最終話 月の輝くバルコニー
夏真っ盛りの八月。アルテラ王国の社交界では、ボールドウィン侯爵家の婚約披露パーティーに関する話題が注目を集めていた。王国を代表する高位貴族たちが招かれ、かなりの規模になる予定になっている。それに加え、ボールドウィン侯爵家でのパーティーは、現当主夫妻が結婚した時以降開かれていないので希少性が高い。
伯爵家以下の家柄になってくると、行きたくても招待されないため招待状を持っている者たちに羨望の眼差しが送られていた。しかし、招待状を手にしている貴族たちは、ボールドウィン侯爵家が大貴族であったとしても彼らのことを恐ろしいと思っているため、距離を保ちながら静観しているというのが現状だった。
だが中には、ボールドウィン侯爵の地位と財産を目当てに、エリオットの妻の座を狙っている連中もいた。そんな人たちからは、一体誰が婚約者なのかと相手を聞いて回るような者もいたという。
――――そして、パーティー当日。
私は、婚約披露パーティーの前日からボールドウィン侯爵家に泊まり込み、ありとあらゆる準備を施されていた。何となく予想はしていたのだけれど……想定を超えた念の入りようにパーティーが始まる前だというのに、私は既にぐったりとしていた。
「エリーナ……折角のドレスを着ているのだから、もっとシャキッとしなさいよ」
何時間もかかった準備を終えた私は、椅子の背もたれに寄りかかって疲れた顔を覗かせていた。そんな姿を見た姉が、呆れた顔で小言を言ってくる。お姉様がそういうのもわかるのだけれど……。
「お姉様も一度体験してみたらわかるから……」
「全く、贅沢なことを……。それにしても、そのドレス素敵だわ。流石のエリーナも、今日は凄く華やかだし目がおっきくて可愛いわよ」
お姉様が、私の姿をまじまじと見て感動している。それはそうだ。自分でも、姿見の前に立った時の衝撃が今もまだある。自分の顔のはずなのに、全く地味さを感じない。本当に自分でいうのもおこがましいのだけれど……可愛い花が咲いたみたいに、華やかな装いになっている。
藤色の控えめな紫色をベースにしたドレスは、ベビーピンクをアクセントにしてとても可愛らしいドレスだ。髪型は、一つに編み下されドレスとお揃いの藤色のアクセサリーがキラキラと輝いている。一番時間のかかったメイクは、私のリクエストに応えてくれた侍女が、技巧を駆使してぱっちりした目元にしてくれた。なんの特徴もない唇は、ぷるぷるで赤い果実のようになっている。
「お姉様、侯爵家の技術って本当に凄いですよね」
私は、椅子の前に置かれている鏡をまじまじと見てつぶやく。
「駄目だわ……二人きりだと誰も突っ込んでくれないから。とにかく、パーティーではシャキッとして笑顔よ!」
お姉様に檄を飛ばされていると、コンコンという音とともに「入ってもいいかな?」というエリオット様の声が聞こえた。私が「はい」と返事をすると、いつもよりも数倍着飾ったエリオット様が顔を覗かせた。
いつも格好良いエリオット様なのだけれど、今日は一段と光り輝いている。見惚れると言うのはこれかと、言葉を発するのも忘れて視線が彼から動かない。
「エリーナ、いつも可愛いけれど今日も凄く可愛いよ」
エリオット様の顔が、いつも以上に甘くとろけそうな顔をしている。
「ありがとうございます。エリオット様も、凄く素敵です」
あまりの格好良さにクラクラしてしまう。この方の隣を歩くのかと思ったら、私で大丈夫か? と自分を振り返ってしまう。でも、ドレスも靴も髪型もメイクも、エリオット様のお母様や侍女が一緒に考えて決めたものだ。みんなが磨き上げてくれた自分を信じようと、卑屈な私を押し込める。
「そろそろ、お披露目だけど大丈夫かい?」
エリオット様が、私に手を差し出しながら聞いてくれた。
「はい。準備は万端です。行きましょう」
私は、自分に言い聞かせる。お母様が言っていた。私の隣で微笑むエリオット様は怖くないと。だったら、私がエリオット様の沢山の笑顔を引き出すのだと。彼の手を取り、椅子から立ち上がる。
「頑張りなさい、エリーナ。エリオット様も、どうかよろしくお願いします」
