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第54.5話

第53.5話の続き。

第54話でティア達が城でエルヴィンと相対している裏で起こっていたお話です


そうして、蹂躙が始まった。


彼等は手に持つ武器──折られた聖剣の剣先から光を放ち、街を進んでいく。


光が満ちる───建物が崩れていく。


光が放たれる───悲鳴が響き渡る。


飲食店が破壊されたのか、食器や調理道具が散乱した。


子供がいる家が破壊されたのか、色とりどりの玩具が地面に転がった。


それでも、彼等は止まらない。


叩きつけられて割れた皿も、首がもげたクマのぬいぐるみも、嘆きの表情のまま絶命した男性も、母親とはぐれてしまったらしき赤子の死体も。


全て踏みつけて、前へと進んでいく。


熱狂。狂乱。陶酔。


人間の歴史が雄弁に語っている。その行いが善であれ悪であれ、『革命』を成す時、大衆は異常な程の興奮と高揚を帯びる、と。


人間の過去が如実に表している。信仰という名の狂気の下では、人間はどこまでも残酷に、冷酷になれると。


そのふたつが綯い交ぜになった彼等は、ブレーキが壊れた車と同じだ。


ただエルヴィンという運転手が操るハンドルに合わせ、暴走するだけの大衆。


だから彼等は、そして何よりその先頭にいたビアンカは気付かなかった。


今、自分達の目の前に広がる街並みが、ヴィゴーレ国王都とは異なる事に。


「そこまでよ」


燃え盛る彼等の熱狂に氷水をぶっかけるような、冷たさを感じる程に凛とした声が響き渡る。


先頭をひた走っていたビアンカは、その声を聞いて咄嗟に足を止めた。後続の人々も異変を感じ取ったのか、立ち止まり警戒するように周囲を見回す。


声の主は、音もなく現れた。


動きに合わせて揺れる銀色の髪。椿を象った髪飾り。その髪飾りよりも赤い紅色の瞳──サーリャだ。


「まあ、サーリャ様。まさかこんな所でお会いするなんて。貴女は魔の森へ魔物討伐に向かわれていたはずでは?

 何故、このような所にいますの?」


「その言葉、そのまま返すわ。あんた達、ここで何をやってたの?」


もはや敬う必要は無いと判断したのか。丁寧な喋り方をかなぐり捨てたサーリャが問いかける。


ビアンカの、革命軍を気取る人々の、後ろ。崩れた建物が視界に入り、サーリャの目が更に鋭い光を帯びる。彼女の心情を吐露するかのように、こめかみ辺りでバヂィと電気の火花が散った。


「何、と言われましても……私はただ、同士の皆様と共に聖戦を成すべく進軍してるだけですわ」


「進軍?これが?

 私にはただ、無辜の人達を蹂躙してるようにしか見えないんだけど」


「王都に住み、税を納めて王家を潤している時点で、彼等は王家に味方しているも同義。粛清対象に変わりありませんわ。

 そしてサーリャ様。貴女はただ雇われただけの存在、我が国の因縁には何の関係も有りません。


 道を譲って下さるのなら、命を奪うような真似は致しませんわ」


ビアンカの言葉に、サーリャはハッと笑い声を漏らす。


発言内容が余りにも支離滅裂と思ったのか。ビアンカの実力で自分の命を奪えるという驕りに対する冷笑か。それとも


「残念だけど、そうはいかないわね。“赤のギルド”が女王陛下から受けた依頼は『魔物大量発生(スタンピード)の対処』と『誘拐事件の解決』……ひいてはヴィゴーレ国を守る事、と“赤のギルド”は解釈したわ。


 なら、アンタ達を止める事も私の仕事の内よ」


サーリャが腰に差した刀の柄に手をかけながら、重心を落とす。ヒノモト剣術のひとつ、居合いの構えだ。


「………そうですか。残念ですわ、サーリャ様」


ビアンカもまた、剣を両手で掴み直し高々と抱えた。キラリと周囲の光を反射する刃は、余りにも綺麗がすぎる。一度も打ち合いを経験した事の無い武器特有の、のっぺりとした輝きだ。


どうやら聖剣の欠片を先端に溶接し、見た目だけを整えたものらしい。敵の武器を注視したサーリャの瞳が、微かに細められる。


ビアンカが剣を構えたのを見て、彼女の背後に立つ人々も各々武器を握り締め、高々と掲

げた。


光が、溢れる。


先程まで、街を破壊する為に撒き散らされていたそれが、サーリャただ一人に向けて放たれる。


だが、彼等は知らない。自分達の目の前に立つ者が、如何なる存在なのか。


サーリャが操る神力の源は、ヒノモトが神の一柱である武甕槌。軍神、雷神としての側面が有名だが、『剣の神』としての側面も持ち合わせる存在だ。


その為サーリャは、聖剣や神剣の類であれば、例え他神が生み出した物であっても、ある程度なら干渉できる。それこそ神力が弱い神の物ならば、いつぞやのように聖剣を掻き消す事も可能だろう。


