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第53.5話

ティアが王都に結界を張った直後辺りのお話です。


王都南門。


少し前に響き渡った警鐘を受け、南門に駐屯する騎士達は指揮官であるマーシュの指示を受け、慌ただしく動き回っていた。


長年、魔物大量発生(スタンピード)に対処してきたヴィゴーレ国には、警鐘が鳴った時のノウハウがしっかりと確立されている。


そのマニュアルに則り、南門の騎士達は三手に分かれていた。


一組は魔物が迫るであろう北門への応援。もう一組は憲兵と合流し、人々を地下の避難所へ誘導する係。


そして、最後の一組が担当する業務は、南門の封鎖。北門に傾注しすぎて南門から魔物が入って来ては元も子もないし、何より市民が門外に出ないようにする為だ。


脅威から少しでも遠くに逃げようとする動物的本能故か、ヴィゴーレ国の歴史において魔物が王都にまで乗り込んで来た際、パニックになった市民が門から外に出てしまった事案は何回か発生した事がある。


勿論、王都の外は瘴気溢れ魔物が跋扈する森だ。人々がどうなったかは、言うまでもないだろう。


「隊長! 先程の方々は地下壕へ案内しました」


部下達へ指示を出す指揮官マーシュの元へ、一人の騎士が駆け寄る。いつぞやティアを軟派していた、女神の首飾りを付けた騎士……ゼノンだ。


閉鎖部隊の業務は文字通り、南門の閉鎖と、避難して来た人々を安全な場所へ誘導する事の、主にふたつ。


騎士達は一人、また一人と駆け込んできた市民をなだめ、地下に作られた避難所へと案内していく。


「よし。これで南門に来た人達は終わったな。次は───」


「騎士の皆様!」


女性特有の高い声と、足音。マーシュ達がそちらを見やると、コルヴォ伯爵令嬢であるビアンカがこちらに駆けて来ていた。

彼女の動きに合わせて、首から下げた女神のネックレスと腰に下げた剣がカチャカチャと音を立てている。


「皆様、この空を覆う光は一体何か、お分かりになりまして?」


ビアンカが視線を上へ向ける。頭上にはティアが張った魔物を弾く結界が、煌々と輝いていた。


「我々も詳細は存じ上げませんが…………どうやら“赤のギルド”の皆様が、魔物避けの結界を張られたようです」


「まあ! では魔物達が王都へ攻め入る心配は無いのですか?」


「いえ、それが魔物達は集団暴走を起こしてこちらへ侵攻しているらしく、結界も完全では無いから過信しすぎるなとの事でして。

 万が一に備え、我々は市民の誘導を続ける所存です。ビアンカ嬢も早く安全な場所へ……」


「…………成る程、市民の誘導をされてるから、今ここは人手が薄いのですね」


「ビアンカ嬢?」


こちらの言葉に反応せず、何かを呟いているビアンカを不思議に思ったマーシュが、その囁きを聞き取る為に一歩近付いた、


その、瞬間


「──え?」


ビアンカの手元が、閃いた。


眩い光が自体の表面をなぞった。そう思った直後にマーシュが感じたのは、焼ける程に鋭い痛みと、その軌跡を辿るように体から溢れ出した赤い液体。


ビアンカが手に持つ剣でマーシュを斬ったのだと。彼の体が地に倒れてようやく、周囲の騎士達はその事実を理解する。


「隊長!?」


「ビアンカ嬢!? 何をされるのです!」


「地下壕の門番兵!緊急事態だ、内側から鍵を掛けろ!! 俺達が声を掛けるまで絶対に開けるな!!!」


「魔物に操られているのかもしれぬ、取り押さえろ!」


「四肢の腱を切れ!最悪殺しても構わん!!

