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020 ある一冊の本の一幕

本日、二度目の投稿です。

 王太子殿下の応接室から退室した私たちは、入室する時とは違い少しだけ疲弊していた。ただ挨拶をするだけだと言われて来た王宮だったけれど、まさかこんなに色々な話を聞くことになると思っていなかったので精神的な負担が大きい。


 もちろん聞かせてもらって良かったけれど、心の準備も何もなかったものだから……。ちょっとだけエリオット様を問い詰めたいという気持ちが湧いてくる。そんなことを思っていたからか、エリオット様の口から気まずそうに言葉が零れる。


「エリーナ、ちょっと怒っている?」

「怒っていると言うか……。大事な話があるってことくらい、前もって教えて欲しかったです」


 自分ではそんなに怒っているつもりではなかったのだけど、ちょっとムッとした顔をしてしまった。


「ごめんよ。ジェラルド様に会うってだけでかなり緊張していたみたいだから……。その上、あんなに重い話があるって言いづらかったんだ」


 エリオット様は、心底悪かったとばかりに顔を曇らせている。そんな表情をさせてしまっては、私もこれ以上は問い詰められなかった。それに、エリオット様の言う通りだ。


「そうでした。緊張して固まっていたんでした……。だけど、話を聞いていたらそれどころじゃなくなっちゃいました」


 私は少しおどけて見せる。応接室に入る前は、あんなに緊張していたのに……。王太子殿下と話していたら、緊張よりも他の感情が勝って今は程よい精神的な疲労感が漂っている。


 振り返ってみると、初対面の王太子殿下の前で泣き、エリオット様と二人の世界になって呆れられ、なんて非常識な行動だったのだと焦りが湧く。


「あのっ、今更なのですが……。私、王太子殿下の前で酷い醜態でした……。大丈夫でしょうか?」

「それは僕も一緒だから……。むしろ、明日からきっと揶揄われるかも」


 エリオット様が、気まずそうな顔で苦笑いを浮かべる。王太子殿下から揶揄われると聞いて、私は顔が青ざめる。


「ごめんなさい。私、どうしよう……」


 もしかしたら、アンドリューの時と同じことが起こってしまうかもしれない……。王太子殿下から揶揄われ、エリオット様に嫌な思いをさせてしまったら嫌われてしまうかもしれないという恐怖が体を駆け巡る。


「エリーナ、違うよ。大丈夫だよ。僕の言い方が悪かった。揶揄うと言っても悪意のあるものじゃない。ただの言葉遊びだから」

「本当ですか? エリオット様が嫌な思いをしたらどうしよう……」

「嫌な思いなんてしないよ。ちょっと恥ずかしいだけだ。でも、それさえもエリーナとのことだから嬉しいと思うよ」


 エリオット様は、ちょっと周囲を見回して誰もいないことを確認した。そして、私の額に自分のおでこをコツンとくっつける。


「ルクス・レパルティア・セルラ」


 今日は、全ての言葉を聞き取れた。どんな意味があるのかわからないけれど、これが魔法の言葉なのだと今ならわかる。黄色い光がフワッと現れ、目元に温かい風が優しく当たる。光と共に風が消えて無くなると、エリオット様の顔がすぐそばにあることに恥ずかしさを覚えた。


 ドキドキする気持ちを抑え込んでエリオット様と目を合わせると、さっきまで赤みの差していた目元が元通りになっていた。目元の腫れぼったさの消失と共に、さっき感じた「嫌われてしまう」という恐怖までも不思議となくなっている。エリオット様の優しい言葉に、私のトラウマが包み込まれたみたいだ。


 エリオット様の顔が離れていくのをちょっとだけ残念に思いながら、感謝の言葉を口にする。


「いつも、ありがとうございます。これが魔法なんですね」


 私は、周りに聞こえない程度の小さな声で言った。


「ああ。これくらいならもし見られても、ただ見つめ合っていただけって言えばいいからね」


 そう言って、エリオット様が私の手をギュッと握って歩きだす。


「エリーナ、あと一か所、どうしても君を連れて行きたいところがあるんだ。いいかな?」


 エリオット様は、なんだか今日の中で一番楽しそうな顔をしている。そんな顔をされたら、断ることなんてできない。むしろ、どこに連れてってくれるのかワクワクしてくる。


「もちろんです」


 私は、元気一杯返事をする。さっきまで、重い話に疲れていたはずなのに不思議と心が軽くなっていた。


(もしかしたら、これもさっきの魔法の効力なのかしら?)


