最終話
白蓮の処刑当日。
抜けるような青空の下、広場には舞神である白蓮の最期を見届けようと、民衆が詰めかけていた。
重苦しい沈黙に包まれた広場の中央、処刑台には泥と血に汚れた白衣を纏い、鎖に繋がれた白蓮が膝をついている。
「これより、皇族殺害の重罪人・白蓮の処刑を執り行う」
壇上の特等席で、琉克が冷酷に宣言する。
琉克は隣に立つ私の肩を抱き寄せ、「終わればすべてお前のものだ」と、狂気を含んだ慈愛を囁いた。
お兄様は気づいていない。私の髪から緋色のかんざしが消えていることに。
「執行せよ」
琉克が手を挙げたその瞬間、私は立ち上がり声を上げた。
「――待ちなさい!」
私の叫びとともに、広場の四方に控えていた「見物人」たちが一斉に装束を脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、皇后直属の精鋭兵たち。
彼らは瞬時に処刑台を包囲し、近衛兵の動きを封じた。
「愛璃、何の真似だ……!」
「お兄様が白蓮に命じて行わせた暗殺、および驍宗を陥れた計略。すべての証拠は私が押さえております」
あのかんざしは、後宮の闇兵を動かす権力の証であると同時に、ある部屋の鍵でもあった。そこには、白蓮から預かった、琉克の悪事の証拠が保管されていたのだ。
「残念だったな、琉克よ」
そのとき、広場の奥から1台の車椅子が、静かに、けれど圧倒的な威圧感をもって現れた。
「お前の治世は、今日ここで潰える」
「父上!」
寝たきりのはずの前皇帝の姿に、琉克の顔が初めて驚愕に歪んだ。琉克は、沈香に混ぜた毒で父上を廃人にしたと信じていたからだ。
だが、白蓮は琉克の「影」として暗躍する傍ら、巡業で訪れた異国の地で、密かにあらゆる毒の知識と解毒剤を収集していたのだ。
琉克に命じられた「死の旅」は、白蓮にとって、主君を討つための知恵を得る「牙を研ぐ旅」でもあった。
白蓮が持ち帰った秘薬を、私は父上に与え続けてきた。
白蓮がわざと「皇族殺し」の汚名を着て捕らえられたのも、この処刑の場に琉克を引き出し、民衆の前でその化けの皮を剥ぐための、捨て身の伏線。彼はただ、私が「証」を揃え、父上が立てるようになるまでの時間を稼いでいただけ。
「白蓮、立ちなさい。あなたの舞は、まだ終わっていないわ」
私の声に応えるように、白蓮は隠し持っていた短刀で自ら鎖を断ち切った。
「琉克様」
白蓮はゆっくりと立ち上がり、絶望に震える琉克の前に立った。
そして、あの夜の口づけと同じように、銀色に光る一筋の糸を引くような冷徹な微笑みを浮かべ、琉克の耳元で囁いた。
「僕はあなたに感謝をしている。だからこそ……あなたのやり方で、あなたを破滅させるのが、私にできる最大の返礼です」
琉克は、自分が最も愛し、支配したはずの「傑作」の手によって、生きたまま檻の中へと落とされたのだ。
◆◆◆
数日後。
琉克は「狂王」として離宮の地下へと幽閉された。地下深く、冷たい湿り気に満ちた牢獄に、琉克は組み伏せられていた。
そこへ、白蓮が音もなく現れる。
自由を奪われ憔悴する琉克の瞳に、激しい憎悪と、それ以上の深い渇望が走る。
白蓮は静かに膝をつくと、小さな水晶の瓶を取り出した。
「あなたが前皇帝に使った毒です」
「そうか……」
「ご自分で飲まれますか?」
「ふっ、言わずともわかるだろう」
その目には、自信と狂喜に満ちた琉克の色が残っていた。
「ええ、そうでしたね」
白蓮は、透明な液体を自らの口に含んだ。
そのまま、琉克の唇を深く、狂おしいほどに塞いだ。
それはかつて奪われた尊厳の返却であり、支配者への最期の捧げ物。
琉克の喉へと流し込まれるのは、清廉な蓮華の香りを纏った、甘美な死の滴。
ゆっくりと離れてゆく唇。
ゴクリと琉克の喉が鳴る。
2人の間には、あの夜と同じように、銀色に光るひとすじの糸が、月光に透けて儚く伸びた。
白蓮は、法悦と絶望の混ざり合った琉克の顔を見つめ、聖者のような美しさで微笑んだ。
「僕の手で終わらせて差し上げます。琉克様の醜態は見たくない」
「お前は、最後まで俺を楽しませてくれたな」
自分を神のごとく支配し、美の極致として愛した男。
「愛璃様は、確かにいただきましたよ」
そう言って、白蓮は振り返ることなく、光の差す地上へと歩み去った。
◆◆◆
玄武殿の寝所で、私は白蓮と2人、夜明けの光を浴びる。
もう、白檀の香りはしない。
漂うのは、清々しい蓮華の香りと、私たちの愛の残り香だけ。
「……愛璃。これからは、誰にも邪魔させない」
白蓮が私を深く抱きしめる。
私たちは、血塗られた王座の上に、誰よりも美しい楽園を築き上げたのだ。