お姉様が、エリオット様に頭を下げた。こんなお姉様を見るのは初めてで、ちょっとだけ熱いものが込み上げる。
「はい。二人で頑張ってきます」
エリオット様がお姉様に真剣な顔で返事をする。戦いに出る前かのように気合の入った声だった。
白とグリーンで彩られた会場は、神聖で上品な雰囲気を醸していた。大勢のパーティー客たちは、婚約者の令嬢が一体誰なのか首を長くして待っている。
「あんな恐ろしい方と婚約だなんて、可哀そうな令嬢よね」
「きっとお金目当てに決まっているわよ」
「お金もだけれど、きっと権力もよ。だって王室とも縁が深いのだもの」
あちらこちらで、口を扇子で隠しコソコソと陰口を叩く者たちがいる。
「私、いくら侯爵夫人になれると言われても、流石に無理ですわ」
「そうですよね……。でも、私なら一日くらいは考えてしまうかも」
「まあ、あなたったら正直ね」
会場の雰囲気は、どんな令嬢が出てきても笑いものにするだろう空気感だった。
そんな会場に、脇に控えるオーケストラの優しい音色が響き渡る。ざわざわとしていた会場内の貴族たちは口を閉ざし、曲に耳を傾ける。最後の一音が静かに止まると、会場の中央に位置する階段の下に視線が集中した。
「お集りの皆様方、お待たせいたしました。我がボールドウィン侯爵家嫡男エリオットと、その婚約者エリーナ・ガルシアでございます」
会場に響く大音量で、ボールドウィン侯爵様が私たちの名前を呼んだ。それと共に、オーケストラの演奏が始まり階段の上に控えていた私たちは、一歩一歩ゆっくりと会場へと降りていく。
皆の盛大な拍手が私の耳に聞こえる。ホールにいる沢山の視線が私に集まっているのを感じ、胸はバクバクと大きな音を立てている。だけど私は、しっかりとエリオット様の腕に自分を預け堂々とした態度を心がけた。ふと、エリオット様を見上げると、彼はとても嬉しそうな顔をしている。緊張から真顔になっていた私だったけれど、彼の笑顔につられるように微笑みを零す。
「ねえ、エリーナ嬢って誰? ガルシア家って小さな子爵家じゃなかったかしら?」
「私もよく知らないけれど、最近婚約解消したのではなかったかしら?」
「そうそう。確か地味で冴えないって言われていた子じゃない?」
会場の至る所で、驚きの声が上がっていた。至って平凡な子爵家の地味な娘が、大貴族の婚約者になったことで、女性たちの醜い声が多く聞こえる。
「おい、ガルシア子爵家と縁を結んでなんの得があるんだ?」
「とくにこれといった強みのある家ではないよな?」
「とんでもない玉の輿に乗ったもんだな。たんまり金でももらったか?」
男性たちからは、平凡な子爵家風情が大貴族と縁づくなんてと非難の声が多かった。そんな大多数の声の中にも、小さな声は確かに存在した。
「ねえ、私、ボールドウィン侯爵家の方ってもっと怖い想像だったのだけど……。なんだか凄く幸せそうで、こちらも笑顔になってしまうのだけど」
「確かに。お相手の令嬢も、目がぱっちりしている以外は普通なのよね。でも、とっても幸せそうでお似合いじゃないかしら?」
「あのドレスも凄く可愛いわよね」
比較的若い令嬢たちの中には、二人の姿を見て憧れの眼差しを向けている子もいた。
そこからの私は、目を回すほどの忙しさだった。エリオット様のお父様とお母様に紹介されて、挨拶を繰り返す。こんなに沢山の人と挨拶を交わしたことがない私は、最初の数組までは顔と名前を覚えたけれど途中で頭がパンクしそうになり、とにかく笑顔を崩さないことに全力を投じた。
その甲斐あってか、今日のボールドウィン侯爵家に向けられる視線は恐怖に満ちたものが少なく、幸せそうな一家を見た人々は自然と頬を緩めていた。
挨拶の列が途切れ、ようやく一息つこうという雰囲気になった。
「父上、母上、少し休憩しましょうか?」
「そうだな。さすがに私たちも少し疲れたな」
「そうね、エリオット、エリーナさんと一緒に飲み物でも飲んで休憩していらっしゃい」
エリオット様が、お父様とお母様としゃべっている。その会話を聞いていた私は、ホッと肩の力を抜いた。
(やっとちょっとだけ休憩できる」
「エリーナ、飲み物を持ってくるからちょっと待っていてくれるかい?」
