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021 sideアンドリュー 後悔

本日も二回の投稿です。

 シンディー・キャンベルと正式に婚約を結んだ僕は、胸を弾ませながら学園の門をくぐる。昨日までの僕は、シンディーに惹かれ学園でも仲良くしていたけれど、あくまでも友達としての域から外れるようなことはしてこなかった。


 しかし今日からは、正式に婚約者となったのだからシンディーを堂々と自分がエスコートすることができる。これからは、学園以外でもお互いが望めば会うことだってできるのだ。昨日の夜は、初めてのデートはどこに行こうかとワクワクしながら眠りについた。


 学園の門から弾む心を抑えつつ、お目当ての令嬢を探す。すると数メートル先に、よく手入れの行き届いた金髪をカールさせた後ろ姿を発見した。


 僕は、お目当てのシンディーを見つけて速足で彼女に追いつき声をかけた。


「シンディー嬢、おはよう」


 僕の挨拶に気付いた彼女は、ゆっくりと振り返りうっとりするような美しい笑顔を零す。


「まあ、アンドリュー様、おはようございます」


 いつもよりも少し弾んだ声が聞こえ、彼女も婚約したことを喜んでくれているのでは? と勝手に解釈する。喜びを噛み締めながら僕は、シンディーに自分の腕を差し出しエスコートをかってでる。


「教室まで一緒に行こう」

「もちろんですわ」


 シンディーは、当たり前のように僕の腕に自分の腕を絡ませて身を寄せる。いつもよりも大胆な彼女は、僕の腕に豊満な胸が当たっているのに平気な顔をしている。平静を装うが、心の中はドキドキしていた。


「わたくし、アンドリュー様の婚約者になれて嬉しいですわ。これからは、わたくしのことだけを見て、わたくしのお願いを聞いて下さいませ」


 彼女は、上目遣いに僕を見て可愛らしく微笑む。頬がピンクに染まり、恥ずかしそうな表情が溜まらない。


「ああ、君の願いなら何でもきくよ」


 ああ、僕はなんてついているのだろう。地味で冴えない婚約者から、こんなに魅力的で後ろ盾がしっかりした人と婚約を結び直せるだなんて……今日は、人生で最高の日だ。


 それから、僕の新しい生活が幕を開けた。


 元婚約者のエリーナとは、同じ学園に通っているからたまに姿を見かけることはあるけれど、すでに僕の中で名前を知っているくらいの存在になっていた。彼女が、僕と婚約を解消した後に誰と婚約をしたのかなんて、調べようとも思わなかった。


 それよりも僕は、シンディーの可愛らしいお願いをきくのに忙しくてあっという間に時が過ぎていく。だけど、美人な婚約者との甘々な生活はそう長くは続かなかった。


「ねえ、アンドリュー、今日は最近話題のケーキ屋さんに行って来てほしいの。買ってきて欲しいケーキだけ言うから、屋敷に届けてくれないかしら?」


 放課後になると、決まってシンディーが僕に何かをおねだりする。その内容が可愛らしいものから、疑問を呈するようなものへと変わっていった。


「だったら、シンディーも一緒に行ってケーキ屋さんで一緒に食べて来ようよ」

「嫌よ。最近話題のお店って言ったじゃない。凄く並んでいるに決まっているわ。わたくし並ぶのは好きではないの。じゃあ、よろしくね、アンドリュー」


 彼女は、ケーキの種類を書いたメモを僕に握らせて自分だけ先に帰ってしまった。


 また別の日には、一緒に宝石店に連れていかれ何でもない日に高価な指輪を買わされた。エリーナと婚約していた時は、宝石なんて誕生日などの特別な日以外はプレゼントすることなんてなかった。まして彼女の方から「これが欲しい」とおねだりされたことなんて一度もなかった。


 そしてある日、放課後に僕の屋敷に押しかけてきて、溜まっていた自分の課題をやって欲しいと頼みにきたのだ。そんなことはできないときっぱりと断ると、涙を流して縋りついてくる。


「どうしてアンドリューは、わたくしのお願いを聞いてくれないの? 最初に約束したじゃない、わたくしのお願いを何でもきいてくれるって。お願いを聞いてくれないなら、約束も守らない最低な男だって言いふらしてやるんだから」


 目に涙を一杯ためて、僕を睨みつけてくる。言っていることはただの我儘で、到底納得できるような話ではなかった。僕は、さすがに自分の婚約者を貶めるようなことは言わないだろうとはっきりと断りそのまま家に帰した。


