019 「良い魔法使い」と「悪い魔法使い」
本日も二回投稿します。
昔々、魔法使いたちは、人々に交じっていい関係を築きながら仲良く暮らしていた。魔法使いには色々な者たちがいた。魔法を使って薬を作る者、癒しの呪文で人々の傷や病を治す者、植物を操る魔法で自然の管理をしている者、そんな風に自分の得意分野を生かした仕事に就き、ただの人と一緒にこの地に根付いて生きていた。
ある時、絶大な力を持った魔法使いが二人生まれる。一人は、真っ黒な髪で年齢よりも上に見られるような強面の顔の男の子。もう一人は、さらさらの銀髪を持ち非常に綺麗な顔立ちの男の子だった。
真っ黒な髪の男の子は正義感に溢れ、誰かの役に立つことに積極的に魔法を使った。銀髪の男の子は、魔法を使うことが大好きでどんなことよりも新しい魔法を生み出す研究に夢中になっていた。
一見この二人は馬が合わないように見えるが、同じ年で同じように魔法の力が強い二人は、お互いのことが良くわかる、かけがえのない友人として支え合いながら過ごしていた。
彼らは大人になり、二人の影響力というものは国の中でも群を抜き誰もが知っている存在になった。しかし、時が経つにつれて段々と二人の行く道が交わらなくなってくる。
黒髪の魔法使いは、幼い頃の想いをそのままに自分の力は人の為、ひいては国の為に積極的に使った。そんな彼を、人は「良い魔法使い」と呼んだ。
銀髪の魔法使いは、魔法の研究にとどまらず、自分が新しく作った魔法がこの世にどのような効果をもたらすのか試すようになっていく。それがたとえ、この世に良くない魔法だとしても……。彼は、好奇心のまま突き進み、それが人々にとって悪だったとしてもやめることはなかった。
やがて彼を人々は、「悪い魔法使い」と呼ぶようになる。綺麗で美しい顔は、無機質な物体と同じで人の心を持たない証だと叫ばれ恐れられるようになった。
それでも「悪い魔法使い」は、昔から仲の良い「良い魔法使い」の言うことだけは聞き、彼がストッパー役になって一線だけは超えないように生活していた。
「悪い魔法使い」が恐れられるようになってから数年後。この国に、とてつもない災害が起こり国民の半数以上に死傷者が出るといった大惨事が起こる。
何もない良く晴れた日だった。鳥が青空をまい、木々が風に揺れ外にいると気持ちのよい昼間に異変が起こる。青空だった空は、灰色の厚い雲に覆われ、気持ちの良いそよ風が強風に変わり立っているだけでよろけてしまうほど。
そしてついに、大粒の雫が地面にボタッと一つ落ちた。最初にそれに気づいた人は、余りの大粒にどこかにあった水分が地面に偶々落ちてきたのかと勘違いした。だが、少し時間をおいて同じ雨粒がボタッ、ボタッと複数地面に降り注ぐ。そうなると、バケツをひっくり返したような雨に変わるのはあっという間だった。
何の予兆もなく、突然の嵐に見舞われた国。外にいた人々は走って家に逃げ込み、室内にいた者は雨戸を急いで閉じた。家族で身を寄せあって、この突然の嵐を過ぎるのを待った。
しかし、事態はそれだけにとどまらない。
小さなつむじ風が、何もない野原で発生し、それがやがて人々の力ではどうすることもできない大きさの竜巻へと姿を変えた。その竜巻が通った後は、大きな木でも根っこからはぎ取られ渦の中に巻き込まれていく。その力は、どんどん大きくなっていきそのまま国の市街地まで到達してしまう。
そのまま、竜巻は人々が住む家を巻き込み進んでいく。人々は逃げまどい、何もわからないまま竜巻に巻き込まれた住民は、神に祈りを捧げる暇もなく命を落としていった。
その光景を、国が見渡せる王宮の一番高い塔の上から見ている一人の男性がいた。
「悪い魔法使い」だった。彼の表情は無に等しく、自分の魔法がどういう影響をこの国に及ぼすのか、興味深く観察していた。
「おいっ! ギル! お前は何をやっているか自分がわかっているのか!」
息を切らせて塔の上まで登ってきた「良い魔法使い」は、開口一番怒鳴りつけた。
「ああ、ウォルトか。見ろ、竜巻をどこまで大きくできるかの実験だ。この規模まで成長するともう新しい名前の方がいいだろうな。ハリケーンとでも名付けるか?」
「悪い魔法使い」は、悪びれることもなく淡々と言葉を口にした。むしろどこか楽しんでいるように見える。
