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018 王宮への招待

 外装も内装も真っ白で、上品な薄紫の装飾がアクセントになっている、見るからに高貴な人が乗っていそうな馬車が、王都の外れをガタゴトと進む。その馬車には、今まで着たことがない豪華なドレスに身を包み、ガチガチに固まった私が乗っていた。


「エリーナ、大丈夫かい? 今からそんなに緊張していたら体がもたないよ?」


 隣に座るエリオット様が、心配そうに緊張から冷たくなった私の手を優しく握ってくれた。


「すっ、すみません。大丈夫だと思っていたのですが……。実際にこんなに豪華なドレスに身を包んで、侯爵家の馬車に乗ったら、私には不相応過ぎて……怖くなっちゃって……」


 実は私たちは今、王城に向かっている。普段、エリオット様が仕えている王太子殿下に招待されたからだ。王太子殿下から手紙を受け取った時の驚きもさることながら、その内容が恐れ多くて卒倒しかけた。


 王太子殿下の手紙には、私の大切な側近にやっと婚約者ができて嬉しいということが書かれ、一度顔を見てみたいということだった。すぐにエリオット様に確認をしたら、彼も知らされていなかったようで驚いていた。そうして、エリオット様と二人で王太子殿下にお会いすることになり、今向かっているところなのだ。


「そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。ジェラルド様が、非公式の極プライベートな顔合わせだって言ってから」


 エリオット様が、王太子殿下のことを親しみを込めて名前で呼んだ。普段から親しい間柄だということが良くわかる。私が住んでいるアルテラ国の王太子殿下は、今年三十歳になられる将来が期待されている方だ。既にご結婚もされていて、お子様も王子が二人いらっしゃり、自分の地位を盤石にされている。


 そんな方からご招待を受けるなんて、地味で冴えない令嬢であるはずの私にとってみたら生涯接することがない人だ。エリオット様と出会ってから、私の世界がスピード感を伴ってどんどん変わっていく。その変化が速すぎて追い付いていかないのが現状だった。


「そう言っていただけるのは嬉しいのですが……。やはり、王太子殿下にご招待されたプレッシャーがとてつもなくて……。私、何か失敗してしまったらごめんなさい」


 侯爵家に嫁ぐことが決まってから、エリオット様のお母様とも相談して色々なことを学び直そうということになっている。その中に、淑女のマナーもあるのだけれど……この前一回目の授業を受けて撃沈したばかりなのだ。基本中の基本、お辞儀からなってないと家庭教師の先生からご指摘いただいて、今は毎日姿勢を正すという基本に立ち返っている。


「いつも通りのエリーナでいてくれれば、僕は十分だよ。万が一、ジェラルド様が何か言うようならすぐに帰ってくればいいからね」


 エリオット様は、心配しないでと私を引き寄せて腕を優しく撫でてくれた。エリオット様のぬくもりに触れて、私も少しだけ落ち着いてくる。とても高貴な方にお会いするから緊張するのは当たり前だ。私は私らしく、失礼にならないように頑張るのみと心の中で気合を入れた。





 適度な緊張感を体に纏い、王宮の執事に案内された応接室で王太子殿下を待っていた。王太子殿下がプライベートで使う応接室らしく、私が入ったどの部屋よりも上品で豪華な部屋だった。隣に座るエリオット様がいつも通りなので、私もそれにひっぱられるように平常心を心がけた。


 コンコンとノックの音が響き、執事が顔を覗かせると「王太子殿下が参られました」と知らせてくれた。その後ろから、白いスーツに身を包んだ王太子殿下が現れる。


「待たせてしまって申し訳ないね。急な仕事が入ってしまって」


 王太子殿下は、笑顔で声も明るく歓迎してくれる雰囲気を醸している。こんなに近くでお会いするのは勿論初めてなのだけれど、かなりの迫力がある。王家の方々は、とても強そうなお顔をしている。髪は真っ黒で、他の色が入り込む余地がない。瞳は黄金の輝きを持ち、迫力のある一声を出そうものなら震えあがってしまうようなそんな容貌だ。


 エリオット様が美し過ぎて怖いと言われていて、王家の方は国を代表するに値する威厳のある顔と持てはやされている。私は、その違和感をずっと持ち続けていた。


 私は、ソファーから立ち上がって今できる精一杯のカーテシーをする。


「お初にお目にかかります。ガルシア子爵家次女、エリーナでございます」

「よく来たね。顔を上げて座ってくれ。エリオットもそんな心配そうな顔しなくていいだろ」


 王太子殿下は、スタスタと部屋の中に入ってきて私たちの前にストンと座った。私は言われた通り顔を上げて、エリオット様の顔をチラッと見ると頷いてくれたので一緒にソフォーに腰を下ろした。


「いやーこうやって二人を見るまでは信じられなかったけど、お似合いの二人じゃないか。エリオット、改めて良かったな」


 王太子殿下が、強面のお顔で爽やかな笑顔を零すので迫力も半減する。


「ジェラルド様に婚約者を紹介できる日が来て、私も嬉しいです」


 エリオット様も、とても嬉しそうだ。そんな彼を横目に、恥ずかしくない令嬢でいたいと一層気合が入り背筋が伸びる。二人が話をしていると、執事がお茶を淹れてくれた。室内に、心地よい甘い匂いが香る。


