【第16話】鏡の中の自分に一目惚れ!? 前世も上書きする『私』の圧倒的可愛さ
「さあさあみんな! 成分も補給した事だし、そろそろ! オクタビア様の御支度といきましょうか」
あーやっと解放されたよー。うっとりと私を見ているリコと目が合う。
ギク! 私は身構えたが、リコは私に優しく微笑んで、ライカとリーンに声をかけた。
リコが景気よく声をかけると、先ほどまで骨抜きになっていた妹たちが、一斉に、それでいて流れるような動きで準備に取り掛かる。
「お時間をいただいたとは言え、あまりポセイドン様達を待たせるのは、眷属としてあってはならない事だものね」
テキパキと動く彼女たちの様子を、リコの腕に抱かれたまま眺めながら、私はベッドの縁に用意された衣装に視線を向けた。
『ドレスかぁ……。前世の人生では、自分の結婚式の純白くらいしか着た事がなかったけれど。やっぱり一人の女性として、こういうのは楽しみだよね』
私は、そこに並べられた宝石のように美しい小さなドレスを一つ一つ、品定めするように見つめた。
『あら、どれも本当にかわいい! 乳児用だから、全体的に少しゆったりした作りなのね。……うんうん、セレモニードレス、あれならオムツも替えやすそうだし、実用性もバッチリだわ』
『サンドレスみたいなのもあるし、チュチュドレスのスカートのふわふわ感も好きねー。あー、迷っちゃうなぁ』
「オクタビア様! ここは一つオクタビア様に選んでいただきましょう」
そう言ってライカとリーンが、小さなハンガーにかかったそれらを、リコに抱っこされた状態の私の前に見せてくる。
リコが、私の視線がドレスに行き届きやすい体勢に、そっと縦に抱き直してくれた。
『うんうん、ありがとうリコ』
期待を込めた眼差しを向けてくるライカとリーンは、もうニッコニコだ。私がどれを選ぶのか、今か今かと待ち構えている。
『全部で六着あるのね。……うーん、形はどれもかわいいんだけど、この白と黒のシャチ柄は何? 私が着たら、多分乳牛っぽくなっちゃうから却下ね。選んできてくれた三人には申し訳ないけれど』
私は一着ずつ、プロの鑑定士のような鋭い視線を送る。
『あとは、赤のサンドレスと青のサンドレスに、白のチュチュドレスが二着かぁ。……うーん、最後の、これかな!』
私の目が、一際輝く一着に留まった。
『純白のサンドレス! 綿生地の柔らかな質感といい、スカートの広がり具合といい、私好みだわ』
「あうー! あうー!」
私は、リーンが持っているドレスのうちの一つに、力いっぱい手を伸ばした。
「まぁ! オクタビア様! それ! このライカが選んだものです! あーオクタビアさまー! やっぱり! そうですよね! ほら! お姉様! リーン!」
ライカが歓喜の声を上げる。
「やっぱり私の言った通りでしょ!」
ライカはこれ以上ないほど誇らしげな顔で、ついでに私の聖域をグリグリと攻めてくる。
「キャキャ!」
あまりのくすぐったさに、私は赤ん坊らしい高い声を上げて笑ってしまった。
「そうですか、そうですか! オクタビア様らしい、純白のドレスですねー! あー楽しみ!」
リコとリーンは、自分の選別したドレスを私が選ばなかったことに対してライカを羨ましがることも、別に拗ねたりすることもなく、とにかく私のドレス姿が見たくてたまらない様子だ。
私はそれからベッドに寝かされ、あっという間に三人から、パンツ一丁……ならぬ、オムツ一丁にさせられた。私の赤ちゃんのぷにぷにのお肌が、三人の目に触れる。
「あーダメダメ! もう時間がないわ! みんな我慢して!」
「あー、オクタビア様のこの、手と足のちぎりパンを、今すぐにガジガジしたいです!」
リーンがすでに、私の足のちぎりパンに頬擦りしている。ライカは、素肌の私のお腹にスリスリし始めて、完全にうっとりとした目になっている。
「こら! あなた達! 時間が、もうあまりないのですよ!」
そうリコが二人に注意する。……私のほっぺたにスリスリしながらだ。
『言ってることが、もう矛盾してるんですけど、リコー!』
「さあさあ、着替えましょうね」
『やっとだ! 早く着たい!』