エリオット様の、私を気遣う優しい声がして「はい」と笑顔で返事をする。お父様とお母様も休憩のためにその場を離れたので、私は暫くその場に一人で待っていた。すると、前方から見知った顔がこちらに歩いてきた。
「ガルシア子爵令嬢、この度はおめでとうございます。私、貴方を見て本当に驚いてしまったわ」
私が彼らに気付いて目が合うと、アンドリューの腕に寄り添うキャンベル伯爵令嬢が話かけてきた。その顔は、笑顔だったけれど含みのある顔に見えた。
「ありがとうございます。キャンベル伯爵令嬢。お二人も婚約なさったそうで、お祝い申し上げます」
私は、二人の顔を交互にみて祝いの言葉を送った。久しぶりに見たアンドリューは、何だか凄くやつれているような顔だった。いつもの自信たっぷりで、傲慢な印象が影を潜めている。
(アンドリューったらどうしたのかしら? 幸せ一杯なのを想像していたのに……)
「あらっ、ガルシア子爵令嬢のお耳にも入っていらして? そうなの、わたくしたちも婚約して今とても幸せなのよ。でも、何だかガルシア子爵令嬢には、悪いことをしてしまったみたいで申し訳ないわ」
キャンベル伯爵令嬢が、心苦しそうな顔で謝罪の言葉を口にした。私は、彼女に謝罪される覚えなんて全くない。それに、アンドリューの顔からは幸せそうな雰囲気は察せられない。むしろ、何かを諦め絶望しているかのような顔だった。
「キャンベル伯爵令嬢に、謝罪されるようなことがありましたかしら?」
私は、彼女に疑問を呈す。キャンベル伯爵令嬢が何と答えるのか凄く興味があった。
「もう、そんなに強がらなくても……。あなたがアンドリューのことがそんなに好きだったなんて……。きっとショックから、やけになってこんな婚約を結んだのでしょう? 本当に可哀そうだわ」
キャンベル伯爵令嬢が、扇子で口元を隠しながら私に一歩近づいて周囲には聞こえないように言った。最初に会った時から、私のことを下に見て嘲っていたのは気づいていた。もう、何の関係もない人なのにこんな風に言われる筋合いはない。
「キャンベル伯爵令嬢は、何か勘違いをしているのでは? 私は、今人生で一番幸せです。むしろ、キャンベル伯爵令嬢に感謝しているくらいです」
私は、彼女への怒りを内に隠し余裕の笑みを零す。
「まあ、そうですか。それは良かったですわ。アンドリューは、何か彼女に言うことはないの?」
悔しそうな顔を滲ませながら、キャンベル伯爵令嬢はアンドリューの顔に視線を移した。話を振られたアンドリューの目に、動揺が浮かぶ。
「エ、エリーナ……。僕は君に……」
アンドリューが何かを言おうとして、隣に立つキャンベル伯爵令嬢に扇子で脇をこづかれている。言おうとしていた言葉を切り上げて、彼は苦笑いを浮かべた。
「エリーナ、婚約おめでとう。アイリスの婚約の話も聞いた?」
「もちろんよ。隣国に嫁いでしまうけれど、私たちはずっと友達だから寂しくはないわ。三人の幼馴染はお終いだけれど、きっとこれで良かったのだと思う」
「そうか……」
アンドリューは、寂しそうに視線を下げそれ以上はもう何も言わない。アンドリューの様子がおかしいけれど、もう私には関係のない人になってしまった。お互い、違う道に進んだのだ。これからは、別々の道をそれぞれ歩いてく。
「エリーナ、お友達かい?」
三人での会話も終了かと思われたその時、柔らかい声で私の名前が呼ばれた。顔を見上げると、シャンパングラスを手にして戻ってきたエリオット様だった。
「エリオット様、このお二人は同じ学園で一緒だった人たちです。キャンベル伯爵令嬢とミラー子爵令息です」
私は、あっさりとした紹介に留める。きっとエリオット様も、二人のことはご存じだとは思うけれど……。ここでわざわざ説明する必要を感じなかった。
「そうか。じゃあ、そろそろ失礼しようか?」
エリオット様が、自分の紹介を待たずにこの場を離れようとする。ちょっと笑いそうになってしまったけれど、私はコクンと頷いた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。ガルシア子爵令嬢、婚約者様をご紹介なさって」
