第5章 14
辺境の西の領地にある領主の屋敷の近くで、褐色の髪をした少年が草の上に寝転がり、空を見上げていた。そよ風が草を揺らし、静寂な雰囲気を醸し出していた。
「ああ……貴族の勉強はなんてつまらないんだろう。貴族の子はこんな面倒な授業に耐えなければならないのか?」
「休み時間でさえ、誰かに見張られている。一体どんな休み方なんだ!」
少年ジーンは心の中でそう思った。貴重な休み時間を利用して、ようやく部屋の束縛から抜け出すことができたのだ。使用人の目を盗んで、こっそりと外の空気を吸いに。もちろん、休み時間が終われば自然と戻ってくる。逃げるつもりはなかった。ただ、少しリラックスしたかっただけなのだ。
休み時間の途中で、ジーンはふとポケットからリボンを取り出し、それを見つめた。
「……レディ。」
手に持ったリボンを見つめながら、ジーンはほんの少しだけ出会ったあの若い女性のことを思い出した。二人の関係は純粋に互恵的なものだったが、ジーンにとっては束の間の美しい夢だった。
「…これを売るなんて、できるわけがないだろう?」
ジーンはレティシアがこれをくれた意図を理解していたが、これほど貴重なものを売るなんて考えられなかった。それに、孤児たちの問題は予想以上に早く解決したので、売る必要もなかった。さらに、売ればレティシアの地位がいかに比類なきものであるかを世間に知らしめることになる。このような貴重な品が市場に出回れば、間違いなく厄介な事態を招くだろう。彼女自身も、おそらくそんなことは予想していなかったはずだ。
「…王子の婚約者」
その時、突然風が強くなり、リボンが強風に揺れた。しっかり握っていなければ、今にも飛んでいってしまう。ジーンはリボンをしっかりと握りしめ、絶対に離さないと心に誓った。その時、ある光景が脳裏をよぎった――
(「ジーン、私たちは今、対等な、互いに支え合う関係なのよ!」)
彼女は、その言葉を口にした時、まばゆいばかりに美しく輝いていた。
その光景は、ジーンの心に深く刻み込まれた。
その瞬間は、まるで永遠に消えることのない記憶のようで、ジーンはそれを深く大切にし、誰にも邪魔させようとはしなかった。
「再会は、あなたが想像するほど素晴らしいものにはならないかもしれないわ…とにかく、あまり期待しすぎないで。でも、もちろん、すべてがうまくいけば、幸せになってね!」
ジーンは、レティシアの手紙をふと思い出した。それは、役に立つようでいて、役に立たないようなアドバイスだった。ジーンは思わず、意味ありげに微笑んだ。
「馬鹿――もちろんわかってるよ。ただ、俺を捨てた奴がどんな顔をしてるのか知りたかっただけさ。もう、俺を認めようが認めまいが、どうでもいいんだ。」
実家に戻ったジーンは、領主の妻が早世し、子孫がいなかったこともあり、意外にもあっさりと養子に迎えられた。父親との関係は、良くも悪くもなく、特にぎくしゃくしたものではなかった。唯一の問題は、近隣の領地と比べて、比較的貧しく困窮していたことだった。辺鄙な場所にあるため、特筆すべき特徴もなく、ただの田舎の村だったため、当然ながら裕福ではなかった。没落した領主の一族とでも言うべき存在だったが、スラム街で暮らすよりははるかにましだったので、ジーンは満足していた。
「……レティ。」
「もし学校に行ったら……また会えるかな?」
ジーンの現在の貴族教育は、過去の空白を埋めるための過酷なものだが、ジーンはレティシアに再び会える日を夢見て、歯を食いしばって耐え忍んでいる。
(レティ…俺は…)
ジーンが考え込んでいると、突然誰かが彼の周りから現れ、こう叫んだ。
「あら、どうしたの、坊ちゃん?」
「リボンを持ってるなんて、女々しい。」
「お嬢ちゃん…お嬢ちゃん…」
ジーンは慌ててリボンを取り上げ、周囲を見回した。どうやら彼らはこの領地の名家の子供たちらしい。ジーンの過去を知っているのだろう、到着以来ずっと彼を軽蔑し、侮辱してきたのだ。
(どうしてこんなに騒がしいんだ?)
