気づかなかった小さな花が咲いていた。

 白い花弁が朝露をまとい、光を受けて淡く輝いている。

 キーリはしゃがみ込み、そっと触れた。


「……綺麗」


 指先に冷たい露がつく。

 その感触が、胸の奥の緊張を少しだけ和らげた。


 ルミナが言う。


「怖い?」


 キーリは少し考えてから、正直に答えた。


「……うん。でも、行きたい気持ちのほうが強い」


 ルミナは微笑む。


「それなら大丈夫。怖さは、前に進んでいる証拠よ」


 キーリは深呼吸をした。

 森の匂い──湿った土、草の青さ、木の皮の香り──が肺に満ちていく。


 少女は一歩、森の中へ踏み出した。


 その瞬間、木々の影が揺れ、光の筋が足元に落ちた。


 森の道に足を踏み入れる。

 朝の光が木々の間から差し込み、細い光の筋が揺れながら地面に落ちていた。

 風が頬を撫で、少女の髪を揺らす。


 キーリは深呼吸をした。そして──


「……行こう」


 少女の旅は、静かに始まった。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