第29話 押しつけられる改革
翌日の議会は、異様に静かだった。
誰もが、昨日の広場での発言を知っている。
だが、それを直接口にする者はいない。
沈黙は、準備だった。
「……本日の議題に入る前に」
議長が、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「教育行政局より」
「“責任の所在を明確にする改革案”が提出されています」
嫌な予感が、確信に変わる。
配られた資料に、視線を落とす。
『教育制度改革特別法案』
『責任者:教育行政局制度設計担当』
――俺の肩書きだ。
内容は、整っている。
あまりにも。
「再審制度の恒久化」
「教師資格の全国一律管理」
「教育内容の統一指針」
そして、最後の一文。
『本制度により生じた不利益については、責任者が説明責任を負う』
説明責任。
処罰ではない。
だが、守られもしない。
「……巧妙ですね」
隣席の官僚が、低く呟く。
「あなたが“責任を取る”と言った」
「だから、全部あなたの名で出す」
否定できない。
俺自身が、名乗ったのだから。
エドガーは、表情を変えずに言った。
「あなたの発言を」
「制度に落とし込んだだけです」
「逃げ道は?」
「ありません」
即答だった。
議場で、意見が飛ぶ。
「責任者が明確で、良い」
「これで、混乱は収束する」
「いや」
別の声。
「一人に背負わせすぎだ」
賛否は割れる。
だが、流れは一方向だ。
――通す気だ。
「……発言を」
議長が、俺を見る。
立ち上がる。
視線が、集中する。
「この法案は」
静かに言う。
「秩序を守るためのものです」
ざわめき。
「ですが」
続ける。
「秩序は、責任を一人に押しつけることで」
「守れるものではありません」
正面から、切り込む。
「私が、説明責任を負うことは」
「構いません」
どよめき。
「しかし」
声を強める。
「判断責任まで、私一人に集約するなら」
一拍。
「それは、改革ではなく」
「責任の放棄です」
議場が、静まり返る。
「制度は」
続ける。
「多くの判断の積み重ねです」
「だからこそ」
「判断の記録を、残すべきだ」
資料を掲げる。
「誰が、どの段階で」
「何を理由に、決めたのか」
「それを」
言い切る。
「公開条項として、追加してください」
ざわめきが、一段階大きくなる。
それは、痛い。
官僚にとっても、議会にとっても。
エドガーが、ゆっくりと息を吐いた。
「……あなたは」
「本当に、逃げませんね」
「逃げたら」
即答する。
「教育は、ただの道具になります」
短い沈黙。
議長が、木槌を打つ。
「……修正案を含め」
「継続審議とする」
一気に、空気が緩む。
否決ではない。
だが、即決もされなかった。
廊下に出ると、トーマが駆け寄ってくる。
「……止めましたね」
「いいや」
首を振る。
「遅らせただけだ」
それでも、意味はある。
その夜。
執務室で、一通の匿名文書を受け取る。
『あなたが責任を背負うなら』
『我々は、判断を外から支える』
差出人は、ない。
だが、内容から分かる。
官僚の中にも、同じ危機感を持つ者がいる。
同時に、別の報告も届いた。
『学んだ側の一部が』
『独自の改革案を準備中』
ミレイユの動きだろう。
責任を名乗った瞬間から、
俺は、ただの官僚ではなくなった。
矢が、集まる。
支えも、集まる。
次に来るのは、
“提案”ではない。
**選択を迫る、本当の改革案**だ。
それを、誰が、どこから出してくるのか。
嵐の前の静けさの中で、
俺は、深く息を吐いた。
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