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008 アンドリューとの会話

 翌日、学園内でアンドリューとばったり出くわした。珍しく私も彼も一人でいたので、今がチャンスとばかりに勇気を振り絞って話しかけた。実はこの一週間、アンドリューに話しかける隙をずっと狙っていたのだ。ほとんど誰かと一緒にいるので、やっと捕まえたと嬉しい瞬間だった。


「アンドリュー、ちょっと話をしたいのだけど今いい?」

「なんだよ……」


 廊下の端によってもらって、二人で立ち話をする。私は、何から話すべきかちょっとだけ考えた。上手に話し始めないと、彼の機嫌を悪くしてしまう。


「あのね……。最近のアンドリューって特定の人とずっといるよね?」


 自分ではかなり言葉を気にして発言したつもりなのだけれど……。アンドリューの気に障ったのかギロッと睨まれる。


「何が言いたいんだ? 同じクラスのやつと仲良くしているだけだ!」


 アンドリューの声は、ドスの効いた恐怖を感じさせるようなもので私はとても怖くなる。アイリスに言われたから、仕方なく話しているのに……。こんな状態でも、話し合う必要があるのか疑問しか生まれない。


「そうじゃなくて……。仲良くすることはいいと思うの……。ただ、私の存在が邪魔かなって思って……。そうだったら、解消してくれても構わないのだけど……」


 私の言葉に、アンドリューの顔に険しさが増す。言ってはいけないことを言ったのかと、私の声はドンドン小さくなっていた。


「解消って何をだよ?」

「だから……婚約……」


 私は、周りの目を気にしてアンドリューだけに聞こえるように小さく呟く。すると彼が、自分の綺麗にセットしてある髪を乱暴にかき乱す。


「何でそうなるんだよ。そんなこと簡単にできる訳ないだろ!」

「私だって簡単だとは思ってないよ。でも、こんな二人で一年後に結婚なんて、アンドリューにとっても私にとっても良くないよ」


 私の言葉に思い当たることがあるのか、アンドリューが悔しそうに黙る。彼もきっと私と同じように思っているけれど、何もできないだけなのだ。


「エリーナ。確かにお前の言う通りだ。だけど、一年だけ目をつぶれ。俺だって馬鹿じゃない、結婚後はちゃんとする。結婚するのは、エリーナだと思っている」


 何を思ったのか、アンドリューの表情がフッと崩れて私に笑顔を向けた。そして、私の茶色い髪に触れようとしてきた。


 ――――「アンドリュー、こんなところにいたのね」


 声がした瞬間、アンドリューは伸ばした手をサッと引っ込めて視線を上げた。


「シンディー嬢、今行く」


 私に向けた意味深な笑顔から一転、爽やかさを携えた笑みでキャンベル伯爵令嬢に応じるアンドリュー。


「とにかく、エリーナは大人しく一年後の結婚を待てばいい。余計なことはするな」


 アンドリューは、私を見ることなく肩をポンポンと叩きそのまま行ってしまった。アンドリューとキャンベル伯爵令嬢が肩を並べて、遠ざかって行く。彼の腕は、キャンベル伯爵令嬢のものであるように自然に腕を絡ませていた。


「何よあれ……。妻はあくまでも妻で、好きな人は別にいるっていう、よくある貴族の結婚? それで私の幸せはどこにあるのかしら……」


 授業の始まりを告げる鐘が鳴り響いているけれど、私はその場から動く気になれなかった。




 その後、授業に出る気になれず私は王立図書館に向かうことにした。図書館は、シーンとした静かさの中に人の気配がしてその雰囲気に癒される。嫌なことがあると、行きたくなるそんな場所だ。


 授業をさぼるだなんて、初めてのことだけれど……。何となく、アンドリューと同じ建物内にいることが辛くて外に出てきたかった。学園が終わってない時間に屋敷に帰る訳にもいかず、図書館に行くのが丁度良かったのだ。


 今日は、物語の世界に没頭できるように何か小説でも読もうと面白そうな書籍を探す。ずらっと本が並ぶ棚をゆっくりと巡りながら、何を読もうかと考えているこの時間が好きだ。一冊の本が目に止まって、それを本棚から抜き出す。


