第9話 数字にならない成果
学校が守られてから、一週間。
表向きは、何も変わらない。
授業は続き、子供たちは席に着き、板の前で字を書く。
だが、領政庁では、別の空気が流れていた。
「……で、成果は?」
役人の一人が、遠慮がちに口を開く。
「夜学のときは、税収や帳簿で分かりやすかった」
「だが、学校は?」
その問いに、即答はできなかった。
夜学は、大人向けだった。
識字=即、行政改善に繋がった。
だが、学校は子供だ。
成果が出るのは、数年先。
「今は、数字にはなりません」
正直に答えると、場が静まる。
「では、説明はどうする」
「貴族への報告は?」
「次の査察が来たら?」
矢継ぎ早の質問。
誰も、悪意で言っているわけではない。
だが、現実だ。
父は、黙って俺を見ていた。
「……学校の価値を、数字で示せないなら」
「“贅沢”だと見なされる」
それは、脅しではなく、予測だった。
その日の放課後。
学校の裏で、子供たちの様子を見る。
セシルが、平民の子と何か話している。
言い争いではない。相談だ。
「……それ、違う」
平民の子が、紙を指さす。
「父さんが言ってた」
「数を分けるとき、先に全部並べると間違えない」
セシルは、しばらく考え、頷いた。
「……確かに、そのほうが早いな」
それを見て、胸の奥が少し温かくなる。
だが――。
「それで、何が増えた?」
自分に問いかける。
税収は、増えていない。
書類の精度も、今は横ばいだ。
夜、父の執務室。
「学校を、縮小する案もある」
父は、机に肘をついて言った。
「夜学だけ残す」
「子供の学校は、余裕ができてから」
合理的な判断だ。
正しいとも言える。
「……父上」
言葉を選ぶ。
「学校は、即効性がありません」
「ですが、止めれば――」
「止めれば?」
「次に始める理由が、なくなります」
父は、目を細めた。
「それでも、説明が要る」
「“今”の成果だ」
その夜、眠れなかった。
前世で、何度も見た光景。
未来のための投資が、今の数字に負ける瞬間。
翌日。
俺は、授業の形式を変えた。
「今日は、テストではありません」
「仕事をします」
子供たちが、ざわつく。
渡したのは、簡単な課題。
――学校の備品一覧を作る
――数を数え、文字で記録する
――不足分を計算する
「これを、二人一組で」
結果は、散々だった。
時間はかかる。
間違いも多い。
だが、終わったあと。
「机、三つ足りない」
「ランプの芯が、もうない」
子供たちは、自分で気づいた。
その記録を、俺はそのまま持って、父のもとへ行った。
「……これは?」
「学校の在庫表です」
「子供たちが作りました」
父は、紙に目を走らせる。
「正確か?」
「確認済みです」
沈黙。
「つまり」
「“見える化”か」
「はい」
数字は、小さい。
だが、確かだ。
「学校がなければ、誰も数えません」
「数えなければ、無駄は見えません」
父は、紙を置いた。
「……派手さはないな」
「承知しています」
それでも。
「“今”の成果として、これを出せます」
父は、しばらく考え込み、
やがて、静かに言った。
「分かった」
「学校は、続ける」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
だが、同時に理解していた。
これは、綱渡りだ。
次も、数字を求められる。
教育は、未来を作る。
だが――未来だけを語ることは、許されない。
その現実を、俺は改めて噛みしめていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




