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『転生タコチュウチュウ♡』  作者: 亜呂真ほのか


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【第4話】選ばれる女から、選ぶ女王へ

『あっ! いい場所みっけ! あれ? 先住民さん?』

 ウツボの急襲から逃げ延びた私が辿り着いたのは、手頃な広さの快適そうな岩穴だった。意気揚々と滑り込もうとしたその時、奥からひょっこりと顔を出したのは、少し小さくて細長い影。

『これ、アナゴさーん、ごめーん! そこどいてくださいますかー? たべちゃうぞ!』

 先ほどの巨大なウツボに比べれば、こんなのただの「少し長いおやつ」にしか見えない。海のハンターとしてすっかり図太くなった私は、家主を威圧して堂々と新居を乗っ取った。

『自分の体を観察してわかったこと。それは、私って実はマダコって呼ばれる種類なのねー』

 落ち着いた穴の中で、改めて自分の吸盤や肌の模様を見つめ直す。

『いわゆる、お父さんがやってた漁法(ぎょほう)の蛸壺。美味しいよねー、私。唐揚げとかたこ焼きの具材になるやつね』

 人間時代に馴染み深かったあの美味しいタコの正体が、他でもない自分自身だと思うと、なんだか不思議な気分だ。

『お腹空いたし、少し足食べてみようかなっと』

 ウツボとの死闘で一本ちぎれてしまった腕を思い出し、私はおもむろに自分の別の腕の先端を股下(またした)のカラストンビへと運んでみた。タコは空腹やストレスを感じると、自分の足を食べる生き物なのだ。

『そうそう、これこれ。なかなかいけるんじゃない、わたし。って、ヤバ! 美味しすぎて食べ尽くしてしまいそう』

 プリッとした弾力と、噛めば噛むほど溢れ出す極上の旨味。自分で自分を美味しいと絶賛するなんて客観的に見れば狂気の沙汰だが、タコの味覚センサーが「最高級の海鮮だ」と歓喜しているのだから仕方ない。

『まぁまぁ、そんなことはしないんだけどねー』

 そうこうしているうちに、数カ月が経ったのね。

 自分で自分を食べ尽くすという恐ろしい誘惑をなんとか理性の力で抑え込みながら、私はこの新しい住処でたくましく日々を過ごしていった。

 人だった頃は、選ばれる立場だった。

 相手の顔色をうかがい、世間体を気にしながら、ただひたすらに「選ばれるため」の窮屈な努力を続けていた人間時代の私。けれど、今の私は違う。このタコ生では、私が選ぶ立場だ。さぁこい。

 私の周囲には今、自らの優秀な遺伝子をアピールしようと、激しく体色を変化させながら命懸けで群がる屈強なオスタコたちがひしめいている。圧倒的な力と美しさを見極め、次代の命を託す相手を決める絶対的な決定権は、メスであるこの私に委ねられているのだ。

『私を欲するオスタコたちよ、私が選んで差し上げましょう』

 かつての息苦しさなど嘘のように、私は海の女王としての絶大な権力と自由を謳歌(おうか)しながら、熱烈な求愛ダンスを踊るオスたちを値踏みするように見下ろした。

『ふふふふふふ、なんてね』

 頭の中で響かせた自分のあまりの調子の乗りっぷりに、私は岩穴の奥で一人、思わずクスッと笑ってしまった。

『あら、あの男いいんじゃない? 見た目タコだけど。こっち見てる見てる』

 岩陰からひょっこりと顔を出したのは、一匹のオスタコだった。私が放つ成熟したメスの気配に引き寄せられてきたのだろう。

『かっこいいけど、少し貧弱そうね。ほらほら、フェロモンだしてるよー』

 体色をチカチカと変えながら熱烈にアピールしている姿は健気だが、豊富な海鮮グルメで海の覇者として育ちきった私の巨体に比べると、どうにも頼りない。

『あらあら、そんな遠くから腕なんか伸ばして。ビビリさんねー』

 彼はおずおずと、安全圏から交接腕(こうせつわん)だけを限界までピーンと伸ばしてきた。交接後にメスに捕食されることを恐れるタコのオスの本能とはいえ、あまりにもへっぴり腰すぎる。

『少しおどかしてみようかしら。わーー! あはは』

 私はちょっとしたイタズラ心で、八本の太い腕をバッと大きく広げ、股下にある鋭いカラストンビ(くちばし)を見せつけるように威嚇のポーズをとった。私にとってはほんのおふざけのつもりだったが、小ぶりな彼にとっては、巨大なモンスターが捕食のために牙を剥いた絶望的な瞬間に見えたに違いない。

『足広げて口見せたら、墨吐いて飛ぶように逃げてったわ』

 プシューッ! という音と共に真っ黒な煙幕を残し、哀れなオスは全速力で海の彼方へ消えていった。

『だめねあのオス。もっと強い個体こないかしら』

 私を満足させるには、あれでは少々物足りない。私は呆れたようにため息をつきながら、自分と釣り合う『強い男』の登場を、岩穴の奥で優雅に待ち続けるのだった。

『えっ! この人大きい人ね、タコだけど。いいんじゃない? でも、この人両目怪我して、見えてないんじゃない?』

 私の目の前に現れたのは、全身が歴戦の傷跡だらけで、両目すらも白く濁って潰れている巨大なオスのタコだった。

 私の三つの心臓が高鳴った。

『それでも、こんなに大きくなるまで触手の能力だけで生き延びてきたってこと?』

 過酷な海の世界で、視力を失いながらも立派に生き抜いてきた彼の凄まじい生命力。人間の茂くんにはなかった、圧倒的な生命力に対する畏敬の念。そのオスとしての力強さに、私は言葉を失った。