 本の名前は、「地味令嬢の幸せ婚」。あらすじを読むと、地味で目立たない少女が素敵な男性と結ばれる話だった。自分みたいな主人公で、どんな風に幸せになるのだろう? と興味を持ちその本を読むことに決めた。


 その本を持って、いつもの私の定位置に向かう。ここでは読み終わらないだろうから、今日はこの本を借りて行こうかと考えながら歩いていた。


「エリーナ?」


 図書館内であることを考慮してだろう、とても控えめな声で呼び止められた。声のした通路を伺うと、なんとそこにはエリオット様が立っていた。


「エリオット様?!」


 私は驚いて、大きな声を出してしまう。近くにいた人たちが、私に注目してきたのですみませんという気持ちで頭を下げてエリオット様の方に近づいた。


「こんな時間にいるなんて思わなかったから、びっくりしたよ」


 エリオット様が、音量を落としてしゃべりかけてくれた。


「えっと……ちょっと色々ありまして……。あのっ、図鑑ありがとうございました。本当に嬉しくて、私の宝物です」


 私も、エリオット様に倣って小さな声で話す。エリオット様は、ニコリと笑顔で微笑むと「ちょっとこっちに」と私を誘導してくれた。連れてこられたのは、空いていれば好きに使っていい個室だった。そこでは、本を読んだり調べものをしたり、防音にもなっているので誰かと打ち合わせに使うこともできる。


 中に入ってみると、たまに使っている個室とは様子が違っていた。置いてあるソファーやテーブルに高級感があり、自分で淹れてお茶が飲めるようにティーセットが一式揃えられたカートまで置かれていた。


「こんな良い個室なんて初めて入りました」


 部屋の中をキョロキョロと見回しながら、感嘆の声を上げる。


「ここは、ボードウィン侯爵家で借りている個室なんだよ。ちょっとしたお茶くらいは飲めるから、ちょっと待っていて」


 エリオット様が、持っていた本をテーブルの上に置くとカートの所までいってティーカップに茶葉を入れている。その姿を見た私は、侯爵家の令息にお茶を淹れさせるなんてと焦ってしまう。


「エリオット様、お茶は私が淹れますから」


 美味しく淹れる自信なんてなかったけれど、黙って淹れてもらうなんて分不相応なことはできなかった。


「こう見えて結構上手に淹れられるんだよ。エリーナは、そっちのソファーに座って待っていて」


 エリオット様の言い方が、とても楽しそうだったので私はそれ以上何も言えず素直にソファーに座らせてもらった。流れるようにお茶を淹れている姿は、間違いなく私が淹れるよりも美味しそう。エリオット様の様子を見ていると、本当に誠実で優しい人だなという印象を受ける。


 顔が整い過ぎていて怖いだなんて言われているけれど、実際はこんなに素敵な方なのにと残念に思う。逆に、容姿に定評のあるアンドリューは、私にとったらとても怖い存在だ。さっきだって、わざと私を怖がらせようと低い声を出して意地悪だった。


 いつも一緒にいる、ラナやアイリスの優しさを感じることはあるけれど……。エリオット様のように知り合ったばかりの人に、こんなに良くしてもらった経験があまりないので一々感動してしまう。


「何か、元気がないようだけど大丈夫かい?」


 エリオット様に話しかけられてハッとして顔を上げる。すると、目の前からフルーティーないい匂いがする湯気が立ち上っていた。私の前には、赤いバラの模様が描かれたティーカップが置かれた。


「大丈夫です。いい匂いですね。美味しそう」

「飲んで見て。香りがいい、フルーツティーにしてみたよ」

「ありがとうございます」


 私は一言お礼を言ってから、受け皿ごと両手に持ってティーカップを口に運んだ。口の中に、甘くて爽やかな味が広がりホッとする。


「甘くてとっても美味しいです」


 紅茶から視線を外してエリオット様を見ると、いつの間にか私の隣に座っていた。


「それは良かった。元気がないのは、お願い事のせいかな?」


 突然お願い事と言われて、最初、何を言っているのかわからなかった。しばらくして、エリオット様に月下の花に願ったことを聞かれてしまったのだと思い出して、みるみる内に顔が熱くなる。


(そうだった……。エリオット様には、願い事を聞かれていたのだった……)


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