012 ガルシア子爵家への挨拶
アイリスに追い返された後、どうしても彼女のことが心配で手紙を送ったのだけれど、なんの音沙汰もなく学園もずっと休んでいる。
本人に聞いた訳ではないから、そうだと決まった訳ではないけれど……。もしかしたら、アイリスはアンドリューのことが好きだったのかもしれない。そうだと告白されたとしても、何て言っていいのか言葉が出てこない……。
「ごめんね」と謝るのは違う気がするし……。私とアンドリューの婚約が解消されたからといって、今更応援なんてできる訳もなく……。アイリスのために、何もしてあげられないのがもどかしくて仕方がなかった。
「――こらっ。聞いているのか、エリーナ」
父親から叱責されて、俯いていた顔を上げた。目の前には、両親が並んで座っていて心配そうな顔でこちらを見ている。
「すみません……。考えごとをしていて……」
「全くお前は……。そんなことで本当に大丈夫なのか? やはり、本当は気が進まなくて悩んでいるのでは?」
「そうよ、エリーナ。本当は嫌なら、正直に話なさい」
父親と母親が、順番に私を心配して声をかける。もう、何度も説明をしているのにまだ信じてもらえてないらしい……。
「もう、お父様もお母様も、いつになったら私の言ったことを信じてくれるんですか? 私は、エリオット様と婚約することは嫌ではありません。むしろ、喜ばしく思っています」
私は、二人の目を交互に見てはっきりと伝える。それでも二人は、まだ気がかりのようで表情が暗い。
「では、何をそんなに悩んでいるんだ?」
父親が、不思議そうな顔で私を見ている。
「これは……。エリオット様のことではなくて……。ちょっと……」
「エリーナの新しい婚約者が、初めて挨拶に来られるんだ。こちらに集中しなさい」
「はい……」
父親の言い分は尤もで、しゃんとしなければと襟を正す。実は、これからエリオット様が我が家に挨拶に来てくれることになっている。本来なら、高位貴族のボールドウィン侯爵家に私たちが足を運ぶところなのだが……。エリオット様が、先にうちの親に挨拶をして婚約のお許しをもらいたいと言ってくれたのだ。
侯爵家からの縁談の打診に、子爵家の我が家が断りをいれるなんてことはできるはずないのだけれど……。そういったことではなくて、エリオット様に実際に会って両親にきちんと納得して欲しいということで今日の場が設けられた。
「そんなことは、エリーナに言われなくてもわかっている」
「お父様もお母様も、姿だけ見て彼を怖いと思わないでね。きちんと内面を見て、判断してよ」
私が、身を乗り出してしっかりと諭す。失礼なことはしないと信じてはいるけれど……。二人とも、普通の感覚の持ち主なのでちょっと心配ではある。
「旦那様、お客様が到着いたしました」
執事が、父親を呼びに来たので皆で玄関まで出迎えに向かった。
私たちが玄関に到着すると、丁度エリオット様が邸宅の中に入られて上着と帽子を使用人に預けているところだった。私たちが来たことに気付いたエリオット様と目が合うと、嬉しそうにニコリと微笑んでくれた。
「はじめまして。ガルシア子爵様、今日はお時間をいただきましてありがとうございます」
開口一番に、エリオット様は私の父に頭を下げて挨拶をした。こんな風に、挨拶をされると思っていなかった父と母は困惑気味だ。それに周りにいる、我が家の使用人たちも驚いているみたいだった。
「ボールドウィン侯爵令息様、頭を上げて下さい。こちらこそ、わざわざお越しいただき申し訳ないことです」
「いえ、当たり前のことです。ガルシア子爵様、どうぞエリオットとお呼び下さい」
今日のエリオット様は、最初に会った時と違って気さくな雰囲気を醸している。きっと父と母は、容姿とのギャップに驚いていることだろう。二人とも笑顔で対応しているけれど、どこかぎこちない。
父は、コホンと咳をして「では、エリオット様、こちらにどうぞ」と応接室に案内をした。
先ほど三人で話をしていた応接室に、私とエリオット様が隣り合って座り、向かいに両親が腰掛けた。タイミングよく、執事がお茶を運んでくる。
「特別なものは何もなくて……。お口に合うといいのですが……」
父が、エリオット様にお茶を勧めたので彼は優雅な仕草でお茶を口にする。
「美味しいお茶ですね。これは、ガルシア子爵様の領地で作られるフルーツのお茶ですか? とても香りがいいです」
「はい。我が家の領地で採れる、柑橘系のフルーツを使ったお茶になります。お気に召して頂いて嬉しいです」
自分の領地のお茶を褒められて、父親もどこか嬉しそうだ。私は、隣に座るエリオット様をチラチラと横目で見てしまう。手紙のやり取りはしていたけれど、会うのは結婚の提案をされた図書館以来で十日ぶりだ。今日は、一段と格好良い。
「では、先に今日の本題をお話させて下さい」
エリオット様は、ティーカップを受け皿に置くと姿勢を正して話し出した。父親も母親も、それに合わせるように背筋を伸ばす。
「この度は、突然の縁談の申込をさせていただきありがとうございました。王立図書館で知り合った娘さんを、私が勝手に見初めてしまい……。婚約者がいるにも関わらず、このような形をとってしまったこと申し訳なく思っています。ですが、誠心誠意、娘さんを大切にすることをお約束します。どうか、この結婚をお許しいただけないでしょうか?」
婚約を申込む理由としてエリオット様が考えたシナリオは、王立図書館で私に一目ぼれしたというものだった。それが一番自然で、ご両親にも話が通しやすいとエリオット様が考えてくれたものだ。