私が、別れの挨拶をしてその場を去ろうとするとキャンベル伯爵令嬢がそれを制する。ボールドウィン侯爵家と縁を繋ごうとしているのか、心なしかキャンベル伯爵令嬢の顔にエリオット様への関心が伺えた。
「こちらが、私の婚約者のエリオット・ボールドウィン様ですわ。では、私たちはそろそろ失礼しますね」
私は、もうこの場から離れたくて名前だけ紹介して会釈をする。その場から足を一歩前に進めると、キャンベル伯爵令嬢の弾んだ声が割って入った。
「わたくし、エリオット様にこんなに近くでお会いするのは初めてで、以後よろしくお願い致しますわ」
アンドリューが隣にいるのにも関わらず、エリオット様の関心を自分に向かせようとしている様に感じる。それを見ている私の胸に、ざらっとした嫌な気分が押し寄せる。
「申し訳ないが、そのつもりはないよ。では」
エリオット様のきっぱりとした言葉に、私の心ははっとする。彼の顔を見ると、私しか見ておらず優しく背中を押してくれてその場から立ち去らせてくれた。私の背中からは、刺すようなトゲトゲしい視線を感じたけれど、もうそんなことはどうでも良かった。
「エリオット様、ありがとうございます」
「ん?」
彼の腕に自分の腕を絡ませて微笑む。エリオット様は、とぼけたような顔をした。
「いえ、嬉しかったです」
「そうか。なら良かった。このまま、階段の上の休憩室まで行こう」
そして私たちは、招待客の間をぬって先ほど降りてきた階段へと向かった。途中、シャンパンの入ったグラスは一口だけ喉を潤した後に、トレイを持った使用人に預けた。階段の上には、招待客のための化粧室や休憩室があるからか他にも階段を上っている人がいる。エリオット様のエスコートで階段を上っていくと、足のかかとに違和感を感じた。
「エリオット様、ちょっと待って下さい」
そう言って、彼の手を離して変わりに手すりを掴むと違和感のある足の方に目をやった。
その瞬間――――グイっと空いている方の手を、誰かに引っ張られてバランスを崩してしまう。階段から足を踏み外しそうになり、私は咄嗟にギュッと目をつぶる。すると、上体がフワッと浮き上がって、エリオット様の大きな手が私の体を支えてくれた。
「えっ?」
何が起こったのかわからなかった私は、驚きで体が硬直する。
「大丈夫かい? エリーナ」
焦ったエリオット様の声が聞こえて、私は身を捩る。
「エリオット様、今のって……」
私が言葉を言い終わらないうちに、エリオット様が私を引き寄せてそのまま抱き上げてしまった。彼の視線は階段の下に向けられ、今まで見たことがないような凍るような瞳をしている。その鋭い視線のまま、階段下にいたエリオット様の部下とアイコンタクトを取った。部下は、一つ頷くと人混みの中に消えて行く。
一連の動きを見ていた階下の人たちから、ざわめきが広がる。私は、何が何だかわからなくてされるがまま。
「良かった。エリーナが無事で」
そう言って、お姫様抱っこのまま私は階段の上のバルコニーに連れて行かれた。そこには、ソファーとテーブルが置かれていて休憩室となっていた。綺麗な星が見渡せる休憩室だなんて、エリオット様らしくて頬が緩む。
ゆっくりとソファーに下ろされた私は、胸の鼓動を感じながらホッと息を吐いた。安心したのもつかの間、エリオット様がしゃがみ込んで私の足からそっと靴に手をかける。
「エリオット様! 私自分でっ」
言い終わる前には、すでに靴を脱がされて違和感のあった足のかかとを見られている。
「ちょっとだけ、靴擦れになっているね。ごめんね、靴が足にあっていなかったみたいだ」
そう言って、エリオット様はいつもの魔法を足にかけてくれた。足の違和感がスッと無くなる。もう何度もかけられている魔法だけど、やっぱり毎回感動してしまう。
エリオット様は、両方の靴を脱がすと私の隣にストンと腰を掛けた。
「エリオット様、いつもありがとうございます。それに、エリオット様が謝られることなんてないですよ。私が、ちゃんと前もって靴を足に馴染ませておかなかったのが悪いのですから」
私は、自分の足を見ながら話す。いつもは、履きなれた靴をはくのに今日は下ろしたてのものを使ってしまい油断していた。今度からは気を付けようと心に誓う。
