第28話 切り取られた言葉
翌朝、王都は静かすぎた。
その違和感に気づいたのは、宿舎を出てすぐだった。
人々の視線が、妙に揃っている。
囁きが、同じ言葉を含んでいる。
「……見ましたか」
「昨日の」
何を、とは言わない。
言う必要がないからだ。
執務室に入ると、トーマが既に待っていた。
机の上には、刷りたての紙。
「出回っています」
「今朝から、一気に」
紙面の見出しを見て、息が止まる。
『教育行政官、責任はすべて自分にあると発言』
『制度失敗を事実上認める』
下には、昨日の発言が抜き出されている。
――「責任は、私が引き受けます」
それだけ。
前後は、ない。
「……切られたな」
「かなり、意図的です」
トーマの声が、低い。
「“責任を取る”が」
「“失敗を認めた”に変換されています」
街に出ると、それが肌で分かる。
「じゃあ、あいつのせいだろ」
「制度が悪いって、言ったんだ」
怒りも、安堵も、同時に混じっている。
責任の所在が、はっきりしたからだ。
――俺に。
昼前。
緊急会議が開かれる。
「これは、危険です」
強硬派が、即座に言った。
「あなた一人に、批判が集中する」
「制度そのものが、守れなくなる」
「逆だ」
別の声が言う。
「今こそ、責任者を明確にするべきだ」
「彼は、自ら名乗り出た」
視線が、一斉にこちらを向く。
エドガーは、黙っている。
「……発言の意図を」
「公式に訂正すべきですか」
問われる。
俺は、一瞬、迷い――
そして、首を振った。
「いいえ」
「この言葉は」
静かに言う。
「訂正しません」
ざわめき。
「責任は、引き受けます」
「ただし」
一拍置く。
「“私一人の失敗”という解釈は」
「認めません」
「どういう意味だ」
「制度は」
言葉を選ぶ。
「一人で作られたものではない」
「成功も」
「失敗も」
「複数の判断の積み重ねです」
それは、防御ではない。
共有だった。
エドガーが、ようやく口を開く。
「……表に出ますか」
「出ます」
即答だった。
「声明では足りません」
「説明します」
「どこで」
「公開の場で」
空気が、張りつめる。
「また、火に油を――」
「油かどうかは」
言葉を切る。
「見ている側が、決めます」
その日の夕方。
再び、中央広場。
昨日より、人が多い。
噂は、速い。
壇上に立つと、ざわめきが収まる。
「昨日」
声を張る。
「私は、“責任を引き受ける”と言いました」
静まり返る。
「それは」
続ける。
「逃げるための言葉ではありません」
「制度は」
「人を救い、同時に、傷つけました」
「それを」
はっきり言う。
「無かったことにはしない」
怒号は、起きない。
ただ、重い沈黙。
「ですが」
一拍置く。
「それを“私一人の失敗”にしてしまえば」
「皆さんは」
人波を見渡す。
「考える必要が、なくなる」
ざわめきが、起きる。
「誰かを悪者にして」
「終わらせるのは、簡単です」
「でも」
拳を握る。
「それでは、同じことが繰り返される」
人々の顔が、変わる。
納得ではない。
だが、聞いている。
「私は」
最後に言う。
「責任を取ります」
「だから」
声を低くする。
「考えることから、逃げないでください」
拍手は、起きなかった。
だが、石を投げる者も、いなかった。
夜。
執務室に戻ると、短い書簡が届いていた。
『今日の対応、記録した』
『あなたは、もう“調整役”ではない』
エドガーの筆跡。
それは、警告であり、
同時に――認定だった。
責任を名乗った者は、
もう、守られない。
だが。
誰かが、そこに立たなければ、
言葉は、必ず歪む。
俺は、椅子に深く座り、目を閉じた。
次に切り取られるのは、
どの言葉だろうか。
それでも、言うことをやめるつもりはなかった。
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