実際に横で言われているのを聞くと、とんでもなく恥ずかしい。エリオット様は、真剣な眼差しで言葉に気持ちがこもっているように見える。でも実際は、結婚相手がいなくて困っているエリオット様と、婚約者に困っている私という、問題を解決するための都合のいい婚約だ。
だけど、本当に一目ぼれしてくれていたらいいのに、と思ってしまう。だって、こんな風に誠実に、私の両親に結婚の許しを乞う姿を見ると、もしかしたら本当に私を好いているのかもと勘違いしそうになる。そんなはずはないのに……。学園で散々容姿を馬鹿にされてきた私が、そんな都合のいい夢を見てはいけないのだ。
(私なんかが、これ以上贅沢なことは言ってはいけないわ)
私は、エリオット様の隣に立って恥ずかしくない令嬢になりたい。彼がこれ以上傷つかなくていいように、私も強くならなくちゃ。私は、父と母の方を見た。二人とも、凄く驚いた顔だったけれど、目配せをした両親は何かを決めたように目を輝かせた。
「ありがとうございます。こんなにエリーナを想っていただているなんて……。娘も幸せでしょう。こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
父親が、ソファーから立ち上がって深く頭を下げた。
「ガルシア子爵様、ありがとうございます。エリーナ、お許しを頂いたよ。良かった」
エリオット様が、ホッとしたように私の方を見て輝く笑顔を覗かせる。その笑顔が美し過ぎて、彼の背後から光が差しているかのよう。エリオット様が、あまりに喜ぶものだから私も一緒に笑ってしまう。
「まあ、エリーナったら。いつの間に、そんなに仲良くなったのかしら?」
お母様が、不思議そうにこちらを見ている。会ったのは今日で四回目だけれど、エリオット様の優しさに接するたびにどこか安心感を抱いている。だからか、アンドリューと一緒にいた時よりも自然体でいられるのかもしれない。
「だって、エリオット様がお優しいからよ。お母様だってそう思うでしょ?」
「本当に不思議だわ。エリーナと一緒にいるボールドウィン侯爵令息様は、温かみを感じるわ。ふふ、羨ましいくらいに」
お母様が、ちらッと父親を横目に見ながら微笑んでいる。
「本当ですか? ガルシア子爵夫人。そんな風に言ってもらったのは、初めてです。それと、もう義理の息子になるのです。どうぞ、名前で呼んで下さい」
エリオット様は、本当に嬉しそうに私の母親と話をしている。こんな光景を目にすることができるなんて、何だか信じられない。
「いいのかしら……。でも、折角ですもの。エリオット様、不束者ですがエリーナをよろしくお願いしますね。それと、私のことはお義母さんと呼んで欲しいわ」
お母様は、図々しくふふふっと楽しそうに笑っている。さっきまで、心配していた顔はどこえやらだ。
「こらっ。調子に乗るんではない」
父が、横で母を小突いている。
「エリーナ。君の家族は、とっても楽しいね。僕、凄く嬉しいよ」
エリオット様が、私の耳元で囁く。突然、耳元で囁くものだからくすぐったくて仕方がない。でも、エリオット様が喜んでくれているのがわかるから私も凄く嬉しい。二人で、見つめ合っていたら向かいからコホンっと咳払いが聞こえた。
「そういうのは、親のいないところでやりなさい」
父親が、とても気まずそうな顔をしている。私も、何だか恥ずかしくなって扇子で顔を隠してしまう。
「すみません……。嬉しくてつい。それで、お願いあるのですが……。この後、エリーナをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ん? どういうことだ?」
エリオット様の申し出に、父が意味が分からず聞き返している。私も、何も聞いていないので何のことだろう? と不思議がる。
「実は、ご両親に結婚の許可を頂いたら、そのままエリーナを連れて来いと父と母に言われまして……。お恥ずかしいのですが、父と母がエリーナに会うのを待ちきれないようでして……。突然、すみません」
「今からですか?」
母も驚いている。
「はい。夜には、きちんと送り届けるとお約束しますので、どうかお許し願えませんでしょうか?」
「いや、私は構わないが……。エリーナは、大丈夫か?」
私に話を振られて、三人の視線がこちらに集まる。突然の話で、私もどう答えようか迷ってしまう。今からと言われても、エリオット様がくるからそれなりにお洒落はしているけれど……。結婚相手のご両親に、初めてお会いするような気合の入った服装まではしていない。
「えっと、あの……。私、ちゃんとしたドレスではないし……」
ドレスの裾を握って、どうしようと焦ってしまう。
「そんな、ドレスのことなんて気にしなくていいよ。とっても可愛いよ。ちゃんとお洒落してくれたんだって嬉しかったし。僕も出がけに言われて、突然になってしまってごめんよ」
エリオット様が、申し訳なさそうな顔をする。それに可愛いと言われてちょっと嬉しい。
「どうも、うちの両親はエリーナのことを心配しているみたいなんだ。私がちゃんと本人にも了解はとったって説明したのだけど……。私が無理やり勧めようとしているのではないかと思っているらしくて……」
「そうなんですか? それは大変っ。あのっ、きちんとした準備ができないのですが……。それでも良ければ、行かせて下さい」
「準備なんて、そのまま来てくれれば充分だよ。ありがとう」
そうして、慌ただしく私は、エリオット様の邸宅に向かうことになった。




