第8話 抗議という名の圧力
その抗議は、静かに、しかし確実に届いた。
朝の執務室。フローラが持ってきた書状の束を見て、俺は小さく息を吐いた。
「……始まりましたか」
「はい。主に、貴族家からです」
封を切らずとも、内容は想像がつく。
学校。身分混合。評価の平等。
不満が出ないはずがない。
最初の一通を開く。
『我が子が、平民と同列に扱われるのは不当である』
『教育の質が落ちる』
『貴族の威信を損なう』
どれも、理屈としては一貫している。
――彼らは、秩序を守っているつもりなのだ。
「父上には?」
「既に、耳に入っています。午後に会議を、と」
昼。
応接室には、三人の貴族が座っていた。
全員、領内では顔の利く家柄だ。
「話は聞いている」
父が切り出す。
「学校、でしたな」
「ええ」
一人が、俺を見据える。
「坊ちゃま。率直に言わせてもらう」
「どうぞ」
「我が子が、字も満足に書けぬ者と同じ評価を受けるのは、納得できん」
予想通りの言葉。
「評価は、成果に基づいています」
「だから問題なのだ」
別の貴族が言う。
「家柄も教育も違う」
「同じ基準など、無理がある」
俺は、すぐには反論しなかった。
代わりに、問いを投げる。
「では、貴族の子が劣った評価を受ける可能性があるのは、不当ですか」
一瞬、言葉が詰まる。
「……そうは言っていない」
「ですが、起きています」
沈黙。
父が、低く咳払いをした。
「学校は、夜学の延長だ」
「成果も出ている」
「しかし――」
「しかし、何だ」
父の声に、重みが増す。
「学ぶ場を閉じろと?」
「それは……」
貴族たちは、言葉を選んでいる。
本音は、はっきりしているのに。
「条件があります」
俺は、そう言って口を開いた。
三人の視線が集まる。
「貴族子弟向けに、追加の授業を設けます」
「礼法、歴史、法の基礎」
「ただし」
一拍置く。
「それは、補講です」
「学校の評価には、含めません」
ざわめき。
「それでは意味がない」
「あります」
俺は、静かに言った。
「“違い”を学ぶためです」
貴族の一人が、眉をひそめる。
「……我々に、譲歩しろと言っているのか」
「いいえ」
首を振る。
「これは、妥協です」
「譲歩ではありません」
空気が、張りつめる。
やがて、最年長の貴族が、ため息をついた。
「……様子を見る」
「だが、問題が起きれば、責任は取ってもらう」
「もちろんです」
会議は、それで終わった。
廊下に出たとき、フローラが小声で言う。
「危ういですね」
「はい」
だが、後悔はなかった。
夕方、学校へ向かう。
教室では、子供たちが机を囲んでいた。
セシルが、ちらりとこちらを見る。
「……俺たち、追い出されないんだな」
「今のところは」
彼は、少しだけ口角を上げた。
「なら、続きをやろう」
その一言で、胸の奥が軽くなる。
学校は、守られた。
だが、それは“猶予”にすぎない。
次に求められるのは、結果だ。
――教育は、理解される前に、まず試される。
その現実を、俺ははっきりと受け止めていた。




