第5章 02
静寂の中、かすかな足音が次第に大きくなっていった。
視界は悪かったが、スラム街の路地は荒れ果ててでこぼこだった。先ほど歩き回った時に気づいたのだが、ここはつまずきやすい。私は足元に注意しながら歩いていた。すると意外にも、ジーンは時折、道順を教えてくれた。思いがけず気遣いを感じた。
ジーンの後をついていくと、少し歩いたところで、彼は突然振り返って口を開いた。
「さて、もう遅いし、アヒルを家に送る前に、今夜は俺の家で休もうか…」
ジーンが言い終わる前に、私はたちまち疑念を抱き、彼から距離を取った。
あまりにも…あまりにも疑わしい!
ついさっき約束をしたばかりなのに、こんなことを言われると、警戒せざるを得なかった。
「ふっ、そんな顔をするなよ。お前みたいなタイプには全く興味ない。俺が欲しいのは、グラマラスで曲線美のある女だ。」
………………グラマラスで曲線美のある女。貴族社会で長年過ごしてきた私にとって、こんなことをストレートに話す人がいるとは驚きだった。アルジェは普段は率直な性格だが、こういうことにはあまり興味がないようだった。これまで彼がこの話題に触れるのを聞いたことは一度もなかった。おそらく彼はある程度の慎重さを持ち合わせていたのだろう。
「…それはよかった。」
私は彼をじっと見つめた。
「もうこんなに遅い時間だ。外出は危険だ。自分の身は守れるが、君の安全は保証できない。」
本当に?
私は彼を見つめながら、少し躊躇した。
多少不安はあったものの、彼の言う通り、もう夜遅い時間だった。もし街で悪党に遭遇したら、視界が遮られているため、安全に逃げることはできないだろう。
このスラム街は予想以上に広く、隠れる場所が全くなかった。案内人がいなければ、間違いなく迷子になってしまうだろう。
「わかった。」
不安はあったものの、今は彼に頼るしかない。無意識のうちにポケットの中のブレスレットに触れ、彼の後をついて行った。
……
しばらく歩き、嗅覚がほとんど麻痺してきた頃、ふと何かを思い出し、口を開いた。
「私の名前はレティシアです。」
「アヒルじゃない!」
「え、アヒル?」
「私の名前はレティシア!」
名前を変えてください。
そう心の中で思いながら、彼をじっと見つめた。
「……レ……レ……シア……」
ジーンは慣れていないようで、たどたどしく繰り返した。
発音しにくいのだろうか?
疑念に駆られ、私はニックネームで呼ばせることにした。
「レディでもいいよ。」
「あぁ…あぁ…レディ…レディ…」
ジーンは顔をそむけ、名前をもう一度繰り返して頭を掻いた。
私の名前がどれだけ発音しにくいのかは分からないけれど、少なくとも彼は名前を変えようとしている。あの馬鹿なアルジャーよりははるかにマシだ。
そんなことを思いながら、私はジーンの後について薄暗いスラム街へとさらに進んだ。
「ここだ。」
ジーンが指差した場所を見てみると、板と布を寄せ集めて作った粗末な小屋だった。雨漏りしそうで、かなり頼りなさそうだった。近くの家々も似たような状態で、唯一の違いは周囲の家より少し大きいことだけだった。
ようやくジーンの宿に着くと、彼の言ったことは本当だったようだった。少し安心した。