私は、短い手足をバタバタと動かして、早く着たいことをアピールする。
「まあー! オクタビア様ー!」
愛らしい仕草に、三人のテンションがまた上がりそうになる。そんな様子に流石に、少し心の中で吹き出した。
『おっとあぶないあぶない。ここは冷静にならないと、また無限愛でモードになってしまうよ』
これ以上彼女たちを刺激しないよう、私はされるがままに、三人に身をあずけた。
頭にかわいいリボンのついたベビーヘアバンドをつけ、純白のドレス姿で寝かされている私の姿を見て、三人から深いため息と感嘆の声が漏れた。
「うあー! オクタビア様!」
「おお! 愛の女神! オクタビア様! この世で一番お綺麗ですわ!」
「あーオクタビアさまー! もう食べていいですよね! ねぇ! お姉ちゃん! オクタビア様、食べてしまいたい!」
リーンの目が逝っている。いや、残りの二人も完全に逝っている。
『えー! そんなにー?』
食べたいとまで熱狂されると、気になって仕方がない。私は自分の姿を、まだ一度も見たことがないのだ。
『うん! すごく見たい!』
そう思って手足を動かしていると、リコが優しく私を抱き上げてくれた。
気がつけば、いつの間にかベッドで私を包んでいた膜みたいなものはない。きっと、お着替えの邪魔にならないように消してくれた、私を守るためにリコたちがかけてくれていた魔法的なものなのだろう。
リコが、私の心のつぶやきを知ってか知らずか、部屋に備え付けの姿見の前へと移動した。私を器用に縦に抱っこしたまま、そのドレス姿を映して見せてくれる。
「オクタビア様、どうですか? お気に召されましたか?」
ライカとリーンもその横で、私の表情と鏡に映る姿をニッコニコで交互に見ている。
二人とも、まるで女神を崇めるように胸の前で手を組み、「まぁ!」とか「あぁ! 素晴らしい!」とか、うっとりした声を漏らしていた。
『またまたー、大袈裟なー。えー? そんなに?』
私は、三人がそんなに褒めるので、少しの期待とワクワク感を持って、鏡に映る自分を見た。
ところが、一番驚いて感嘆の声を心の中で上げたのは、何を隠そう、オクタビアこと私自身だった。
『うおー! な、なんじゃこりゃー!』
『深淵を覗く時に、深淵もまたあなたをのぞいている的なぁー? あなたは、だれなんですか? 的なぁー?』
透き通るような肌。少しピンクがかった、吸い付きたくなるようなもちもちっとしたほっぺた。まだ短いが、お母さん譲りの柔らかそうな青い髪。まだ低いけれど、すっと通った鼻筋と小さくかわいい唇。
長いまつ毛に黄金の瞳をした、天使のような赤ちゃんが、鏡の中から私を見ていた。
『自分で言うのもなんだかおかしな感覚だけれど、顔のパーツの配置が素晴らしい……。これが黄金比なのだろう』
自分の瞳に吸い込まれそうになる経験などあるはずもなかったが、今まさに、私はその黄金の瞳に吸い込まれそうになっている。
手を動かしてみる。
鏡の向こうの手も、それに合わせて動く。
『これ、紛れもなく私なんだよね』
そして徐々に――今までの、あの人間時代の記憶の中にある自分の顔が、この美しい赤ちゃんの顔へと上塗りされていく。元の顔の記憶自体が、溶けて消えていくような不思議な感覚だった。
『いやいや、えー! 私可愛すぎなんですけどー! こんな赤ちゃんいたら、そりゃ、食べたくもなるよねー!』
私は、姿見に映る自分自身に向かって、キャキャと笑いかけた。
『うん、素直に嬉しい! めっちゃ嬉しい、果てしなく嬉しい!』
「オクタビア様、お気に召したようで何よりです」
リコルーナとライカ、リーンも、さらにニッコニコだ。リコが私を優しく抱きしめて、力強く宣言する。
「さあ、オクタビア様! オクタビア様の可愛さで、祖父祖母連合をノックアウトしてあげましょう!」
「「おおーっ!」」
ライカとリーンも、気合の入った声をあげる。
『おじいちゃんと、おばあちゃん達ってどんな人たちなんだろ? やっぱり少し不安だなー!』
こうして私は、未知なる強敵である「じじばば連合」と対峙することになったのだった。




