ルミナの視点第2話(第11話)
森の静けさが戻った時、私はまだ呼吸を整えられずにいた。
落下の衝撃。
狩人との対峙。
そして、星の器の覚醒。
胸の奥の星は静かに脈打っているが、身体はまだ地上に馴染めていない。
夜気は冷たく湿り、吸うたびに胸の奥で硬い何かが軋む。
羽の光は弱く揺れ、森の闇に触れた瞬間、霧のように溶けて消えてしまう。
そんな私の隣で、キーリは不安そうに立っていた。
木々の影が彼女の肩に落ち、震える呼吸が白く揺れる。
「……本当に、大丈夫?」
その声は震えていたが、逃げる気配はなかった。
狩人の影を見たばかりなのに、私のそばを離れようとしない。
夜風が彼女の髪を揺らし、その細い肩が小さく上下していた。
その姿が、胸を締めつけた。
「うん……たぶん。まだ変な感じだけど」
立ち上がろうとすると、足がふらついた。
地面の湿った土が不安定に沈み、視界が一瞬白く揺れる。
キーリが慌てて支える。
「わっ……!」
「ごめん。落ちたばかりだから、力が安定しないの」
地上の重力は星の海と違う。
星の海では、光が身体を支えてくれる。でも地上は違う。重く、荒く、容赦がない。足元の土は冷たく、身体の重さをそのまま突きつけてくる。
キーリの手は温かかった。
その温かさが、星の海にはない“生”の感触だった。
その温度が、弱った身体にじんわりと染み込んでいく。
私は彼女を見つめた。
怯えているのに、逃げなかった。狩人の影に震えながら、それでも私のそばにいた。星の光が溢れた時も、目を逸らさなかった。
──強い子。
星の器だからではない。ただ、心が強い。
胸の奥が少しだけ痛くなった。
その時──遠くから松明の光が揺れながら近づいてきた。
村人たちの声。
ざわめき。
恐怖と混乱の気配。
松明の火は風に揺れ、木々の影を大きく歪ませながら迫ってくる。
私は息を呑んだ。
「……まずい」
「村の人たちだよ」
キーリの声は震えていた。
狩人よりも、人の視線の方が怖い──そんな気配が伝わってくる。
彼女の指先が冷たくなり、私の袖を掴む力がわずかに強くなった。
私は彼女の手をそっと握った。
「大丈夫。私がいる」
その言葉が、自分でも驚くほど自然に出た。
夜風が一瞬止まり、森の空気が静かに沈む。
星の導きだけじゃない。私はこの子を守りたいと思った。
星の運び手として。そして、それ以上に。
松明の光が近づき、村人たちの影が木々の間に揺れた。
光が地面に長い影を落とし、私たちの足元を照らす。
「行こう、キーリ」
私は彼女の手を離さず、ゆっくりと歩き出した。
松明の光が近づくにつれ、キーリの肩が小さく震えた。
狩人の影よりも、人の視線の方が怖い──その気配が伝わってくる。
夜風が彼女の髪を揺らし、影が頬に落ちていた。
私は彼女の手を握ったまま、ゆっくりと歩き出した。
足元はまだふらつく。
地上の重力は、星の海のように優しく支えてくれない。
湿った土が靴の裏にまとわりつき、歩くたびに重さが増す。
村人たちが森の入口に集まり、私たちを見るなり息を呑んだ。
「なんだ……あの光は……」
「魔物が出たって……」
「キーリが……?」
視線がキーリに突き刺さる。
恐怖、疑い、混乱。
そのどれもが、彼女の細い肩を押しつぶそうとしていた。
松明の火が揺れるたび、村人たちの影がキーリに覆いかぶさるように伸びる。
私は胸が痛くなった。
星の海には、こんな視線はない。
誰かを傷つける目も、責める目も存在しない。
だからこそ、私は理解できなかった。
──どうして、この子がこんな目で見られなきゃいけないの。
ガルドという男が前に出て、私たちを庇うように立った。
松明の火が彼の背中を照らし、影が大きく揺れる。
「とにかく、村長の家へ行くぞ。話はそれからだ」
村人たちはまだざわついていたが、ガルドの言葉に従って散っていく。
その視線は何度もキーリに向けられた。
冷たい風が吹き、落ち葉が足元を転がる。
私は睨み返したくなった。
胸の奥の星が、微かに震える。
キーリは俯いたまま、私の袖をそっと掴んだ。
「……ごめん。巻き込んじゃって」
「巻き込まれてないよ。私は……あなたを探して落ちてきたんだから」
キーリは驚いたように顔を上げた。
その瞳に映る自分の姿が、なぜか胸を熱くした。
♢♢♢
村長の家に入ると、空気が変わった。
外のざわめきとは違う、重く、静かな空気。
木の壁に灯されたランプの光が揺れ、古い木の匂いが鼻をくすぐる。
床板は歩くたびに小さく軋み、家全体が深い眠りの中にいるようだった。
村長──アルドは深い皺の刻まれた顔で私たちを見つめていた。
その目は鋭いが、悪意はなかった。
ランプの光が彼の瞳に反射し、静かな湖のように揺れている。
「……森で何があった」
ガルドが説明しようとしたが、言葉に詰まった。
見たことのない魔物。
森を照らした光。
そして倒れていた少女。
言葉にできない出来事が、部屋の空気をさらに重くしていく。
アルドの視線が私に向く。
「お前は……何者だ」
私は一瞬だけ迷った。
星の運び手。
星の器。
狩人。
どれも、この世界の人間には理解できない。
でも──キーリを守るためなら。
「……私の魔法です」
自分でも驚くほど、すぐに言葉が出た。
嘘をつくのは得意じゃない。
星の海には、嘘という概念がほとんどない。
だから胸が少し痛んだ。
でも、必要な嘘だった。
キーリが“器”だと知られれば、村は巻き込まれる。
狩人は必ずまた来る。
アルドはしばらく私を見つめ──そして静かにうなずいた。
「……そうか。ならば、今夜は休め」
その言葉に、キーリの肩がわずかに下がった。
安堵と、別の痛みが混ざったような表情。
ランプの光が彼女の頬を照らし、影が揺れた。
私はその横顔を見つめながら、胸の奥がまた痛くなった。
──この子は、もう戻れない。
星の器は、世界に必要とされる存在。
でも、地上では“異物”として扱われる。
その事実が、静かに胸に沈んでいった。




