007 贈り物
アンドリューとキャンベル伯爵令嬢の一件があってから、一週間が経った。あれから、何だかアイリスの様子がおかしい。何かを考え込んでいて、いつも上の空だ。私はというと、何も進展はしていない。アンドリューと婚約解消すると決心したはいいけれど……。何をするべきなのか考えがまとまらなかった。
すぐに、父親に婚約解消したいと言うべきなのはわかっている。だけど理由が、「アンドリューに他に好きな人ができた」では通用するのか疑問だった。いつも、アンドリューの肩を持つ父親なので、そんなのは今だけの風邪みたいなものだと言われたらそれでお終いだ。
ガルシア子爵家にとって、隣の領地と良縁を結ぶことはとても大切なことだ。それを破棄したいと言うのならば、それよりも実になるような代替え案が必要になる。そうじゃなければ、ただの我儘と切り捨てられて父親を説得することなんてできない。だから、婚約解消した後に自分が何をしたいのか色々考えてはいるけれど……。良い案が浮かばない……。
一番手っ取り早いのが、アンドリューと結婚するよりも良い結婚相手がいればいいだけの話なのだけれど……。そんなことは、絶対に無理。ただでさえ、学園で地味で冴えない女って言われているのに……。そんな子と、新たに婚約関係になりたい人なんている訳がない。
「もう、どうすればいいんだろう……。いっそのこと、アンドリューから解消してくれればいいのに……」
学園が終わり屋敷に戻ってきた私は、自分の部屋に続く廊下を難しい顔で歩いていた。今日は、他の家族は出払っているのか屋敷の中がとても静かだ。自分の部屋の前に到着して、ガチャリと扉を開けた。
「エリーナお嬢様、おかえりなさいませ。お嬢様宛てに、荷物が届いています」
なぜか、興奮した面持ちのラナが扉の前で待ち構えていた。
「ラナ、ただいま。どうしたの? 何か良いものでも届いたの? 新しいドレスなんて作ってないわよ?」
ラナに荷物と言われても、特に思い当たる物がない。
(最近は、特に買い物にも行ってないし……なんだろう?)
「エリーナお嬢様、これです!!」
ラナは、私の目の前に長方形で厚みのある荷物をドンッと出した。それを見ても私は、何なのか見当がつかず首を横に傾ける。
「全然、何だかわからないんだけど? 誰から来たの?」
「ボールドウィン侯爵家からです!! ボールドウィン侯爵令息様と一体どういったご関係なんですか?」
ラナが、大興奮して荷物と一緒に届いたのであろう手紙を私に差し出して来た。
「えっ? エリオット様?」
私は、驚いてラナから手紙を受け取った。差出人を確認しようと手紙をひっくり返すと、確かにとても綺麗な筆跡で「エリオット・ボールドウィン」と書いてある。
「お嬢様、早く開けてみましょう!」
ラナは待ちきれない様子で、今度はエプロンのポケットからペーパーナイフを出して渡してくれた。
(ラナったら、用意がいいのだから)
私は、ペーパーナイフを素直に受け取って刃を滑らせて封を切った。中から便箋を取り出すと、フワッと柑橘系の爽やかな匂いが香る。便箋を開くと、ほのかに黄色を帯びて花の透かしが入っている。とんでもなく高価な便箋だとわかる紙には、人柄が伺える綺麗な文字でつづられていた。
エリオット様からの手紙を読み終わり、ラナが持っている荷物に目を向けそれを受け取った。私は、ゆっくりと丁寧に包み紙を開けていく。中から出てきたのは、月下の花が書かれているあの図鑑だった。
「本当に送ってくれるなんて……」
私は、驚き過ぎて言葉が続かない。送っていただけたことにも驚いたけれど、少し時間がかかると言っていたのに、たった一週間で届けてくれたことにも衝撃を受けた。とても貴重な本のはずなのに……どうやって手にいれたのかしら……。
「エリーナお嬢様、それは何なのですか? それに、ボールドウィン侯爵令息様といつお知り合いになったんですか?」
ラナが、逃がさないとばかりに詰め寄ってくる。逃げられないと思った私は、王宮の庭園で出会ったところから全てを話してしまった。
「月明りの下で一緒に月下の花を見たら、翌日も図書館でばったりあったと……。意気投合して、禁書に指定されている図鑑をプレゼントされたと……。そんなことってあります?」
ラナが、驚きを通り越して納得がいかなそうに怪しんでいる。ラナの気持ちもわかる。私が同じように言われたとしても、意味がわからないと思う。実際、私に起こった出来事のはずなのに自分でもよくわからない状態だからだ。
「私も同じ気持ちなのだけど……。ここに図鑑があるってことが証拠でしょ?」
「そうですけど……。それにしても、ボールドウィン侯爵令息って例の噂の方ですよね? お嬢様は……その、大丈夫だったのですか?」
ラナが、はっきりとは言わず配慮しながら訊ねる。きっと、容姿が余りに整い過ぎていて怖いという噂のことを言っているのだ。
「噂のことは、なんとも思わなかったわ。ラナは知っていると思うけど、むしろすごく綺麗な方で見惚れてしまうほどだったわ。もちろん、内面もとても素敵な方よ」
ラナは、私の好みのタイプについて知っているはずなので、ここでも隠さずに思った通りのことを口にする。すると、ラナが目を見開いて口をポカンと開けた。
「ちょっと待って下さい。エリーナお嬢様って、好みのタイプが昔のままなんですか?」
「えっ? 好みのタイプなんて、そう変わるものじゃないでしょ?」
「でも、最近は何も言わなくなっていたので……。てっきり、一般的な格好良いに気付いたのかと思っていました……」
今度は、私がラナの発言に驚く番だった。確かに昔は、私の格好良いをわかってもらおうとラナに延々とその良さを語っていた。でも、子供社会の社交活動が始まってから、どんな人が好きかを語ると決まって馬鹿にされ始めたので、ラナにわかってもらうのも辞めてしまったのだ。
もし、ラナが私の格好良いを理解してしまったら、彼女も馬鹿にされるかもしれないと気づいたから。
「とにかく、エリオット様は全然怖くなんてないわ。大体、整い過ぎて怖いって本当に失礼だと思う。みんな誰だって、自分の容姿は選べないんだから」
「そうですけど……」
どうやら、かなり驚いたみたいでラナが言葉を失っている。長年一緒にいる彼女でさえこうなのだから、私の考えを受け入れてもらえるのはなかなか難しそうだ。
「ねえ、ラナ。お父様とお母様には黙っておいてくれない? 知ったら、きっとびっくりするだろうし、もしかしたら怒るかもしれない……」
「そうですね……。でも、こんな貴重な物を頂いて、お嬢様どうするつもりですか? 貰って終わりにはできませんよ……」
ラナは、私が手にしている図鑑を見ながら言った。本当にその通りだ。エリオット様は、図鑑のお礼は見かけたら声をかけてくれればいいと言っていたけれど……。そんなことくらいでは、どう考えてもこの図鑑と釣り合わない。
「わかっているわ……。とにかく、お礼の手紙を書かなくちゃ。何か、エリオット様の役に立つようなことが私にできればいいのだけれど……。そんな都合がいいことなんてないわよね……」
私は、図鑑が自分の物になった喜びをかみしめながら、でもどうしたらいいのだろう? とまた、頭を悩ませてしまうのだった。
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