016 アイリスとの友情
太陽の日差しが目に眩しく、肌をジリジリと焦がすような季節になった。服装も長袖から半袖に変わり、そろそろ学園も長期休みに入る頃となる。私は、エリオット様との婚約発表を控えその準備に忙しくしていた。
準備は楽しかったのだけれど、気がかりなことが一つ残っていた。幼馴染のアイリスのことだ。彼女の屋敷に遊びに行って、アンドリューが乱入してきたあの日から一度も会うことなく一月経とうとしている。
一度手紙を送った後に何の返事もなく、学園にも来なくなってしまったので二度目の手紙を送った。すると、アイリスから手紙の返事が届いたのだが、今はそっとして置いて欲しいということだった。心の整理をつけるために、母の妹が嫁いだ隣国にいるのだとも書いてあった。
その手紙を読んで私は、待つしかないのだと悟る。アイリスが今、何を考えてどんな風に過ごしているのが気になってしかたがなかったが、彼女を信じて待つことに決めた。
そしてある日、いつものように学園に登校した私は、久しぶりにアイリスの姿を見つけた。彼女と目が合うと、昔から変わらない明るい笑顔を向けられて目の奥に熱を感じ、私も同じように笑顔を返した。
その日のアイリスは、長期で学園をお休みしていた関係か忙しくしていてゆっくり話をする機会もなく、そのまま放課後を迎えた。
「エリーナ! 待っていてくれたの?」
放課後、荷物を置いてどこかに行ってしまったアイリスを、私は教室で待っていた。誰もいなくなって、一人きりになってしまったけれど、ガランとした教室で今までアイリスと過ごした日々を思い出していた。そしたら、息を切らして教室に戻ってきたアイリスが、嬉しそうに私に駆け寄ってきた。
「もう、やっと会えた」
私は、思い出の中の元気で明るいアイリスが戻ってきたと嬉しくて抱き着いてしまう。
「ごめん。ごめん。心配かけちゃったかな?」
アイリスは、自分の両手を私の背中に回しポンポンと優しく叩く。
「心配していたけど、アイリスが元気で良かった」
私は、心の底から本当にそう思った。この会えない期間、もしかしたらアイリスはもう私のことなんて嫌いになってしまったのかもしれないと怖かった。私の前に二度と姿を現してくれないんじゃないかという不安があった。だけど、こうして元気な姿のアイリスにまた会えて、それが心から嬉しい。
「私も、エリーナが元気そうで安心した」
抱きしめ合っていた腕を緩めて、お互い顔を見合わせる。ちょっと涙目になっている私の顔を見たアイリスに「泣き虫」と笑われた。
そして、私たちは場所を移動することなく、そのまま教室に残ってお互いの会えなかった期間の話をした。
アイリスは、すっかり気持ちに踏ん切りをつけたのかさっぱりした表情だった。
「私さ、アンドリューのこと好きだったんだよ。やっぱりさ、幼馴染ってちょっと特別な存在じゃない? 昔のアンドリューって、それこそエリーナにも私にも優しかったし。何より、三人で遊んでいて凄く楽しかったから」
「うん」
私は、アイリスの話に相槌を打ちながら黙って聞いていた。きっと言いたくても今まで言えなくて、ずっと自分の中に抱え続けていた気持ちだから。友達として、全てを受け入れようと一言ももらすまいと真剣に話しを聞いた。
「でもさ、私が出会った時はもう二人は婚約していたから、私がアンドリューとどうかなるなんて、そういう希望はなかったの。二人が結婚しても、今まで通り三人で幼馴染として仲良くできればそれで充分だったんだ。アンドリューのこと好きだったけど、自分のものにしたいって気持ちはなかったから。何を言いたいかわからないかもだけど、それが私の本当の気持ちなの」
「うん」
アイリスが言いたいこと、私も何となくわかる。三人で幼馴染の関係は、私も大好きだった。偶々、私とアンドリューが婚約者だっただけで、もしアイリスと逆だったら私も同じように思っていたかもしれない。
「だからさ、突然第三者の女の子が入ってきて、アンドリューがその子と仲良くしているのを見て許せなかったの。それに、学園に入ってからのアンドリューは、エリーナに対してどんどん意地悪になっていたでしょ? その癖、私には昔のままのアンドリューだったから戸惑いが強くて。年頃の男の子って、婚約者には素直になれないのかしら? とかその程度に思っちゃっていたの」
アイリスは、言葉を選びながら自分の気持ちを語ってくれた。アイリスの葛藤が凄くよくわかる。それと同時に、アイリスには昔のままの態度だったのだと聞いて胸にズキンッと鈍い痛みが走る。当たり前なのだけれど、アイリスとアンドリューが二人でいる時の様子なんて、私は知らないので複雑な気分だ。
