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009 三度目の偶然

 私は、エリオット様の問いになんて答えようかしばらく頭の中で考えていた。部屋の中は、彼が淹れてくれた紅茶のいい匂いが漂っているだけで静かだ。エリオット様は、私を急かすことなくただ黙って待っていてくれる。


 その空気が、話しても大丈夫だと言ってくれているみたいで、私はゆっくりと口を開いた。


「もうずっと、我慢していたんです……」


 婚約者のアンドリューと八歳の頃に婚約を結んだ話から、どんどん言葉が溢れて止まらなくなってしまった。幼い頃は、何も知らない子どもだったから凄く仲良く遊んでいて、それこそ私の初恋はアンドリューだった。それが、学園に入って外の世界を知って、容姿が地味で冴えないって揶揄われて……。自分が揶揄われるのは仕方なかったけれど……。私の婚約者ってことで、アンドリューまで揶揄われだしたことが本当に申し訳なくて、肩身の狭い思いをずっとしていた。


 だから、アンドリューがどんどん冷たくなっていったのも仕方ないと思っているし、他に好きな人ができたことも理解できる。ただ、アンドリューが最後の一線だけを越えなければ、全てを我慢して抵抗することなくこのまま結婚していたはずだ。


 月下の花を一緒に見に来てくれなかったことが、どうしても許せなかった。幼い頃からの夢を、一緒に叶えようとしてくれなかったアンドリューに、もう昔の彼ではないのだと確信してしまった。それがとても悲しくて、もう元には戻れないのだと思った。


 それでも、月下の花にお願い事をした時は、そうなってくれたらいいのにという淡い願いだった。それが、アンドリューに他に好きな人がいることを知って、絶対に叶えたい願い事へと変わっていった。


 アンドリューは、世間で言われているように恋愛と結婚は別だと考えているのかもしれない。けれどお互いがお互いを必要としていないのに、我慢して結婚するのはどう考えてもおかしい。


「何だか私、愚痴ばかりですね……。アンドリューのことばかり悪者にしているけれど、結局自分では何もできないんです……」


 自分で話していて、自分のことが情けなさ過ぎて涙が出そうになる。こんなことなら、もっと早く自分にできることをやっておくんだった。こんなことで泣いたりしたら、エリオット様に呆れられてしまうとぎゅっと拳を握り込む。


「エリーナ、余り自分を責めてはいけないよ。私も容姿については色々と言われることが多いからね……。気持ちは痛いほどよくわかる。それに、婚約者が幸せになることもちゃんと考えるエリーナは、やっぱり優しくて素敵な女性だよ」


 エリオット様は、握りしめていた私の手を開いて自分のハンカチを渡してくれた。涙は流していないのに、泣きそうな私の気持ちを理解してくれて嬉しさで今度は唇がわななく。


 泣いたら止まらなくなりそうだった私は、どうにか言葉を絞り出す。


「……あり、が、とう、ございます」


 顔を見られるのが恥ずかしくて俯いていたら、エリオット様が本当に微かに頭をポンポンと撫でくれた。その心使いが優しくて、そっと顔を上げる。すると、自分の行動に自信がないのか藤色の瞳に迷いが見える。


「? エリオット様?」


 私は、撫でられた頭に手を当てながら首を傾げる。てっきり笑ってくれていると思ったのに……。なんで、心配そうな顔をしているのだろう? 


「ごめん。私に触られるのは嫌かなと思ったのだけど……。その……エリーナが可愛くて……。ごめんね」


 そう言って、隣に座っていたエリオット様は少し距離を置いて座りなおす。心なしか表情が寂しげで無理に笑顔を作っているようだった。そんなことを言わせて、私は申し訳なく思う。それに、慰めの言葉だったとしても「可愛い」だなんて言われることがないから素直に嬉しい。


「嫌じゃないですよ。あの、えっと、慰めてくれてありがとうございます……」


 改めて、自分の今の状況を考えたら、とんでもないシチュレーションでおたおたしてしまう。この距離感で、貴公子であるエリオット様が隣にいて平常心でいられた私が凄い。彼は、私から見たら魅力的な男性以外の何物でもない。それなのに、こんな男性と二人きりでしかも隣り合って座っているなんて奇跡に近い。今の今まで、意識なんてしていなかったのに胸の鼓動が煩い。


「あのっ、エリーナ」

「はい?」


 エリオット様が、思いつめたような慎重な声で私の名前を呼んだ。


「最初に会った時から思っていたのだけど、君は、私が怖いとか触れられたくないとか、そういった感情はないのかい?」


 エリオット様の言葉を聞いて、色々なことを理解する。いつも怖がられているから、私の態度が不思議だったみたいだ……。それって、私がエリオット様に思っていたのと一緒だなとちょっと面白い。


「はい。私、エリオット様のこと怖いって思ったことないです。それどころか、私なんかに優しくしてくれるので、凄く素敵な方だなってずっと思っていました。もしかしたら、二人して同じようなこと思っていたのかもしれませんね」


 ふふっと私は、笑ってしまう。エリオット様の方が、ずっと大変な思いをしているだろうから、私と同じにしてしまったら失礼かもしれないけれど……。


 エリオット様は、そうとう驚いているみたいで黙ったままだ。彼がしゃべりだすのを待とうと、少し冷めてしまった紅茶に手を伸ばす。口に含むと、やっぱり美味しい。たぶん、凄く高価なお茶何だろうなと綺麗な色のお茶をじっと見ていた。


「エリーナ」

「はい?」


 今度は、何かを決心したような力強い声だった。


「それだったら、私と結婚してもらえないだろうか?」

「へっ?」


 私は、驚き過ぎて危うく持っていたティーカップを落としそうになった。


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