ルミナの視点第3話(第12話)
村長の家を出ると、夜の空気はひどく冷たかった。
家々の灯りはほとんど消え、村全体が息を潜めているようだった。
キーリは自分の家へ向かって歩き出した。
私はその後ろを静かについていく。
足元はまだ少しふらつく。
落下の影響も、狩人との対峙の疲れも、完全には抜けていない。
でも、キーリの背中が見えるだけで、不思議と歩けた。
──この子は、もう戻れない。
その事実が、胸の奥に重く沈んでいく。
星の器は、世界に必要とされる存在。
でも地上では“異物”として扱われる。
星の光を宿した瞬間から、彼女はもう普通の村人ではいられない。
私は胸が痛くなった。
「……ごめんね」
誰にも聞こえない声で呟いた。
♢♢♢
キーリの家に入ると、静寂が広がった。
月の光が床に細い帯を落とし、埃がその中でふわりと舞っている。
キーリは黙って荷物をまとめ始めた。
古い服、硬いパン、使い込まれたナイフ──
どれも、彼女がここで生きてきた証だった。
私はその背中を見つめていた。
星の海には、こんな光景はない。
永遠で、変わらなくて、痛みも寂しさも存在しない。
だからこそ、今目の前にある“揺らぎ”が胸を締めつけた。
「……村を出るの?」
問いかける声が、思ったよりも震えていた。
キーリは手を止め、ゆっくりと振り返った。
「うん。もう……ここにはいられないから」
その言葉は静かだった。
でも、決意があった。恐怖も、寂しさも、全部抱えたまま、それでも前に進もうとする強さ。
胸の奥が熱くなった。
「私のせいで……?」
「違うよ」
キーリは首を振った。
「私が……自分で決めたの。魔法が使えないからって、ずっと役立たずって言われてきたけど……もし、私の中に何かがあるなら……誰かの役に立てるかもしれないって」
その言葉に、私は息を呑んだ。
星の器だからではない。星の力を持ったからでもない。
この子は──自分の意思で前に進もうとしている。
星の海にはない“強さ”だった。
胸の奥の星が、静かに脈打つ。
「……すごいね」
「すごくなんかないよ。怖いし……どうしたらいいかもわからないし」
キーリは笑った。
その笑顔は震えていた。
私はその震えを見て、胸が痛くなった。
星の導きだけじゃない。
私はこの子をひとりにしたくなかった。
♢♢♢
荷物をまとめ終えたキーリは、家の中央に立ち、深く息を吸った。
「……行くね」
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
私は気づいたら、口を開いていた。
「私も行く」
キーリが驚いたように目を見開く。
「え……?」
「あなたをひとりにできない。星の器は狙われる。狩人はまた来る。だから……私が一緒に行く」
言葉にした瞬間、胸の奥の星が強く脈打った。
星の導き。
使命。
そして──キーリという存在そのもの。
その三つが重なって、私を動かしていた。
私が「一緒に行く」と言った時、キーリは驚いたように目を見開いた。
「……ルミナが? どうして」
どうして。
その問いは当然だった。星の運び手は、本来なら地上に長く留まらない。星を届けたら、星の海へ戻る。それが役目で、それ以外の選択肢はない。
でも──胸の奥の星は、静かに、しかし確かに脈打っていた。
「あなたを……ひとりにしたくないから」
言葉にした瞬間、自分でも驚いた。
使命でも、義務でもない。もっと個人的で、もっと小さくて、もっと強い感情。
キーリはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと笑った。
「……世界の誰かに連れて行かれるのなら、ルミナがいいな」
その言葉が胸に落ちた瞬間、胸の奥の星が強く脈打った。
星の導きではない。運命でもない。ただ、ひとりの少女の言葉が、私の心を揺らした。
「変な子」
思わず口にすると、キーリは肩をすくめた。
「星から落ちてきたルミナにだけは言われたくないよ」
そのやり取りが、夜の静けさに溶けていく。まるで、二人だけの秘密のように。
♢♢♢
家を出ると、夜風が頬を撫でた。
村の灯りはほとんど消え、遠くで犬の鳴き声がかすかに響く。
キーリは家を振り返った。
その目には、寂しさと決意が混ざっていた。
「……ありがとう、今まで」
誰に向けた言葉なのか、私にはわからなかった。
家か、村か、過去の自分か。
でも、その言葉には確かに“別れ”があった。
胸が痛くなった。
星の海には、別れは存在しない。
永遠で、変わらなくて、痛みも寂しさもない。
だからこそ、今目の前にある“揺らぎ”が胸を締めつけた。
「キーリ」
呼ぶと、彼女は振り返った。
「行こう」
その言葉に、キーリは小さくうなずいた。
♢♢♢
村の外れに向かう途中、空の向こうで一つの星が強く輝いた。
まるで二人の旅立ちを祝福するように、夜空を切り裂くような光を放つ。
私はその光を見つめた。
胸の奥の星が、静かに熱を帯びる。
──この子を守る。
星の運び手として。そして、それ以上に。
キーリが隣で息を吸い込む。
「……怖いけど、行くね」
「うん。大丈夫。私がいる」
風が二人の間を通り抜け、草が揺れた。
夜の匂いが濃くなり、世界がゆっくりと動き出す。
それはまるで、物語の幕が静かに上がる瞬間のようだった。
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