 コルヴォ伯爵には副隊長の俺が説明する!!」


剣を抜いた騎士達が、一斉にブランカへ襲い掛かる。


彼等騎士達の右腕に飾られた腕輪の色は、銀色。そしてビアンカの腕輪も銀色。


つまり、ビアンカと騎士達の強さはほぼ同等。


殺さずに無力化するのは難易度が高いが、そこまで実力が乖離してないのなら、人数の多い騎士達が圧倒的に有利だろう。


……ただ、ひとつ。彼等が知らない事があるとするならば


「──聖剣よ」


ビアンカの持つ剣が、ただの剣ではなかったという事だった。




「………ぅ」


何が起きたか、分からなかった。


光の洪水。真っ白に染まる視界。体中に感じる鈍い痛み。いつの間にか、地面に倒れ伏している体中。


手放してしまいそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら、ゼノンはうつ伏せの状態から頭を上げ、状況把握に努めようとする。


周囲には、同じ様に地に転がる仲間達。皆、気を失っているようだ。抜き身の剣を握ったビアンカだけが、倒れ伏した騎士の海の中でただ一人立っていた。


「あら、まだ意識を保っている方がいらっしゃったのね」 


「ビ、ビアンカ嬢……一体、何を」


「その首飾り……貴方も女神様への信仰が厚いお方ですのね。なら、きっと私達の行動も理解して下さるわ。少し、そこでお待ちになって?」


地面に肘をつき、何とか上半身を起こしているゼノンに微笑みかけながら、ビアンカは軽い足取りで門へ近付いていく。


友人と遊びに行くような、家を訪れた想い人を迎え入れるような、そんな雰囲気で。


「待っ…………何を、なさるつもりですか!?」


喉を裂くような問いに、返答は無い。


ただ、閂と鉄格子によって念入りに閉ざされた門へと近付くと


「えいっ」


そんな巫山戯たほどに軽い声と共に、右手を振るった。


一閃。剣先の軌跡を光が辿る。


それだけで、閂と鉄格子によって堅固に封鎖されていた門扉が切り裂かれ、音を立てて崩れていく。


その向こうからワラワラと現れたのは、森に住む魔物……ではなく、大勢の人間。


ノワールが教会の地下で目撃した人々だった。彼等は皆、勇者派の首飾りを下げ、折れた剣先を適当な棒の先端に括り付けた槍のような、簡素な武器を持っていた。


その先頭に立つのは、ダークブロンドの髪をひとつに纏めたカッツェ神父……否、記憶転移によって神父の身体を乗っ取った勇者エルヴィン。


ビアンカはまるで恋に恋する乙女のように、瞳を輝かせながらエルヴィンへと駆け寄っていく。


「勇者様! お待ちしておりましたわ」


「ビアンカ嬢、よくぞ門を開けてくれたね。お手柄だ」


憧れの勇者から褒美の言葉を掛けられ、ビアンカはうっとりとした表情を浮かべる。


「はっ!そうですわ、お伝えしなければならない事がありますわ勇者様。先程、魔物の集団暴走を知らせる警鐘が鳴りましたの。

 魔物の群れが、こちらに向かってきますわ」


ちらり、と空を仰ぐビアンカ。


頭上を覆っていた結界は、もう見えない。先程門を切り裂いた時、切っ先が結界に触れたと思ったらシャボン玉のように弾けてしまったのだ。


無事に魔物の波を防ぐ事が出来たと知らない彼女は、馬鹿正直に警鐘の事を説明した。


「何だと!?」


「そんな、こんなタイミングで何で……」


「神父様……いや、勇者様!俺達は一体どうすれば………」


当然のように、人々の間にざわめきが広まっていく。


話を振られたエルヴィンは、少しだけ視線を彷徨わせる。目を閉じて沈黙したと思ったら、数秒ほどしてカッと目を見開いた。


「落ち着きなさい、皆。逆だ。これは女神の思し召しなんだ。悪しきヴィゴーレ王家を打破する我々に助力する為、ベローナ様は自身の力を魔物へ変え、地に遣わしたんだ」