勿論、ビアンカ達が持つ聖剣の神力、その源であるベローナは、複数の国で長年信仰されている神だ。武甕槌よりも決して神階が低いという訳では無い。


神の位が同程度であれば、神力の量と担い手の質が良い方が勝つ。当たり前の話だ。


片や異国の血が混ざっているとはいえ、代々武甕槌を奉祀してきた神職家出身の巫女。片や神の力の残滓をただ振り回すだけの烏合の衆。


故に、勝敗は既に決まっていた。


「──っ!」


聖剣の欠片から放たれた光の群れがサーリャの身体に到達する直前、彼女の右手が閃いた。


目にも止まらぬ抜刀術。神速の居合いはサーリャを飲み込もうとしていた光を真正面から容易く斬り伏せ、掻き消した。


より膨大な神力によって強引に霧散させられた光は、蛍火のような無数の粒となって空気に溶けるように消えていく。


そして、サーリャが切り裂いたのは、己に迫る光だけではなく───


「なっ……!?」


異変に気付いた大衆の一人が、声を上げた。


切られている。自分が、仲間達が、先頭を担うビアンカが持っていた聖剣の欠片が。全て、真っ二つに切断されている。


それに気付いた人々は、一様にパニックに陥った。


無理も無いだろう。彼等は騎士でも冒険者でもない、ただの市民だ。そんな彼らが聖戦という名の革命に乗り気だったのは、聖剣の欠片という強大な力が手元にあったから。


それに頼りっぱなしで突き進んで来た彼らは、聖剣の光無しでどう戦えばいいのかが分からない。


「ひっ……!」


誰かの口から、悲鳴が漏れる。


何があった訳ではない。ただ、サーリャが一歩、前へと踏み出しただけだ。


それだけで怯えの声が上がり、周囲に伝播していく。


恐怖が波及した人々が取る行動はひとつ、潰走だった。少しでも目の前の脅威(サーリャ)から遠くに離れようと、一人、また一人遁走していく。


「に、逃げろ………!」


「俺達じゃ勝てない………逃げるんだ………!」


「まっ、置いてかないでくれ!」


「ちょっと!邪魔よ!!私が逃げれないでしょう!?」


「なっ……皆様!? お待ちになって、ここでの逃走は悪手───」


唯一、ヴィゴーレ国の貴族として戦闘の心得があったビアンカだけが抗戦を選んでいたが………それ故、幼い頃から戦術を学んできたが故に『潰走』という選択が理解出来なかったらしい。


