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転生した元公務員の俺は、 貧乏辺境伯領を教育改革で立て直す ~文字も読めなかった領民が王国を支えるまで~  作者: 芋平


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第15話 成果という名の切り捨て

 王都での会議から、三日。


 俺は、与えられた仮の執務室で、山のような書類に目を通していた。

 教育施策の報告。

 財務への波及。

 人員配置の試算。


 どれも、数字は美しい。


「……速いな」


 夜学の成果が、ここまで迅速に制度化されるとは思っていなかった。

 だが、それは同時に――考える余白がないということでもある。


 扉がノックされる。


「入ってください」


 入ってきたのは、見覚えのある顔だった。


「……トーマ?」


 かつて、夜学で一番真面目に机に向かっていた少年。

 今は、整った官僚服に身を包み、姿勢も声も別人のようだ。


「お久しぶりです、リオ様」

「王都配属になりました」


 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


「よく、ここまで来たな」

「はい。あなたの教育のおかげです」


 その言葉に、嘘はない。

 だからこそ、続く言葉が刺さった。


「本日、業務の説明をいたします」


 トーマは、書類を広げた。


「地方学校の成績評価について」

「基準未達の生徒は、上級課程への進級を停止します」


「停止、というのは」

「打ち切りです」


 淡々とした声。


「資金と人員には限りがあります」

「成果の見込めない層に、これ以上は――」


 言葉が、途中で止まった。


 俺が、何も言わなかったからだ。


「……トーマ」

「その基準は、誰が決めた」


「エドガー殿です」

「合理的です」


 合理的。

 その言葉が、ここでは免罪符になる。


「実例を、見ますか」


 彼は、別の書類を差し出した。


 地方都市の学校。

 成績下位の生徒一覧。

 備考欄には、短い一文。


『家庭環境に問題あり』


 それは、説明ではない。

 切り捨ての理由だ。


「彼らは、どうなる」


「初等課程修了として、労働に回されます」

「読み書きは、できる」


 確かに。

 それだけ見れば、成功だ。


 だが。


「……それで、十分か?」


 問いかけは、弱かった。


 トーマは、少しだけ戸惑った顔をした。


「十分、ではありません」

「ですが、最善です」


 その返答に、覚えがあった。

 かつて、自分が役所で使っていた言葉だ。


 午後。

 エドガーの執務室を訪ねる。


「教育の選別について、話があります」


「聞きましょう」


 彼は、机から顔を上げない。


「成果が出ない子供を、早期に切るのは」

「合理的かもしれません」


「“かもしれません”?」


「だが」

 言葉を選ぶ。

「学ぶ速度は、同じではない」


 エドガーは、ようやくこちらを見た。


「だから、期限を設けています」

「一定期間で、結果が出なければ」


「それは」

 声が低くなる。

「機会を、奪っているだけだ」


 彼は、少し考え、

 そして、静かに言った。


「あなたは、優しすぎる」


「そうかもしれません」


「ですが」

 彼は続ける。

「国家は、優しさでは回らない」


 正しい。

 正しすぎる。


「あなたの教育が」

「この制度を可能にした」


 突きつけられた事実。


「責任は、あなたにもあります」


 その夜。

 宿舎の部屋で、一人、考える。


 学校を守るために、黙らせた正解。

 秩序のために、切った教師。


 そして今。

 国家のために、切られる子供たち。


 線は、一直線だった。


 翌朝。

 トーマが、再び訪ねてくる。


「……進級停止の通知です」

「署名を」


 机の上に置かれた、書類。

 名前の列。


 その中に、一つ、見覚えのある姓があった。

 辺境伯領。

 夜学の生徒の家系。


 指が、止まる。


「トーマ」

「これは、急ぎますか」


「はい」

「本日中に」


 俺は、ペンを置いた。


「……少し、時間をくれ」


 トーマは、困惑した顔をしたが、

 何も言わずに下がった。


 窓の外を見る。

 王都の街は、整然としている。

 効率的で、無駄がない。


 だが、その下で、

 誰かが、静かに落ちている。


 俺は、初めて理解した。


 **教育は、人を育てる前に、選別する力を持つ。**


 そして、その力を、

 俺は、もう否定できない場所にいる。


 このまま進めば、もっと多くが切られる。

 止めれば、制度そのものが壊れる。


 ――選ぶのは、俺だ。


 だが、その選択は、

 もう“正解”と呼べるものではなかった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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