「エリーナ嬢が緊張していると聞いたから、リラックス効果のあるハーブティーにしてみたぞ。折角だから飲んでくれ」


「ありがとうございます。頂きます」


 王太子殿下がお勧めして下さったので、甘い匂いに誘われてお茶を一口口にする。甘い香りを纏ったお茶は、すっきりした風味で王太子殿下が言うようになんだか心が落ち着く気がする。


「とても飲みやすく美味しいです」


 私は、マナーブックに書かれていたような上品な微笑みを王太子殿下に向けた。


「気に入ってくれたようで良かった。して、エリーナ嬢は、エリオットの顔が好きと言ってのけたらしいな。その理由も、花が綺麗なのと同じだってそう言ったんだって?」


 王太子殿下の言葉に、私は飲んでいたハーブティーを吹きそうになる。寸でのところで我慢したけれど……。でも、残念ながらちょっとむせた。


「ジェラルド様……今、それを言う必要あります?」


 エリオット様が、咽て苦しそうにしている私の背中を優しく撫でてくれる。


「あっ、いや、悪い。そういうつもりではなかったのだが」


 はははと、王太子殿下は笑って誤魔化している。


「すみません、ちょっと驚いてしまっただけです。あのっ、王太子殿下が仰ったことは本当ですから……」


 私は、自分で言ったことながら王太子殿下にまで知られているなんてと赤面する。火照った顔を、扇子で隠すのが精一杯だった。


「そうか。エリーナ嬢は、素晴らしいな。みなが何の疑問にも思わない常識に対して、否定的な目を持つということは誰にでもできるものではない。本来ならば、ちょっと考えればわかるようなことでも、壁が分厚いとわからないものなんだ」


 先ほどの和やかな雰囲気から一転、王太子殿下の顔は真剣で声のトーンも少しだけ低い。


「あのっ、そんな大それたものでもなくて……。ただ、私のタイプが人と違うだけです……」


 私にとってみたら、ずっと封印していた考えをただ解放しただけなのだ。


「そうとも限らない。これから話すことは、許可された者にしか話すことができない話なんだ。だから、エリーナ嬢もどうか内密に頼むよ」


 王太子殿下は、人差し指を唇に当てて秘密だと強調する。隣にいた執事に何かを指示したと思ったら、奥の部屋に消えていった。


 王族からの秘密の話だと聞いて、私は背中に変な汗が流れる。そんな重大な話を聞きたくはないのだけれど……。


「エリーナ、顔色が悪いよ。聞きたくないのなら、聞かなくて大丈夫だから」


 エリオット様が、私の顔色を心配してそう言ってくれた。


「随分控えめな令嬢なんだな。王家の秘密が聞ける機会なんてそうそうないぞ? 普通なら目をギラギラさせるところじゃないのか?」


 王太子殿下は可笑しそうに私を見る。


「ジェラルド様……、エリーナは思慮深い繊細な子なんですよ」


 エリオット様が、恐れ多くもジェラルド様をキッと睨んでいる。私としては、別に繊細でも思慮深くもなく、ただ王家の秘密を知っていいことなんかないと思っているだけだ。私は、厄介ごとに巻き込まれたくない。やっと平和で幸せな毎日を送っているのに……。


 執事が、奥の部屋から一冊のとても年季の入った本を手に戻って来た。その本を王太子殿下に渡す。


「そうか? でも、エリオットに関することなんだが? 聞かなくていいか?」


 王太子殿下の言葉に、私は前言を撤回する。エリオット様のことならどんなことでも聞いておきたい。きっと、王太子殿下も知っておいた方がいいと思ったからわざわざ私をここに呼んだのだ。


「いえ、そういうことなら聞かせて頂きたいです!」


 私は、さっきとは違いハッキリと王太子殿下に返事をする。


「うむ。気弱な子なのかなと思ったが、良い目をしているじゃないか。では、話しをしよう。エリーナ嬢は、この本は知っているだろうか?」


 王太子殿下は、執事が持ってきてくれた本を私に見えやすいように表紙をこちらに向けて提示してくれた。かなり古い本に見受けられるが、表紙には木の棒を持った男の人が向かい合っている絵が描かれている。題名も書かれているのだが、私が知らない昔の文字で書かれていて読むことができない。


(どこかで見た気がする、どこだったっけ?)


 私は、その本を見ながら自分の中の記憶をたどる。


「あっ、王立図書館の入り口に飾られている本ではないですか?」


 頭の中に、ポンっと浮かんだのは王立図書館だった。初めて足を踏み入れた王立図書館で、一番初めに目に入ったのがこの本だった。入り口の壁にガラスケースが埋め込まれていて、この本が絵画のように飾られているのだ。図書館に入る者は、必ず目にする本だった。


「その通りだ。よく覚えていたね」

「はい。でも、題名までは読めなくて……内容も知りません」

「それはそのはずだ。この本は、一番上のランクの禁書に指定されていて王族とボールドウィン侯爵家の血筋の者しか見ることができないんだ」


 王太子殿下は、手に持った本を見ながら教えてくれた。それだったら、私が知らないのも頷ける。エリオット様の顔を見ると、知っているような顔をしていた。


「この本のタイトルは『良い魔法使いと悪い魔法使い』だ」


 王太子殿下が高々と読み上げた本のタイトルを聞いて、私は頭を傾げる。


(魔法使い? おとぎ話に出てくる?)


お読みいただきありがとうございます。

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