仲間であるはずの隣人を押し退け、我先にと逃げ出す同胞達を見て驚きの声を上げるビアンカ。


そんな彼女の制止の声で止まるはずも無く、人々は転がる死体を踏み付ける事も厭わず我先に逃げ出し───


そして、動きを封じられた。


「っ、 なんだ、これ………っ!?」


彼等が踏みつけた死体。本来なら冷たくて硬いはずのそれが、ぐにゃりと変形する。


人の形を捨て、まるで子供達が遊ぶ粘土のように縦横無尽に形を変える。やがてそれは蔓を思わせるような形に伸び、枝分かれし、潰走する人々を次々と捕らえていく。


しかも、変形した死体はひとつではない。


先程まで彼等が放っていた光に巻き込まれ、地に転がる事になった亡骸。その全てが蠢き、己を殺した者を捕らえんと腕を伸ばしている。


次々と捕縛されていく同胞達。己の理解が追いつかないその光景にビアンカは思考を手放しそうになるも、何とか己を奮い立たせ剣を握り締める。


先程の居合いによって、ビアンカ達が持つ聖剣の欠片は全て切断された。だが、先程記述した通り、彼女の武器は普通の剣の先端に聖剣の欠片をくっつけた物。


例え聖剣部分が切り離されたとしても、まだ武器としては使えるはずだ。そう言い聞かせ、ビアンカは地を蹴ってサーリャへと斬り掛かる。


「はぁぁああああぁっ!!」


裂帛の気合。だが、対するサーリャは右手に持つ刀を構える事すらせず、半歩後ろに下がるという最低限の動きのみで攻撃を回避すると、


ガラ空きになった腹部に、容赦なく膝蹴りを叩き込んだ。


「ぐうっ……!」


体の芯に響くような重い一撃。鈍い痛みにビアンカは耐えきれず、腹を抑えて地面にうずくまった。


サーリャは無闇に追撃する事も、かといって油断する事もなく、ただ刀をビアンカの眼前へ突き付ける。


動くな、動けば即座に斬る。そう言外に語られ、ビアンカは苦々しげに唇を噛む事しかできないかった。


「いやー、ノワ君から言われた時は焦ったけど、間に合ってなによりだな!」


そんなビアンカの耳に、聞き慣れない男性の声が届く。


顔を上げると、いつの間にかサーリャの左右に見知らぬ人物が二人立っていた。一人は藤色の着流しを着た黒髪黒眼の男性、もう一人は赤みがかった茶髪に水色の瞳をした美しい顔立ちをしている青年。


“赤のギルド”の団員であり保護対象(■■)でもある、トモキとカズヒコだ。


「トモキさん、急な要請に応じてもらってありがとうございます」


「いいっていいって、丁度手が空いてたしさ。……ただまぁ、演算時間が足りなくて座標がちょっとズレちゃったなのがなぁ。門の騎士達には悪い事をしたなぁー……」


「それはもう仕方なくないっすかね。寧ろあの短時間で計算して、これぐらいの誤差で済んでる時点で上々ですよ。

 俺だって、突貫工事すぎてお粗末な物しか作れませんでしたし」


そう言ってカズヒコは街並みを見渡し、それはもう深い溜め息を吐いた。


「我ながら駄作にも程があるな。身内からの注文じゃなけりゃ、絶対世に出さねぇレベルだ」


「そう? 私は普通に良い出来だと思うけど」


「これが自由創作ならな。けど、今回の注文は『模写』だろ? そっくりそのまま忠実に再現しなきゃなんないのに、時間が無くて分かんない部分は想像して作りましたーなんて、失敗作もいいとこだ」


ガリガリと頭を掻くカズヒコを見て、職人の面倒な所が出てるわねとサーリャは肩をすくめる。


今、彼等がいるこの場所は、ヴィゴーレ国とは異なる次元……トモキの光の扉によって繋がった異空間だ。街並みはカズヒコが作った粘土細工で、住人は彼の使い魔である埴輪の見た目を変えたもの。


今日の昼過ぎ。教会地下の様子を目の当たりにしたノワールは、“赤のギルド”にとある提案をした。万が一、神父達の反乱が王都まで届いてしまった時の策として、彼等を別時空に誘い込む事で王都を守れないか、と。


流石に制作コストが重くて断られるのではと思ったが、総司令部のウィルが好感触を示した為、実行される事となった。


彼は優れた未来演算の担い手だ。その精度は予知というよりも予告に近い。様々な制約により演算の詳細を話す事は出来ないウィルだが、そんな彼が「実行すべきだ」と言ったなら、それだけの理由がある。


実際、彼等はこうして罠に掛かり、一網打尽にされているのだから。


「にしても、ここまでの大事になるとはなぁー。これはもう“紫のギルド”に報告案件じゃね?」


「実際、ウィルさんが連絡してましたよ。その内“紫のギルド”から誰かがこっちに来るんじゃないですかね」


「面倒臭い奴が来なきゃいいんだけどね。ミネルバ辺りが来てくれないかしら」


「いや……どう考えても来るならマルスだろ」


「二人とも来るんじゃねーかなぁ。だってほら……」


任務後のアレコレを考え、雑談に花を咲かせる三人。ただ一人、ビアンカだけが彼等の会話に付いていけず、呆然とそのやり取りを見つめていた。


「……はは」


やがて何かを考えついたのか、ビアンカの口から笑い声が漏れる。


会話の傍ら、しっかりと意識を向けていたサーリャは直ぐにその様子に気が付いた。突き付けている刀を僅かに動かし「何が可笑しいのかしら」と問いかける。


「いえ、ここで私達を捕らえたとて無駄な事ですわ。いくら凄まじい力を持つ貴女方とて、勇者様は捕らえられなかったご様子。

 私達の無念は、勇者様が晴らして───」


「ああ、アレ、わざとスルーしただけだから」


「──はい?」


「オリジナルの聖剣を持った彼は、わざと罠に掛けなかっただけだぜ。聖剣ってのは基本的に、神力を操る道具であり信仰を集め神へ届けるアンテナでもあるからな。

 別次元に飛ばして圏外になっちまったら、ただでさえ危ういバランスが崩れそうだし」


「……何か、既にバランスガッタガタな気がしますけど。あと少しで神力枯渇して暴走するんじゃねぇかな、あの女神」


「まあ、そこはブラッドが何とかするでしょ。私の刀もあるんだし」






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