『よし、君を茂くんって名付けよう。さあ茂くん、今度は私があなたを選ぶ番よ』

 人間の頃、私にプロポーズしてくれた大好きな彼と同じ名前を、私はこの気高い海の戦士に贈ることにした。あの時は彼に「選ばれた」私だったけれど、今は女王としての絶対的な権力を持って、私からあなたを選び取るのだ。

『しかし、あれって本当にプロポーズって言えたのだろうか? 実際のところ、一向に結婚の話をしない茂くんに、そうせざるを得なくさせたのは私じゃなかった?』

『大学一年の時に同じサークルになって、友達になって、付き合おうかと持ちかけたのは私じゃなかった? はぁ……求め続けたのは、結局私だけだったって、今ならわかるなぁ』

『あー、こうやってまた頭の中で繰り返し思い出すって事は、あの人間時代の私も、その事に気づかないふりしてたことも、今ならわかる。私の事、愛してる? って事、聞いたこともなかったなぁ。聞くのが怖かったんだ』

『しかし、今は違う! タコでもいい、こんなに私を求めてきてくれるオスダコたちがいる』

『そう、タコでもいいのよ。私は少し、今の自分自身がカッコイイ。そう、あの頃よりは』

『あー、なんか馬鹿みたいだけど、この人かなり積極的ね。もう、食われる覚悟が窺えて男らしいわ。あ~、なんか惹かれるわー、タコだけど。近! あー! もうなんか、逆らえないわー!』

 メスに食べられる恐怖など微塵も感じさせず、自分の命を投げ打ってでも一直線に私を求めてくる「タコの茂くん」。人間の茂くんがくれた穏やかな愛情とはまた違う、純粋で暴力的なまでの愛の証明に、私は本能の底から激しく揺さぶられ、彼が伸ばしてくる交接腕を力強く受け入れた。

『よし、あなたで決まりね。あなたの子を産んであげるわ。おっけー、受け取ったよー!』

 彼から託された精莢(せいきょう)(カプセル)が、私の中で新しい命へと結びついていく。

『大丈夫。あなたの子供は、私が命がけで孵化させるからね。あとは心置きなく眠ってちょうだい』

 すべてを絞り出し、急激に老化して動かなくなっていく彼に向けて、私は母としての絶対的な誓いを立てた。

 私は力尽きかけた彼の体をそっと触手で持ち上げ、少し深くなった岩場の底へと落とした。静かに暗い海へと沈んでいく彼の抜け殻のような体を、私はただ静かに見送った。

『もうすでに、ウマヅラとかフグの仲間とかにその身をついばまれている』

 無残に群がられるその光景は、海の残酷な日常だ。しかし……。

『彼を見ても不思議と悲しみはない。ただ一瞬だけど、さっきのタコの男に恋をしたのは確かだった』

 あの短くも熱烈な瞬間、私は間違いなく彼に惹かれ、深く愛していた。

 しかし次の瞬間、頭の中でカチッとスイッチが入るような、冷たくも神聖な本能が目覚めるのを感じた。それを塗り替えるほどの、「この受精した卵を孵す」事だけに私の精神は切り替わった。まるでオスタコの死がなかったかのように。

 冷酷だから悲しくないのではない。私の中に芽生えた「この命を何がなんでも海へ放つ」という母性のプログラムが、一切の感傷を許さないほどに強大で、気高いものだからだ。私はただ暗い岩穴の奥で、静かに自分の体に宿った無数の命の重みだけを噛み締めていた。

 さらに私は本能のまま、まるで「体が栄養を蓄えよ、子孫を残せ」と誰かが言っているような感覚で、海鮮をたくましく発達した触腕で捕まえては食べた。さらに肌艶がよくなった気がした。

 獲物を捕らえる私の動きには、もはや一切の迷いもなかった。次々と海の恵みを体内に取り込み、八本の太い腕も、丸みを帯びた胴体も、生命力に満ちた美しい赤褐色に輝き始めている。狂おしいほどの飢餓感(きがかん)ではない。それはもっと静かで、抗いがたい大自然からの神聖な命令のように感じられた。

『湧き上がる、この食欲』

『私はなんとなく本能で、これは最後の晩餐に近いものだと理解していた』

 人間であった頃の私なら、「死」に直結する絶食と終わりの予感に怯え、パニックになっていただろう。だが不思議なことに、今の私の心はどこまでも穏やかで、透き通った海のように満たされていた。死への恐怖よりも、ずっと大きくて温かいものが私の内側を満たし始めていたのだ。

『そして、お腹にあたる頭の箇所に、小さな命の息吹を感じ始めていた』

 自分の頭部の奥深くで、無数の小さな粒が温かく鼓動し始めているのがわかる。人間時代には叶うことのなかった「母親になる」という夢が、今この暗く冷たい海の底で、ひっそりと叶おうとしていた。

 それは、確かな命をつなぐ喜びだと感じた。


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