017 sideアンドリュー 新たな婚約
ある日の夜、いつものように夕食を食べ終わった僕を、執事が捕まえて父上の執務室に行くように言った。何かした覚えもなく、何の用だろう? と特に構えることなく僕は執務室に向かった。
ノックをして扉を開けた僕の顔を見た父は、真剣な顔をして「こっちにこい」と執務机の前にくるように目で合図をした。僕は、父上の言う通りに彼が座っている執務机の前まで進み出る。
「今日は、アンドリューに大切な話がある。お前の婚約のことだ」
僕は婚約の話だと言われた瞬間、そろそろ本格的に結婚に向けて準備を始める話なのかと思った。ついに、エリーナと結婚するのかと残念な気持ちを持ったのも事実だ。
「ガルシア子爵家のエリーナ嬢との婚約は解消となった。変わりに新しく、キャンベル伯爵家のシンディー嬢と婚約を結ぶ」
「えっ?」
父の言葉を聞いて、寝耳に水で心臓がドクドクと早鐘を打つ。
(そんなことがあり得るのか? 嘘だろ……)
「エリーナ嬢とは昔からの仲で残念だが、家としての得を考えたら、新しく婚約を結び直した方がいいと判断した。ガルシア子爵家とも話して、わかってもらえたので円満解消だ。婚約を解消したからといって、今後の縁が切れることはなく、お互い今まで通りよろしく頼むということで落ち着いた」
父親は、真面目な顔で淡々と決まったことを報告する。本当だったら、本人の了承も得ずに何て勝手なことをと怒るところだけれど……。僕は、じわじわと実感が湧きだして顔がにやけてしまう。
「父上、本当の話ですか? 突然過ぎて、驚いているのですが……。一体、どんな得を得られたのですか?」
いくら父上でも、相当何か有利な条件でなければ長年培ってきた付合いを、反故にはしないだろうと思ってぶつけた質問だった。
「驚くのも無理はない。お前に許可を取ることなく決めたからな。だが、シンディー嬢と最近仲良くしているという話も聞いた。それなら問題ないだろうと思ったんだ」
「確かにシンディー嬢と仲良くはしていますが、あくまでもクラスメイトの範疇は超えていませんよ?」
「ああ、わかっている。そこらへんもきちんと調べてある」
父親の言葉に、僕は一瞬ドキッとしてしまった。慎重で厳格な父なだけに、シンディー嬢と僕のことを調べていたのだ。きちんと節度を守っていたのは正解だったと胸を撫でおろす。
一緒にいることは多かったけれど、二人きりではなくグループで行動していた。婚約者がいる身で、婚約者以外の令嬢と仲良くしていたことは誇って言えることではないけれど、有責で婚約解消されるような何かをしていた訳ではなかった。
「キャンベル伯爵家は、展開している事業も大きく常に大きな利益を上げている。それに昔からある、伝統のある家柄だ。高位貴族との縁も多く、そんな家と縁を結べるのは願ったり叶ったりだ。持参金も破格の金額を提示してくれている」
「そうですか……。それは、ガルシア子爵家とは比べものになりませんね……」
キャンベル伯爵家が大きな家柄だということは知っていたけれど、自分には関係ないことだと思っていたので詳しい内容までは把握していなかった。
「では、お前も了承したということで大丈夫だな? もうすでに決まってしまったことだから、お前が嫌だといっても止められはしないが……。次期当主が決まっているお前には、この縁談が大切なことだということはわかるな?」
父上の厳格な声が執務室内に響き渡る。いつもよりも、有無を言わせぬ雰囲気を醸している。僕も将来の当主として育てられてきたのだから、父が言いたいことはわかっているつもりだ。
「わかっています。それに、シンディー嬢となら上手くやっていけるはずです」
僕は父の真剣なまなざしに、誠意のある言葉で答える。嘘偽りのない、本当の僕の気持ちだった。
「ならいい。その言葉を絶対に忘れるな。話は以上だ」
「はい。失礼します」
僕は、右手の拳を握りしめて喜びをかみしめる。
(やった! 地味で恥ずかしいエリーナとはさよならだ。これで、揶揄われることもなくなる!)
僕は、美人で家柄の良い令嬢と婚約できたことが嬉し過ぎて何も考えていなかった。伝統があり、財産も潤沢にあるような伯爵家の娘を、なぜ平凡な子爵家に嫁がせるのか? 少し考えたら、何か理由があるに違いないのに……。