「そっか。私と二人の時は、かなり意地悪だったのにな……」
「うん。だから、ごめんね」
別にアイリスを責めるつもりで行った言葉じゃなかったのだけれど、突然謝られて戸惑う。
「えっ。アイリスが謝ることじゃないよ」
「違うの。私さ、アンドリューを甘やかしていたと思う。エリーナに酷い態度を取っているって知っていたはずなのに、彼に好意を抱いていたから本気で窘めてなかった。調子に乗っているアンドリューに、ガツンと本気で言えるのは私しかいなかったのにさ」
アイリスが、申し訳なさそうな顔で私を見る。そんな風に考えていたなんて思ってもみなかった。悪いのはアンドリューなのだから、アイリスが謝る必要なんて全くない。
「そんな、悪いのはアンドリューなんだからアイリスが謝ることなんてないよ」
「でもさ、大切な友達を守ってあげなかったんだなって気づいてさ。私最低だなって反省したんだー」
冗談交じりに言うアイリスだったけれど、目は笑っていなかった。
「そんなこと言うんなら、私だって悩んでいるアイリスに全く気付いていなかった。自分のことばっかりで、アイリスにアンドリューの愚痴ばっかり聞かせて……。私って最低な奴だったのね」
自分で言った言葉だったけれど、口に出したら本当にそうだと後から実感が湧く。アイリスにとってみたら、好きな人の悪口ばかり聞かされていたことになるのだ。それって自分に置き換えて考えたら、本当に最低なことだ。
「アイリス、ごめんね……」
自分の至らなさに悲しくなってくる。
「もう、私たちったら何でこんなに謝り合っているのよ。ふふっ、おかしい。お互い様ってことでもういいよね?」
私もこれ以上、こんな不毛な話を続けたくはなかったので大きく頷く。
「じゃあ、仲直りってことで握手」
アイリスが、右手を差し出したので私はその手を両手でギュッと握りしめた。それからアイリスは、隣国に行っていたことを話してくれた。
とても楽しそうに、時には頬を赤く染めて恥じらうように。アイリスのお母親の妹は、隣国にお嫁に行っていた。その妹さんに会うために、一年に一度アイリスをつれて一緒に隣国に遊びに行っていたのだ。そこで、アイリスはある方から見初められて、ここ何年かずっと求婚されていたらしい。
アイリスは、私たちの関係性が大好きだったし、親元を離れる勇気もなくそのお話はずっとお断りしていたみたい。それが今回のことをきっかけに、アンドリューのことを吹っ切るためにも、彼と向き合ってみようと決意して隣国にしばらくの間行っていたのだと告白した。
そこで、彼と一緒に過ごすうちに自分に向かってくる真っ直ぐな気持ちと接し、アイリスの気持ちも段々と変化があったのだそう。最初は、いい人だなくらいだったのだけれど、お相手の包容力やアイリスを焦らすことなくどっしり構えて待っていてくれる姿勢に、惹かれていったみたいだ。
そして、その方にアイリスの今の状態を相談したら、真剣に話を聞いてくれて第三者の視点で助言をくれたのだそう。主に、アンドリューがどれだけ酷いことをしているのか、例を挙げて語られたらしい。私の立場に立ったら、若気の至りなんかで許せるものではないとやわらかい言葉で説明してくれたのだとか。
自分の気持ちを誰かに相談したこともなかったアイリスなので、誰かに話しただけでもすごくスッキリしたのだと爽やかな笑顔で語っている。それに、彼がアイリスの気持ちを一切否定しなかったことも嬉しかったのだと話してくれた。
「そういう訳で、私の初恋はうっすーく色のついたほのかな恋だったの。だからその気持ちに始末をつけて、新しい恋を見つけてきたってこと」
アイリスが座っていた席から元気よく立ち上がって、ちょっと恥ずかしそうに私を見つめる。
「じゃあ、アイリスはもう決めたのね?」
私が聞くと、揺るがない強い瞳でコクンと頷く。
「私、隣国にお嫁に行くわ。寂しいけれど、いつまでもお子ちゃまではいられないから……。幼馴染は解散だけれど……。ずっと私の大切な友達でいてくれる?」
アイリスは、私がどう返事をするのか不安そうな顔を浮かべる。
「もちろんよ。どこにいたって、ずっと友達よ。私も遊びに行くし、こっちにも帰って来てね」
そして、私たちはさっきよりもずっと強くお互いを抱きしめ合った。教室の窓の外は、日が暮れかかって真っ白な雲が紅色に染まっている。二人で過ごしたこの学園での思い出に、決して忘れない記憶が刻まれていた。