「ギル、俺はお前のことが好きだ。どこまでも魔法が好きなお前は、ただ純粋だった。だがな、お前のその狂気がどれだけの人を傷つけているかわかるか? 見ろよ、この瞬間もどんどん命が失われている」
「良い魔法使い」の目からは、怒りと悲しみの涙がとめどなく溢れていた。それを聞いた「悪い魔法使い」は、さめるような綺麗な顔で微笑を零す。
「わかっている。だけど僕は、自分を止められないんだ。この光景を見ても、この次はどんな魔法を考えようかとワクワクしかしない。ウォルト、止められるのは君だけだ」
二人の魔法使いは、高い塔の上で向き合った。お互いビショビショで立っていられない程の風と雨が顔に打ち付けていた。
涙でぐちゃぐちゃな顔の「良い魔法使い」は、木の棒をマントのポケットから出し呪文を唱える。
「オブリウム・クラウス」
棒の先端から、真っ白で輝く光が「悪い魔法使い」に向かって放たれる。その光が彼に触れる刹那「ウォルト、いままでありがとう。ごめん」と小さな言葉が紡がれた。その言葉が、「良い魔法使い」に届いたかどうかはわからない。
「悪い魔法使い」が膝を折り倒れる瞬間、彼に駆け寄り抱きしめた「良い魔法使い」。
「うわぁぁぁぁぁぁー」と慟哭のような叫びと雨と涙がまじりあう。
空には一筋の光が差し、さっきまで破壊を繰り返していたハリケーンがピタリと止まる。大きな大きな渦が、パッとはじけ飛んで霧散した。
それから「悪い魔法使い」の話を聞くことはなくなった。ただ、その国には綺麗過ぎる顔は、無機質で人間の心を持たない者だという言い伝えだけが残る。
整いすぎる顔や綺麗過ぎる顔をもつ者は、「恐ろしい」「冷たい」「人間ではない」と恐れられた――――。
王太子殿下の話が終わると、私の瞳から涙が零れていた。とても、とても悲しい物語だった。手で涙を拭っていると、私の隣に座っていたエリオット様が自分のハンカチを出して優しく拭ってくれた。
「こすると赤くなる」
小さくて力のない声に、私は顔を上げてエリオット様の顔を見上げた。彼は、困ったような申し訳ないような表情を浮かべている。
「エリーナ嬢、この物語を聞いて何を思った?」
向かいに座る王太子は、手に持っていた本をテーブルの上に置いた。足を組み、膝に手を置き私が何て答えるのか興味深そうに待っている。
私が感じたのは、悲しみだった。何に対しての悲しみなのか、しばし自分の中で考える。
「これは物語ですが、本当の話ですよね? そして「良い魔法使い」と「悪い魔法使い」も実在の人物です」
私は、黒い髪を持つ強そうな顔の王太子殿下の瞳と真正面から向き合う。
(ああ、だから、美しくて綺麗な顔は怖くて恐ろしいと言われているのか……)
物心ついてから今まで、ずっと納得のいかななった答えを今日知ることができた。だけど、私の気持ちは変わらない。エリオット様のお顔は怖くなんてないし、彼が誰よりも誠実で優しい人だということは知っている。
「その通りだ。『良い魔法使い』を祖先に持つのが私だ。そして『悪い魔法使い』の血を受け継いでいるのがエリオットだ。それでもエリーナ嬢は、エリオットが怖くないかね? このまま結婚できるかい?」
王太子殿下は、私と目を逸らさずに威厳を持って質問をした。私は、答えを間違えてはいけないと姿勢を正す。
「はい。エリオット様のことを怖いとは思いません。『悪い魔法使い』の血筋だとしても、彼はエリオット様ではないのですから。私は、エリオット様が誰よりも誠実で優しい人だということを知っています。だから、どうか私と結婚することをお許し下さい」
私は、ソファーに座ったまま深く頭を下げた。
「頭を上げてくれ。君の気持ちはよくわかった。ほんの少しも躊躇わなかったエリーナ嬢に、エリオットを任せるよ。幸せにしてやって欲しい」
さっきとは比べ物にならない温かな声が、頭上から聞こえた。ゆっくりと頭を上げると、にこやかに微笑む王太子殿下の顔が目に入り私もつられて笑顔を零す。
「エリオット、泣くなよ。素敵な婚約者で良かったな」
王太子殿下は、私の隣にいるエリオット様を見て笑った。私も視線をエリオット様の方に移動させると、体を震わせて声も出さずに目を真っ赤にして泣いていた。今度は、エリオット様が自分の手で涙を拭っている。
