第1話 「くっ殺せ!」って言う娘は何故か殺されない
「くっ……殺せ!」
まただ。私は今、オークの群れに囚われ、荒縄で大木に固く縛り上げられている。
「ブヒヒ! 威勢だけはいい女騎士様だブヒ!」
「この上等な鎧と剣を剥ぎ取れば、高く売れるブヒ!」
豚面をぶら下げた醜悪なオークどもが、私の周囲を取り囲んで汚い声で嘲笑している。
我が名はエルザ。聖騎士団の誇り高き騎士である――だが、なぜだろうか? 戦場に出るたび、私は気づけばこうして縛られている。
「ふ、オークどもにも私の価値が分かるとはな……。さすがに、聖騎士団内で準ミスを取った経歴もあるこの美貌は隠し切れぬか……」
「なに言ってるブヒ。価値があるのはお前のガワの鎧と剣ブヒ。中身に用はないブヒ」
「な、色気よりも金目とは! 貴様、エロ魔族代表として恥ずかしくないのかーー!!」
「それ、お前たち人間が勝手に決めたイメージだブヒ。そのネガキャンで俺たちも随分迷惑してるブヒよ」
「ムググ! どこまでも話が噛み合わない豚どもめ! 殺すなら、いっそ一思いに殺せー!!」
私がそう言い放つと、リーダー格の巨漢オークはブヒリと豚鼻を鳴らした。
「ああ、分かってるブヒ。筋肉質であまり上手くなさそうなメスだが、ハンバーグにすればいける気がするブヒ」
「ハンバーグっ! ハンバーグっ!!」
周りのオークたちが手を叩いて連呼し始めた。
「なっ!? うら若き乙女に何たるコール掛け! ……お、落ち着け、いったん落ち着こう! まずは私の話を聞くんだ!」
「最後に何か言い残すことでもあるブヒ?」
「いや、やっぱりね! こういうのは、テンプレっていうかお約束ってものがあると思うんだ。私は自分で言うのも何だが、ほれナイスバディな女騎士、対してお前たちはいかにもスケベったらしい顔をした豚面ども。こんな相性のいい素材が揃ったら、『殺せ!』『はいブヒ』は違うだろ! 否、断じて否だ!! そこはほら、『ブヒヒ、そんなもったいないことしないブヒ。殺すのはたっぷりと可愛がってから。死ぬよりもつらい屈辱と快楽を与えてやるブヒよ。ブヒュヒュヒュヒュー!』とか普通言うんだよ! そんで、私が「くっ殺せ!」っていうのがワンセットなのっ!! ……分かる?」
「――分かる、分かるブヒ」
巨漢オークは腕を組んで深く頷いた。さすが、リーダーはハイオークだ。話せば分かる。ひょっとしたら、二けたの足し算くらいなら暗算できる知性の持ち主かもしれない。しかし、そのインテリオークは憐憫の眼差しを私に向けて静かに呟いた。
「だけど、俺、ちっパイ派なんだ。悪いブヒ……」
「なっ!?」
――あ、相手が悪すぎる。あまりの衝撃に言葉を失う私に、ハイオークは最後まで憐みの目を向けつつ、丸太のように巨大な棍棒を私の頭上高くに構えた。強い横風が頬を叩くように吹き抜けていく。本気だ。こいつ、本気で私の頭蓋を叩き潰すつもりだ!
「死ねブヒー!」
「こっ、殺すなーーーっ!!」
あまりの恐怖に、騎士の威厳も誇りも投げ捨てて悲鳴をあげた、その瞬間――!
ピシャァァァァンッッ!!
突如、空を裂くような激しい稲光が走り、続いて腹に響く凄まじい雷鳴がゴロゴロと鳴り響いた。
途端にパラパラと大粒の雨が降り出し、黒雲が瞬く間に空を覆っていく。
「ブヒッ!? 急なドシャ降りだブヒ!」
「おい、早く砦に戻らなきゃ風邪引くブヒ!」
「待て、この女騎士はどうするブヒ!?」
「放置だ放置! こんな大雨だ。縛られたまま置いとけばそのうち勝手に冷たくなってるブヒ!」
オークたちは蜘蛛の子を散らすように、その場から一斉に走り去っていった。
「や、やれやれ……助かった……のか……?」
まさかの荒天による命拾い。まぁ、たまにはこんな放置プレイもオツなものだ。
ホッと安堵の息を吐き、縄をどうにかしようと身もだえした――まさにその時だった。
ゴオォォォォンッ!!!!
「あっ」
私が縛り付けられていた一本木へ、直撃する落雷。
目もくらむような真っ白な光と、全身を駆け抜ける激しい衝撃。
叫ぶ間もなく私の視界は真っ白に染まり、そのまま意識を失ったのだった。
◇
「……う……ん……」
頭痛とともに目を覚ます。
固く黒い地面。石畳にしては、石のサイズが小粒だ。それに色と形状も整い過ぎている……。
「……ここは……どこだ……?」
周囲を見回す。
空を突く巨大な白く四角い塔群。
見たこともない異様な鉄の戦車が、ブォォォンと雄叫びを上げて走り抜けていく。
魔王軍の新兵器か? しかし、魔力が微塵も感じられない。
「……いったい何がどうなっている……? まさかここは魔界、あるいは未知の辺境なのか……?」
私は愛用のフルプーレト・アーマーをガチャガチャと鳴らしながら立ち上がった。
大剣は腰にある。よし、いざとなれば、戦える。
だが、通りすがる異界の民たちの視線が、奇異の目で私を取り囲んだ。
「ママ、あの金髪の人すごいコスプレしてるー」
「ホントねー! モデルさんかしら?」
「ヤバ! 撮っとこ! しっかし、完成度パねぇな!!」
何やら見たことも無い服装に身を包んだ連中が、私を遠巻きに見つめ、小さな黒い板をこちらに向けている。その度に、謎の音が漏れ聞こえる。くっ、何か呪いの呪文でも唱えているのか!?
◇
「君、ちょっといいかな?」
突如、後ろから声をかけられた。
振り返ると、紺色の帽子と制服を着た男が二人立っている。腰には小型のメイスらしきものと、よくわからない形状の武器らしきものを装備していた。
「ほう……異界の魔導兵か。私に何の用だ」
「あー、うん。ちょっと怪しい格好だね。今日何かイベントでもあった? その腰の剣……あ、模造刀かな? 一応確認させて」
「なっ……! 我が愛剣ポチョムキンを『モゾウトウ』などと侮辱するか!」
「あ、これ本物だわ……。お姉さん、ちょっとそこの交番まで来てもらおうか」
「貴様ッ、私を捕虜にする気か!? お前たちの企みなど、お見通しだぞ! 地下の尋問室でコッテリと辱めるつもりだろう! どこの世界も女騎士の敵の考えることは同じか! ……くっ殺せ!」
「はいはい、自分の世界に浸るのは勝手だけど、法律は守ろうね。銃刀法って知ってる?」
「な、なんだ法を立てに、私にいかがわしい真似をしようとするのか、この鬼畜どもめっ!……て、おい、話聞けよ! あ、私のポチョムキンを取り上げるなーー!?」
こうして私は、謎の兵士二人に引きずられるように、彼らのアジトへと連行されていったのだった。
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