 そして翌日……。僕を見ながら皆が何かをコソコソ話している。


「お前、シンディー嬢との約束をことごとく破るんだってな? 約束を守らない奴って本当に最低だよな」


 今まで、エリーナのことを散々馬鹿にしてきたクラスメイトが、今度は僕のことを蔑んでくる。しかも、悪いのはシンディーなのに、僕が悪いと罵ってくる……。


「お前は何も知らない癖に、適当なことばかり言うな! 約束って言ったって、我儘を全部聞くわけがないだろうが!!」


 僕は、我慢の限界でクラス中に響くような大きな声を出してしまう。


「まあ、アンドリューったら。私が悪いって言うのね……。いつもそうやって大きな声を出して私を威圧してきて……自分の思い通りにしようとするのだから……」


 シンディーは、クラスメイトの前で涙を流しながら体を震わせて被害者ぶっている。僕は、そんな彼女を目の当たりにして愕然とした。


 彼女はいったい何を言っているのだ? 僕がシンディーを、自分の思い通りにする? 違うだろ! 周りのみんなを使って、僕を思い通りにしようとしているのはシンディーじゃないか!


 そう大声で叫びたいが、拳を握りしめて口を閉ざす。この状態で僕が何を言おうが、非難の目は自分に向く。


 僕はその場から逃げ出した。こんなに悔しくて怒りが爆発しそうになったのは初めてだった。教室に戻ることもできずに、学園から抜け出し王都の街を当てもなく馬車を走らせる。御者に「さぼれそうな場所に行ってくれ」と指示を出して辿り着いたのは、広大な広さを誇る王都の端にある王立庭園だった。


 庭園についた僕は、馬車から降りて一人になれる場所を探してフラフラと歩いた。丁度よさそうなベンチを見つけて座り込み頭を抱える。教室でクラスメイトに言われた言葉、自分への蔑むようなたくさんの視線を思い出して沸々とシンディーに対する怒りが湧き上がる。


 あの女は一体何なんだ? 婚約者の僕を、みんなの前で故意に非難しあたかも自分が被害者のように訴えかけるなんて……。あんな女と、これから僕は一生一緒に生きていかなくてはいけないのだと思ったら、悔しくて握った拳が震えている。


 そして僕は、ここでようやく気付く。家柄のたいしたことのない僕なんかと、有名な家柄の令嬢が婚約するなんて、訳あり以外に理由がないのだと。きっとあの性格で、他の家から断られたのだろう。


 大きく息を吸って、大きく息を吐く。目の前に広がる、緑の芝生に視線を向けて自分を落ち着かせる。思考を放棄して、目に映る緑をただ長いこと眺めていた。どれくらいそうしていたのかわからないが、気が付いたら青かった空が段々としらみ夜の空気に変化していた。


 心も体も怒りだけが支配していたけれど、時間が経ち我に返ると徐々に不安が胸に押し寄せる。


(僕は、とんでもない間違いを犯したのではないだろうか……)


 胸に抱いた一つの疑念が自分の身を侵食し始める。どうすればいいのだろうか……。こんな時は、いつもどうしていたのだろう。動かない頭を必死に回転させる。そして、座っていたベンチから立ち上がり馬車へと走り出す――――。


 御者に頼んで連れて来てもらったのは、アイリスの屋敷だった。エリーナのことで鬱憤や愚痴が溜まると、いつもアイリスのところに来て話を聞いてもらっていた。そして、最後にはちょっとした小言を聞いて帰っていたのを思い出す。


 僕の話を聞いて、心をスッキリさせてくれたのはいつもアイリスだった。エリーナと喧嘩をしても、いつもアイリスが仲を取り持ってくれていた。今度だって、いい解決策をきっと教えてくれるはず。


 僕は、いつものようにアイリスの屋敷の呼び鈴を鳴らし、勝手に中に入っていく。通常は執事がすぐに出て来てくれて、なんのかんの言いながらアイリスの部屋に通してくれていた。


「ミラー子爵令息様、止まって下さい。勝手に屋敷に入って来てもらっては困ります!」


 執事から、僕に冷ややかな声が飛んでくる。こんな風に、僕を邪険にするような冷たい言い方はしない人なのにと違和感を感じた。


「ああ、悪い。アイリスは部屋だよね? ちょっと失礼するよ」


 僕は執事の態度を見て見ぬふりして、わざと明るく言った。


「ミラー子爵令息、困ります! お嬢様に会いたいのなら、きちんと手順を踏んで下さい!」


 執事から腕を取られて、今まで向けられたことがない憤怒の形相で僕を見た。


「何で……」


 いつもと違う態度に、僕の頭は混乱する。コールダー伯爵家の人たちは、いつも僕に良くしてくれていたじゃないか……。


「あらっ。アンドリューなの? 騒がしいから何かと思って降りてきたのだけど……」


 声のする方を見ると、アイリスが階段から降りてきているところだった。僕は、アイリスの顔を見てホッとする。


「良かった、アイリス。いつもみたいに、ちょっと聞いて欲しいことがあって」


 僕は、笑顔でアイリスに話しかけた。それを聞いたアイリスは、眉を寄せて顔を曇らせる。


「アンドリュー、貴方もわかっていると思っていたのだけど……。もう、こういうのは困るのよ。でも、まあ、私も言いたいことがあったから丁度いいわね。アンドリューを応接室に通してくれる?」