彼らは次第に騒がしくなり、声も大きくなり、ジーンは苛立ちを募らせた。まさに口を開こうとしたその時――
「待て!」
突然、誰かが駆け寄ってきて、両手を広げてジーンの行く手を阻んだ。まるで彼を守るかのように。長い髪から察するに、おそらく女の子だろう。
「3対1?ずるい!男なら1対1で戦えよ!」
「えっ!?この人、何なんだよ?」
突然現れた女の子に、その場にいた全員が驚き、ジーンもその場で立ち尽くした。
「待って、あの人の後ろに…」
「逃げろ!」
名家の子供たちは、おそらく発見したものに怯え、四方八方に散っていった。ジーンは困惑していたが、目の前の少女とは関係がないことは確信していた。
子供たちが遠くへ逃げ去った後、少女は突然振り返り、こう言った。
「私の名前はリリス、リリス・ペッテルです。」
彼女の長く明るい茶色の髪が風になびき、太陽の光を浴びて銀色に輝いていた。ジーンの目の前に突然現れた少女は、片手を腰に当て、挑むような笑みを浮かべて立っていた。
しかし、ジーンは動じなかった。彼の心は別の誰か、もっとずっと美しい誰かに奪われていたのだ。それに、よく見ると、彼女の容姿は実に平凡だった。おそらく、彼女の威圧的なオーラが作り出した幻影に過ぎないのだろう。
「……ありがとう。でも、君の助けは必要ない。」
孤児院の惨劇を生き延びたジーンは、こうした状況には容易に対処できたが、貴族の出身である彼は、あまり彼らを怒らせるわけにはいかなかった。そこで、適切な反撃をする前に、彼らが自分に何をしようとしているのかを注意深く観察した。
「何ですって!?私の助けはいらないって!?…あなたを助けるために、本当に勇気を振り絞ったのに…」
リリスは攻撃的な言葉を言い終えたばかりだったが、何かを思い出したかのように、突然口調を和らげた。明らかに演技だった。
「あ…ええと、ありがとうございます。」
ジーンは、このような相手には従順な態度をとるのが面倒を避ける最善策だと察し、慌てて礼を言ったが、内心ではその場を立ち去りたかった。
(あー、また…本音を漏らしてしまった。次はもっと気をつけないと。)
(でも、この人、なんだか変だ。)
「一体どういう態度だ!?…むしろもっと感謝すべきだろう!」
「…今はダメなの?せっかくのチャンスを……」
少女は不満そうにそう言い、さらに何かを呟いた。ジーンはとにかく早く立ち去りたかったので、あまり気に留めなかった。
「お嬢様」やや威圧的な雰囲気のガードが後ろから声をかけた。
「あの、ちょっと用事があるので、そろそろ失礼します…どうぞお許しください、お嬢さん。」
授業の時間が近づいていることに気づいたジーンは、それ以上会話を続ける気はなかった。
彼が一歩踏み出した途端、少女が呼び止めた。「待って…待って!私はあなたの隣の領地のペテルの長女です。祖父の頼みであなたとお話しに来ました。どういう意味かはお分かりですよね?ヴィト・ルイスさん、ルイス男爵が最近見つけた私生児。」
ジーンは家族に認められるために家に連れて行かれた後、過去との繋がりを断つためにすぐにヴィト・ルイスという新しい名前を与えられた。
(ペテルは…えっと…隣の…子爵領地?)
ジーンは今、ぼんやりとしか思い出せなかった。
貴族の事情を学び始めたばかりのジーンは、まだこれらのことに全く詳しくなく、漠然とした記憶しかなく、判断を下すことができなかった。しかし、皆が子爵家の者だと名乗ったので、無礼な態度は取れず、ジーンは態度を改め、彼らを自宅に案内してこの件を片付けることにした。
「申し訳ありません、ペテルさん。では、ゲストハウスまでご案内します。」
「リリスと申します、ヴィトさん。」リリスは微笑みながら言った。
(ちっ、なんて高慢な女だ。面倒くさい。)
「申し訳ありません、リリスさん。」
ジーンは苛立ちを感じながらも、しぶしぶ謝罪した。
「分かりました。では、行きましょう。私たちは将来、良いパートナーになれると思います。」
(パートナー?一体どういうことだ?)
ジーンは、こっそり抜け出さなければよかったと心の中で後悔した。こんな奇妙な人たちに出くわしたのは、本当に不運だった。




