第16話 地下牢での約束
白蓮が地下牢へと引きずり込まれ、玄武殿に静寂が戻った。
琉克は泣き疲れて眠った黎克を満足げに見下ろし、私の肩を抱き寄せた。
「白蓮がいなくなり、夜が寂しくなるだろうが……問題ない。奏天雅集の中から、好きな男を1人、お前にやろう」
満足げに目を細めている。
彼にとって、白蓮という「傑作」は手元にあるからこそ価値があるのであって、私の夫としての白蓮など、最初からどうでもよかったのだ。
「その方も――」
琉克が、あの方と同じように抱かれたのですか?
喉元まで出かかったその皮肉を、私はすんでのところで呑み込んだ。
「愛璃。これからは私とお前、そして私の血を継ぐこの子たちの時代だ」
琉克の指先が私の頬をなぞる。その指からは、白蓮を汚し続けたあの香りがした。
私は、震える唇を噛み締め、絶望したふりをしてうなだれた。
「……はい、お兄様。すべて仰せのままに」
――だけど。あなたは1つだけ計算を誤っている。
心の中で小さくつぶやく。決して顔には出さないけれど。
「お兄様。白蓮が処刑される前に、最後の別れをさせてください。一度だけでいいのです。そうすれば、私は一生、あなたの忠実なお人形でいますから」
「いいだろう」
私の必死の懇願。琉克は慢心ゆえにそれを許した。
◆◆◆
数日後。
地下牢の鉄格子の向こうで、白蓮は鎖に繋がれていた。
だが、駆け寄った私が見た彼の瞳に、絶望の色はなかった。
暗い独房の小さな窓から、月明かりがわずかに届く。その光を受け銀色に輝く髪。
変わらない、愛しい舞神の姿だった。
「……愛璃、無事でしたか?怪我はないかい?」
「いやね、それは私の台詞よ」
白蓮が低く笑う。
後方で見張りの視線を感じる。ここで見聞きしたことは、すべて琉克へ報告するのだろう。
「お兄様は黎克が自分に似ていることに満足してるわ」
「それは良かった」
その執着は、自身の目を曇らせている。黎克が琉克に似ているのは、血筋だからじゃない。
私や白蓮が、琉克の顔を思い浮かべながら黎克に「皇帝としての所作」を叩き込んできたからだった。白蓮の子でありながら、琉克の鏡となるように。
すべては、琉克を油断させるための2年の計だった。
さらに、琉克の知らないこともある。
私には、亡き母である皇后から極秘で受け継いだものがあった。後宮の近衛兵を動かすための証、緋色のかんざしは、常に私が身につけている。
皇帝の力が干渉しない場所。
正室も側室も娶らない琉克は、後宮への関心がなかった。だから、隠し続けることができた。
「死なないで、白蓮。約束よ」
私は牢の鉄格子を握りしめた。
「愛璃、約束するよ」
その手に、そっと白蓮の手が添えられる。
「必ず、またあなたをこの手で抱く」
「あっ……」
長い、長い口づけだった。
見張りの視線なんて、どうでもよくなるくらい。今までで一番、深くて執拗なまでに長いキス。
「夜が明けるわ」
私は立ち上がる。
髪に手を伸ばし、緋色のかんざしを取った。結い上げていた長い黒髪がはらりと舞う。
こうして、闇に潜んでいた後宮の精鋭兵たちを静かに招集した。




