第2話 交番の中で「くっ殺せ!」と叫んだケモノ
「だからね、お姉さん。名前は?」
「……聖騎士エルザだ」
「住まいは?」
「グランベル王国、第三聖騎士団宿舎」
「……生年月日は?」
「王国暦482年、初夏の月第3日だ」
紺色の制服に身を包んだ兵卒どもは、頭を抱えて深くため息をついた。
狭い屯所の中に、フルプレート・アーマーを纏った私がドカッと座っている。
華奢な折り畳み椅子がミシリと悲鳴をあげていた。
ふっ……始まったか。恥辱にまみれた尋問が。
だが甘いぞ、異界の兵卒どもめ!
いかなる拷問を受けようと、私が軍事機密を吐くと思うなよ!
「無駄な足あがきはやめろ! どのような辱めを受けようとも、騎士の誇りを打ち砕くことは出来ん。王都への秘密の抜け道など絶対に吐かんぞ!」
「もう、いいからさぁ、そういうの。こっちは身元を確認して、親御さんに連絡したいだけなの!」
「親だと!? 孤児だった私にそれを聞くとは、なんという精神攻撃っ!! これが、異界の責め苦なのか――!」
「ご、ごめん、悪かったよ! ……ああもう、話が全然進まねぇ……!」
互いにダメージを受け合い、肩を落としていたその時だった。
「――失礼、警察署へ提出する診断書の件で寄ったのだが……何かトラブルかい?」
屯所の扉が開き、一人の男が入ってきた。
すっと通った鼻筋に、知性溢れる鋭くも優しい目元。
丈の長い白衣を羽織り、洗練された雰囲気を纏う整った顔立ち――いわゆるイケメンである。
「あっ、神城先生! ちょうど良かった! このコスプレの人、何を言っても会話が噛み合わなくて……」
神城と呼ばれた男は、私を一瞥した。兵卒どもの説明を黙って聞いていたその男は、やがて、その瞳に痛々しい悲劇を見たかのような、重苦しい陰りを宿して私を見つめた。
「……なるほど。真夏並みの暑さの中で全身金属鎧、激しい被害妄想、さらには『聖騎士』を自称する自己肥大化した妄想世界への没入……」
「む……? 何だお前は。私の美しさと底秘めた強さに恐れおののいているのか?」
「解離性障害、あるいは重度のストレスに起因する急性妄想性障害……これは極めて重症だ」
「なにをぶつぶつと言っている! そうか、さては新たな拷問官だな貴様!」
神城はゆっくりと私の前に歩み寄ると、目線を合わせるように優しく屈んだ。
その顔があまりにも美しすぎて、私は思わず少し身構えた。
「……安心しなさい、エルザさん。私は精神科医の神城だ。君を傷つける者はここには誰もいない」
「せ、精神科医……? 薬師の類か! 爽やかな笑顔で私の心を惑わし、自白剤を飲ませる気だな! 引っかからんぞ!」
「自白剤なんて使わないよ。君がどれほど辛い恐怖と戦ってきたか、私にはわかる。君の内なる『世界』では、今も過酷な戦争が続いているんだね?」
「な……ッ! 異界の住人が、何故、王国の現状を把握している! 貴様、魔王軍の手先か!?」
「重度の現実逃避……そして、現実の苦痛から身を守るために、脳が『聖騎士』という強固な防衛心性を作り出しているのか。可哀想に……」
神城はポケットからメモ帳を取り出し、サラサラとペンを走らせた。
その瞳には、包み込むような慈愛と哀れみが入り混じっている。
くっ……! なんだその目は!
雨の日に捨てられた子犬を見るような目で私を見るな!
「だ、騙されんぞ! その綺麗な顔で私を懐柔し、王国の軍事作戦を吐かせるつもりだろう! 私は惑わされん! 辱めるつもりなら、今すぐその整った顔で私を冷たく見下し、踏みにじるがいい! くっ……殺せ!」
「被虐願望を伴う自己処罰感情……過去に強いトラウマを抱えている可能性が高いな。『殺せ』という叫びは、救いを求める心の悲鳴だ」
「悲鳴ではない! これは女騎士のデフォルト矜持だっ!」
私たち二人の言い争いを呆然と見つめていた兵卒は、藁にもすがるように、神城に頼み込んだ。
「先生……これ、うちじゃどうにもできません。手続きしますんで、いったん病院で引き取ってもらえませんか?」
「分かりました。このまま放置すれば、彼女の精神崩壊が進み、最悪の場合、自傷行為に及ぶ危険があります。私のクリニックで緊急カウンセリングを行いましょう」
「助かります!」
ちょっと待て。
なぜ異界の兵卒と薬師の間で話がまとまっているのだ。そうか、読めたぞ!
「フン……場所を変えるつもりか! さては、数々の卑猥な攻め具の揃っている拷問室へ連れ込むつもりだろう! 臨むところだ! どんな精神的、性的拷問が待っていようと、私の正義は決して折れぬ!」
「大丈夫ですよ、エルザさん。君の傷ついた心、私が必ず治療してみせます」
「治療だと!? ま、まさか……私を洗脳し、異界の傀儡人形に改造するつもりかーー!?」
戦慄する私は、謎の白衣の男の導かれ、彼の怪しい実験場へと連れ出されるのだった。
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