「それと、さっきは何だったのでしょう? 私、腕を引っ張られた気がしたのですが?」
「多分、エリーナを妬んだ誰かの仕業だろう。近くにいた部下に目で合図をしておいたから、きちんと捕まえて対処しているはずだ」
「そうですか……。一瞬のことで、良く分からないままでした。あっ、でも、私の体がフワッと浮いたんです! あれって、エリオット様の魔法ですか?」
私は、先ほどの不思議な体験を思い出して気分が向上する。
「ふふっ。そう、王立図書館でかけた守り魔法だよ。ちゃんときいてくれて良かった」
着飾ったエリオット様の笑顔が、月明りに照らされていて目を奪われる。こんなに素敵な人が自分の婚約者になったのだと、嬉しくて体が火照ってくる。暫く、月の綺麗なバルコニーから夜景を二人で黙って見ていた。
静かに、エリオット様が口を開く。
「エリーナ、話があるんだ」
エリオット様の柔らかい雰囲気が、改まった声で緊張した面持ちに変わる。彼の変化に、私もきちんと聞こうと姿勢を正す。
エリオット様は、体ごと私に向き合いそっと私の手を取った。
「エリーナ、私たちの婚約はお互いの都合から契約のような形で始まった。わざと僕は、恋や愛といった感情を表しはしなかった。君に逃げられるのが怖かったから。でも、最初から始めたくて……。僕は、最初からエリーナに恋をしていた。どうか、契約ではない本当の婚約者になってもらえないだろうか」
真剣な瞳のエリオット様の手は、震えていた。震える手で、私を逃がすまいと一生懸命握る姿に心を打たれる。私はもう片方の手を、震えるエリオット様の手の上に重ねた。
「ありがとうございます、エリオット様。私、とっても嬉しいです。私も、エリオット様のお顔だけではなく、その綺麗な心に恋をしました。私の方こそ、本当の婚約者になりたいってずっと思っていたんです」
エリオット様の唇がわななき、綺麗な藤色の瞳から涙の雫が落ちる。コツンと、エリオット様の額が私のおでこに当たる。
「いつも泣いてばかりでごめん。告白も、婚約披露が終わった後にするなんて卑怯だろう? でも、退路を断ってでもエリーナを逃がしたくなかったんだ。こんな情けない男でもいいだろうか?」
エリオット様の弱弱しい声が、すぐ近くで聞こえる。私は、エリオット様の唇にチュッとキスを落とす。額を離して彼の顔を見ると、目を見開いて驚いていた。
「私、ちょっと泣き虫なエリオット様も、優しいエリオット様も、独占欲が強いところも、顔が綺麗なところも、全部大好きです。私もきっと、同じようなものです……」
自分で言って恥ずかしくなって、視線を逸らす。握っていた手を引かれ、私はエリオット様の胸の中に包まれる。
「ありがとうエリーナ。僕もエリーナの全部が大好きだ」
彼の逞しい腕から力が抜けて、もう一度私たちは顔を合わせる。いつもと同じように額を合わせた。
「ステラ・シフォン・ベール」
星の瞬きのような光が現れ、私の体を包みこむ。私の中に溶け込むように淡くなって消えた。
「守りの呪文だよ。エリーナをずっと守っていく。一生大切にする」
額をゆっくりと離したエリオット様は、私の手を取り自分の唇に押し当てた。エリオット様の私を見る瞳は、色気に満ちてゾクゾクする。もう絶対に離さないと、目が語っているみたいだ。
唇から離された手に指を絡めて繋がれる。今度は私の唇にキスを落とす。何度も優しく唇が重ねられるたびに、瞼の下で最初の夜が蘇る。初めて出会ったのも、月が輝く月下の花の下だった。あの時、花に願ったのは、アンドリューとの婚約解消。もしかしたら、エリオット様もあの時に何かを願っていたのかもしれない。
神秘的な月が輝く夜の下、温かくて優しい恋の花が咲く。二人の胸に咲き誇った花は、きっと一生枯れることはない。これから紡がれていく、二人の素敵な思い出とともに。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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