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転生した元公務員の俺は、 貧乏辺境伯領を教育改革で立て直す ~文字も読めなかった領民が王国を支えるまで~  作者: 芋平


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第17話 声を持った不満

 条件付き措置は、現場に降りた。


 再評価期間。

 教師推薦。

 再試験。


 紙の上では、確かに“余地”があった。

 だが、王都から離れるほど、その余地は薄くなる。


「……再評価、ですか」


 地方学校から上がってきた報告書を見て、トーマが眉を寄せた。


「人手が足りません」

「再試験を行う余裕がない、と」


「教師の推薦は?」

「形式的には、あります」


 形式的。

 それは、やらない理由を整えた言葉だ。


 条件は、守られている。

 だが、精神は、守られていない。


「現場は、制度を“通す”ことに慣れすぎている」


 俺が言うと、トーマは苦い顔をした。


「……王都も、同じです」


 その日の午後。

 別の訪問者が現れた。


 控えめな服装。

 だが、姿勢は堂々としている。


「面会を求めています」

「名前は、ミレイユと」


 その名を聞いた瞬間、胸がわずかにざわついた。


「通してください」


 入ってきたのは、若い女性だった。

 年は二十前後。

 落ち着いた目をしている。


「お久しぶりです、リオ様」


 そう言って、深く頭を下げた。


「……学校一期生ですね」

「はい」


 彼女は、まっすぐに頷いた。


「本日は、個人的な要望で来ました」

「個人的?」


「いえ」

 一拍置く。

「同じ立場の者を代表して、です」


 彼女は、紙束を差し出した。


 目を通すと、そこには署名が並んでいる。

 地方学校の卒業生。

 進級停止、あるいは停止寸前の者たち。


「彼らは、読み書きができます」

「計算も、最低限は」


「承知しています」

「それでも、切られました」


 声は、冷静だった。

 だが、怒りは隠れていない。


「基準未達」

「家庭環境に問題」

「学習速度が遅い」


 一つ一つ、言葉を読み上げる。


「全部、正しい理由です」

「だからこそ、反論ができない」


 俺は、沈黙した。


「ですが」

 ミレイユは続ける。

「彼らは、学ぶことを諦めていません」


 視線が、真っ直ぐに刺さる。


「あなたが、教えたからです」


 その一言が、重かった。


「……条件付き措置は」

「知っています」


 即答だった。


「ですが、現場では」

「“やらなくても問題にならない”扱いです」


 そこまで、見えている。


「私たちは」

 彼女は言った。

「制度に、反対しているわけではありません」


「ただ」

 一歩、踏み出す。

「声を、持ちたいだけです」


「声?」


「評価される側として」

「意見を述べる場が、ありません」


 それは、正論だった。

 教育を受けたからこそ、気づいた欠陥。


「お願いがあります」


 ミレイユは、深く息を吸った。


「進級停止者による、再審請求の場を」

「公式に、設けてください」


 それは――。


 制度に、直接穴を開ける提案だった。


「それは、簡単ではありません」

「分かっています」


「前例もない」

「だから、あなたに頼んでいます」


 沈黙。


 彼女の言っていることは、危険だ。

 教育された者が、制度に異議を唱える。


 ――まさに、恐れられてきた事態。


「……ミレイユ」

「君は、自分が何を求めているか、分かっていますか」


「はい」


 迷いのない答え。


「教育を受けたなら」

「選ばれる側で終わりたくありません」


「選ぶ側に、関わりたい」


 その言葉で、はっきりした。


 彼女は、反体制ではない。

 だが、従属もしない。


 教育が生んだ、

 **新しい種類の市民**だ。


「考えさせてください」


 そう言うと、ミレイユは頷いた。


「待ちます」

「ただし」


 去り際に、振り返る。


「待たされる間にも」

「切られる人は、増えます」


 扉が閉まる。


 トーマが、小さく息を吐いた。


「……来ましたね」

「ええ」


 俺は、書類に目を落とす。


 条件付き署名。

 前例。

 そして、今度は――声。


 教育は、次の段階に入った。


 教えることでも、選ぶことでもない。


 **教育を受けた者が、制度に口を出し始める段階**だ。


 それを認めれば、秩序は揺れる。

 拒めば、教育は嘘になる。


 俺は、理解していた。


 この選択は、

 これまでで一番、重い。


 ――国家に、教育の“利用者”を残すか。

 それとも、“参加者”を生むか。


 次に動く一手で、

 第3章の行き先は、決まる。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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