──もし、神なる存在に詳しいサーリャがこの場にいたら。見当違いなエルヴィンの発言に溜め息を吐いていた事だろう。


そも、女神ベローナが所持する権能に、魔物を操ったり生成する類のものは無い。それはどちらかと言うと、地母神に分類される神々が持つ傾向にある。


魔物が集団暴走した理由は、彼等が所持する大量の神力……聖剣の欠片に反応して興奮しただけだ。


つまり、魔物暴走の遠因は己達であるのだが、そんな事はつゆも知らない人々はエルヴィンの言葉を鵜呑みにした。


「な、成る程……勇者様がそうおっしゃるのなら間違いない!」


「女神ベローナの加護は我らにあり!!」


「女神にさえ見捨てられたヴィゴーレ王家に正義の鉄槌を!!!」


拳を振り上げる人々を見て緩く息を吐いたエルヴィンは、額に浮かぶ冷や汗を気取られぬよう彼等に背を向ける。


「では、私は一足先に王城へ向かう。皆はビアンカ嬢の先導に従って、王都を進攻するように」


そう言い残し、エルヴィンは去っていく。ゆっくりと歩くような仕草だが、複数の聖剣の欠片による身体強化の影響か、消えたようにしか見えなかった。


「ビアンカ嬢……これは、一体…………」


「お聞きの通りですわ。私達は悪しき王家を打ち倒す者達ですの。勇者派、という存在をご存知ですか?」


「……耳にした事は、あります。女神教の宗派のひとつで、数年前に結成されたのだと」


「それなら話は早いですわ。騎士様、我々の仲間になりませんこと?

 私達も貴方も、宗派は違えど同じ神を信仰する者同士。協力して、悪しき王家を打倒しましょう」


良い考えだ、と言わんばかりに両手を合わせ、ビアンカは地に伏せたままのゼノンに微笑みかける。


彼女が何を言っているのか、ゼノンは理解できなかった。いや、声は聞き取れたが、何を思ってそんな言葉を自分に、しかも微笑みながら言ったのか理解できなかった。


「っ、お断り、します…………!

 私は王家の守護を誓った騎士です、返り忠になるつもりはありません……!」


騎士の矜持か。地に転がった身体のまま、それでも上半身を起こし、ビアンカの瞳を真っ直ぐに射抜きながら、ゼノンは声を張り上げる。


「……そも、貴女方のそれは本当にベローナ様への信仰なのですか? 私にはただ、あの神父の───」


己の誘いを断られた知ったビアンカは、つまらなそうに目を細めた。ゼノンの言葉を最後まで聞く事無く、地に転がる彼に近付くと


「が、ふっ───」


右手に持っていた剣を、ゼノンに突き立てた。


背中越しに心臓を一突き。聖剣の熱が内側から身体を焼くのを感じながら、ゼノンは意識を手放した。


動かなくなった騎士から剣を抜き取ったビアンカは、満面の笑みを浮かべながら人々へと向き直る。


「では、行きましょうか皆様!

 勇者様の御心のままに、悪しきヴィゴーレ王家を打破するのです!」


「おぉおおお!!」


ビアンカの言葉に人々は声を張り上げながら拳を、手に持つ武器を突き上げた。


前述した通り、彼等が持つそれは折れた剣先を棒に括り付けたような、槍とも言えないお粗末な武器だ。


だが勿論、それはただの剣が折れたものではなく


───光が溢れる。


三桁を越える数の、聖剣の欠片。それらが光を吹き出し、周囲を真昼のよう煌々と照らし出す。


彼等はそれを、なんの躊躇いもなく王都へ、人々が住まう住宅街へと振り下ろした。


二百近い光が束ねられ、極太の光線となって地表を舐める。


空間に焼き付く程の光。彼等は恐れる事なく、その中へ飛び込むように行進していく。


そうして、蹂躙が始まった。

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