「うるさい、泣いてない」
泣いたところを見られて恥ずかしいのか、エリオット様は王太子殿下から顔を背けてしまう。子どもみたいなやりとりに、私はクスっと笑った。今度は、私がポケットから自分のハンカチを取り出してエリオット様の涙を拭ってあげた。
「エリオット様もこすったらダメですよ」
「ごめん。エリーナには情けないところばかり見せて……」
エリオット様が、涙を拭う私の手を握りしめて赤い目を私にむけた。こんな可愛らしい一面もあるのかと、胸がギュッと締め付けられる。
「ふふ。私も同じですから大丈夫ですよ」
私は、エリオット様に笑顔を向けた。
「はいはい。二人だけの世界に入らないでね。まだ、大切な話は終わってないからね」
王太子殿下の、ちょっとあきれた声が向かいから聞こえる。私は、まだ話の続きがあるのかと身構える。これ以上の大切な話ってなんなのだろうか……。
「実は、私もエリオットもちょっとした魔法が使える。昔と違って、もう魔法が使えるのは王族の一部とボールドウィン侯爵家の直系だけとなっている。これは、アルテラ国の極秘事項だ。そして大切な話というのは、百年に一度ほど先祖返りする子どもが生まれる。要するに『良い魔法使い』と『悪い魔法使い』の血を色濃く受け継いだ魔力が多い子どもだ」
王太子殿下は、魔法の講義でもするかのように淡々と言葉を紡ぐ。私は話を聞きながら子ども? と思いがけない単語にちょっと驚く。
「子どもですか?」
私は、自分の疑問を声に出していた。
「そうだ、子どもだ。君たち二人が結婚したら、子どもが生まれるだろう?」
王太子殿下にそう言われて、頬が赤くなる。結婚したら子どもが生まれるのはごく自然なことだ。けれど、まだそんなことまで考えたことがなかった私は、想像するだけでドキドキしてしまう。エリオット様のお子様なら、女の子でも男の子でもさぞ可愛いだろうと思った。
「全く……君たちは……。幸せな想像をしているところ悪いけど、いいかい? その先祖返りした子どもが生まれる可能性がゼロではないんだ。その子が『悪い魔法使い』と同じような思考の持ち主だった場合、残念ながら魔法とそれに関する記憶は封印させてもらうことになる」
真剣な表情の王太子殿下を前にして、私は信じられない気持ちだった。私から、この国に危機を及ぼすような者が生まれる可能性があるだなんて……。
「あの……それは……。命に係わることなんですか?」
私は、現実味がない話に唯々驚くばかり。
「いや、魔法と記憶を封印するだけだから死ぬことはない。ただ恐らく人格は変わってしまう。『悪い魔法使い』も魔法と記憶を封印されてからは、実に害のない普通の人になってしまったようだ。だから、国の代表となった『良い魔法使い』の身近に置いて、生涯を自分が壊してしまった国の為に尽くさせたと言う訳さ」
スケールの大きい話に、私は何て答えていいのかわからない。だけど、国を壊してしまうほどの危険な子を、そのままにする訳にいかないことはわかる。
「エリオット様は、それは了承済みなんですか?」
「ああ。残念だけれど、仕方がないと思っている。好奇心だけで罪を犯させるわけにはいかないからね……」
エリオット様は、まだ見ぬ自分の子どもに思いを馳せているのか複雑な顔だ。
「あのっ、あくまでも自分の欲求に我慢できずに人を傷つけるようなことをしたらですよね? 先祖返りの子どもでも、エリオット様のように誠実で優しい子なら問題ないんですよね?」
私は、どうしてもそれだけは聞いておきたかった。
「ああ、そうだ」
王太子殿下が頷いてくれた。
「わかりました。もし万が一、先祖返りの子が生まれたら人を傷つけてはいけないということをしっかと教えます。エリオット様と二人でどんなに頑張っても駄目だったら、魔法と記憶を封印して下さい」
私は、良く考えて王太子殿下に返事をした。
「わかった。それでいい」
「王太子殿下、ありがとうございます。でもきっと大丈夫です」
私は、エリオット様と視線を合わせて微笑んだ。エリオット様は、ちょっと驚いてそれから私をぎゅっと引き寄せて抱きしめてくれた。
「君と出会えて本当に良かった」
耳元で囁かれた言葉がくすぐったかった。