 エリオット様が連れて来てくれたのは、王宮の夜会が開かれる大きな会場だった。入り口の警備をしていた騎士には話が通っていたようで「中には誰もいませんので、ごゆっくりどうぞ」と声をかけてもらった。


 中に入ると、本当に誰の姿も見えず広くて煌びやかなホールはガランとしていた。天井を見ると、豪華なシャンデリアがキラキラと輝いていて綺麗だ。エリオット様は、無言のまま私をホールの中央まで連れて来てくれた。


「広いホールだと思ってはいましたが、人がいないとさらに広く感じますね」


 私は、ホールの広さに圧倒されていた。王宮の夜会に来た時は、人の多さに驚いていたけれど、私が思うよりもずっとたくさんの人たちがここで社交活動をしているのだと、改めてスケールの大きさを感じた。


「そうだね。王宮の夜会は、国中の貴族たちがこぞって参加するからね。圧倒的な広さを誇る場所なんだ」


 エリオット様は、ニコリと微笑んで右の手のひらを出して上に向けた。


「アストラル・ノア」


 彼が魔法の呪文を唱えると、明るかったホールは暗闇へと変わり天井にキラキラと輝く星空が現れる。その星空に光り輝くシャンデリアが下がっていて、とても幻想的な空間へと姿を変えた。


「うわぁー綺麗」


 震えるような感動が口から零れる。


「良かった。喜んでもらえて」


 エリオット様が私の隣でホッとしたように呟くと、顔を見上げて一緒に星空を眺めた。


「でも、どうして?」


 私は、この綺麗な空間をひとしきり楽しんだ後に疑問を口にした。


「エリーナ、私と一曲踊っていただけますか?」

「えっ?」


 私の疑問に答えることなく、突然のダンスのお誘いにびっくりして、何て返事をしたら良いのかすぐには言葉が出てこなかった。


(え? ダンスを踊るの? いきなりここで?)


 突然の申し出に意味がわからなくて頭の中は疑問符だらけだ。


「今度、私たちの夜会でダンスを踊るだろ? その練習で一度、エリーナと踊って見たかったんだ」


 そう言って、エリオット様は腰をかがめて私に手を差し出す。私は、まだ何が何やらよく意味を理解していなかったけれど、恐る恐る彼の手に自分の手を重ねた。私の手をゆっくりと握ったエリオット様は、パチンッと空いている方の手で指を鳴らす。


 すると、どこからともなく煌びやかなダンスの曲が響き渡る。音楽と共に、エリオット様は私の体をホールドして足を動かし始めた。


「あのっ。私、実はあまりダンスは上手くなくて」


 エリオット様の足を踏んでしまわないか、ついつい足元ばかり見てしまう。


「エリーナ、大丈夫だから、僕の目を見て」


 彼にそう言われて視線を上げた。エリオット様の、魅力的な薄紫の瞳に見つめられながら彼のリードに身を任せる。流れる曲は、ゆっくりと優雅に踊る旋律だ。星明りと、シャンデリアの煌めきの中踊るダンスは、夢の中にいるような錯覚を起こす。現実世界で起こっていると思えない幻想的な一幕は、まるで物語の出来事のよう。そんな風に考えていたら、ある一冊の本の一幕を思い出す。


 そう、あの「地味令嬢の幸せ婚」のダンスシーンだ。


「エリオット様、これってもしかして……。小説の中の一幕ですか?」


 私は、ダンスを踊りながらエリオット様に話しかける。


「ふふっ。よくわかったね。僕も、このシーンが一番心に残ったんだ」


 エリオット様は、いたずらっ子が仕掛けたいたずらが成功したように嬉しそうに笑う。私は、あの本をエリオット様が読んだことも衝撃だけど、一番気に入ったシーンをなぜ彼が知っているのかも疑問だった。もちろんこんなロマンチックな演出をしてくれたことは、とても嬉しい。だけど、なんだか恥ずかしさも一緒にこみ上げる。


「もう、あの小説をエリオット様も読むだなんて……。恥ずかしいです」


 ダンスをやめて、赤くなった顔を隠したいくらいだったけれど、折角の演出を台無しにしてしまいたくなくて必死に足を動かす。エリオット様のリードは、今までで一番安心できてそして踊りやすい。こんなに自分の足が動くだなんて初めてのことだった。


「エリーナは、こういうのが好きなのかって思ったら読んでみたくなって。喜んでもらえただろうか?」


 エリオット様が、ちょっとだけ心配そうに眉を寄せた。恥ずかしさで耳まで赤くなったような気がする。だけど、彼の私の為の行動を思えばじわじわと喜びが押し寄せる。また泣いてしまいそうだけど、今日は涙をたくさん流した後なので笑顔を向けることにした。


「エリオット様、私、本当に嬉しいです。こんな素敵な空間でダンスだなんて夢みたい」


 そう言い終わる頃に、丁度ダンスの曲が終わりを告げた。二人の優雅な動きがゆっくりと止まり、エリオット様のホールドがほどける。最後に手を離そうとすると、逆にギュッと掴まれてそのまま体ごと引き寄せられた。


「エリーナ、僕の運命の人」


 エリオット様が、小さなつぶやきを零した。そのつぶやきは、口を動かすのみで私まで届くことはなかった。


 抱きしめられて見つめ合った瞬間、エリオット様の顔がゆっくりと近づいてきたので私は目を閉じた。私の唇に柔らかい感触を感じて、今まで感じたことのない幸福感に包まれる。


(私はこの人を誰よりも幸せにしたい)


明日で最終話となります。

最後までお付合いのほどよろしくお願いします。

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