 アイリスは、執事に視線を向けて指示を出す。アイリスの態度まで、普段とは異なっている気がして、僕の胸に言いようのない不安がじわじわと広がっていく。執事の案内の元、僕は応接室に案内された。僕の中では、いつもと同じようにアイリスの部屋でお茶を飲みながら話をする想像をしていたはずなのに……。


(なぜ、こんなにも嫌な予感しかしないんだ……)


 アイリスと応接室で向かい合って座った。


「お茶はいいわ。そんなに長居されても困るから」


 アイリスは執事に、僕に聞こえるように言った。要件が住んだら、さっさと帰れと言われている気がする。


「それで何なの?」


 アイリスは、迷惑そうな顔で僕に尋ねる。僕は、今日あったことを必死で説明した。


「だから、なんなの?」


 僕の説明を聞いたアイリスの第一声だった。僕は、彼女の言葉に傷つき目を見開く。どんな時でも、僕の話を熱心に聞いてくれていたのに……。一体、彼女に何があったのだと言うのか。


「……だから、その……。シンディーは、酷いと思わないか?」


 僕は、声を振り絞って答える。そして、いつもの「しょうがないわね」と微笑みながらアドバイスをくれるアイリスの言葉を待った。


「全く、思わないわ。ねえ、アンドリュー。良く考えて欲しいの。キャンベル伯爵令嬢がしていることって、貴方がエリーナにしていたことと一緒じゃない。自分がどれだけ罪深いことをしていたか、やっとわかって良かったわね」


 アイリスは、冷めた顔で迫力のある声で話す。僕は、彼女の言った言葉を理解すると額から嫌な汗が流れてくるのを感じた。


「いや……僕は、エリーナに……」


 自分がエリーナにしていたことが、頭の中で蘇る。彼女が悪いように聞こえる言葉で、エリーナのご両親に告げ口をしたこと。自分も一緒になって、エリーナに「地味で冴えない婚約者は恥ずかしい」と言い捨てたこと。上げだしたらキリがない事柄が頭の中を駆け巡る。


「ねえ、学園に入る前はエリーナとアンドリューはとても仲が良かったわ。とても素敵な関係だったじゃない。本当に、エリーナが地味で冴えない令嬢だと思っていたの? あんなに優しくて心が温かくて、貴方のことを想ってくれていた子に自分が何をしたかわかっているの? どうして、馬鹿なクラスメイト達に流されてしまったの?」


 アイリスの、激昂した言葉たちが僕の胸に突き刺さる。


「そんなこと言ったって。僕だって揶揄われて辛かったんだ……。仕方ないじゃないか……」


 僕は、項垂れながらポツリと呟く。


「じゃあ、貴方が選んだ婚約者なんだから、仕方ないんじゃない? そろそろ、もう、いいかしら?」


 アイリスの冷たい表情から、棘のある言葉が次々に紡がれていく。


「でも、僕はどうしたらいいかわからないんだ……。いつもこんな時は、アイリスがアドバイスしてくれたじゃないか?」


 僕は、縋りつきたいのを我慢してやっと言葉にする。


「もう、状況が変わったの。エリーナと私、それとアンドリューの三人が幼馴染だったから成り立っていたの。私と何の縁もないキャンベル伯爵令嬢の婚約者になったのだもの、こんな風に屋敷に来られても困るの。わかる?」


 アイリスの言葉は、全てが正論だった。ちょっと考えればわかることだ。僕は、何を勘違いしていたのだろう……。恵まれていた環境を手放してしまったのは、全て僕からだった。


「それと、私も隣国の方と婚約を結んだの。だから、こんな風に男性と二人で話をすることももう無理なの。アンドリューとは、今までのようにはもう付き合えないから。これで、さよならよ」


 彼女が、ソファーから立ち上がって僕に背を向けた。


「アイリス!」

「では、元気でね。ミラー子爵令息」


 最後に軽蔑の眼差しを僕に向けて、応接室を出て行った。アイリスは、もう振り返ってもくれなかった。


 僕は、彼女の後を追い駆けたくてソファーから立ち上がる。だけど、その場に縫い付けられたように一歩を踏み出すことができない。追いかけて、口にする言葉が思いつかないのだ。いつまでも僕は、ただその場に立ち尽くしていた――――。


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