第14話 中央からの招待状
それは、敗北の翌日に届いた。
学校が、いつも通り始まった朝。
子供たちは静かに席に着き、板を見つめている。
秩序はある。混乱はない。
だが、そこに熱はなかった。
その光景を見てから、執務室に戻ると、フローラが一通の書状を差し出した。
「王都からです」
封蝋を見ただけで分かる。
辺境伯領に送られてくるものではない。
「……中央、ですか」
封を切る。
『王都における制度改革検討会への出席を求める』
『貴殿の教育施策について、意見を聞きたい』
文面は丁寧だ。
だが、これは要請ではない。
「呼ばれましたね」
フローラの声は、落ち着いている。
「はい」
「断れません」
俺は、書状を机に置いた。
教育を歪めた直後に、中央。
偶然とは思えなかった。
昼。
父の執務室で報告する。
「行くのか」
「行きます」
父は、しばらく俺を見つめていた。
「学校の件が、向こうにどう伝わっているか」
「分かっているか」
「……都合のいい部分だけでしょう」
夜学の成果。
数字。
秩序。
そして、犠牲になったものは、書かれていない。
「守ってやれなくなるぞ」
父の言葉は、静かだった。
「学校も」
「子供たちも」
「承知しています」
だからこそ、行く。
数日後。
王都への道中、馬車の中で書状を読み返す。
“制度改革検討会”。
曖昧で、便利な言葉だ。
責任は取らず、成果だけを吸い上げる場。
王都は、眩しかった。
石畳は整い、人は多く、情報が速い。
辺境とは、世界が違う。
会議室に通されると、既に数人が集まっていた。
官僚。
貴族。
そして――一人の若い男。
年は、俺より少し上だろうか。
整った服装。無駄のない動き。
視線が合うと、軽く会釈してきた。
「エドガー・ラインベルクです」
名乗りは、簡潔だった。
「あなたが、例の辺境伯領の」
「……教育改革を行った方ですね」
その言い方に、違和感を覚える。
「“例の”とは?」
「噂になっています」
エドガーは、淡々と言った。
「費用対効果の高い施策だと」
「文字教育で、行政効率が改善した」
――費用対効果。
その言葉で、分かった。
彼は、成果しか見ていない。
会議が始まる。
「教育は、投資です」
最初に口を開いたのは、エドガーだった。
「短期間で成果が出るなら、拡大すべきだ」
「出ないなら、切る」
迷いがない。
「辺境伯領の学校は」
「秩序を保ったまま運用できている」
俺の胸が、わずかに軋む。
確かに、嘘ではない。
だが、真実でもない。
「その方法を、標準化したい」
「王国全体で、同じ教育を行う」
それは、賞賛だった。
同時に、宣告でもある。
「あなたの経験が、必要です」
会議室の視線が、俺に集まる。
教育が、国家の制度になる。
俺の手を、完全に離れる。
「……一つ、質問があります」
口を開く。
「成果が出ない子供は、どうしますか」
エドガーは、即答した。
「投資対象から外します」
静かな声。
「教育は万能ではない」
「全員を救おうとするのは、非効率だ」
その理屈は、理解できる。
理解できてしまうからこそ、恐ろしい。
リーナの顔が、脳裏をよぎる。
声を失った、正解。
「……なるほど」
それだけ答えた。
会議は、滞りなく進んだ。
結論は、先送り。
だが、流れは決まっている。
部屋を出るとき、エドガーが並んで歩いた。
「あなたの教育は、優れている」
「だからこそ、危うい」
「どういう意味ですか」
「感情が、残っている」
彼は、少しだけ口角を上げた。
「制度にするなら」
「それは、邪魔になります」
その言葉を聞いた瞬間、確信した。
この男は、敵ではない。
だが――。
**この男が作る教育は、きっと人を切る。**
王都の空は、辺境よりも広く、冷たく見えた。
俺は今、次の段階に引きずり出された。
教育が、国家の武器になる場所へ。




