第13話 守ったもの、壊したもの
露見したのは、偶然だった。
いや――偶然を装った、必然だったのかもしれない。
朝、領政庁に呼び出しがかかった。
神殿からの正式な照会。
内容は、簡潔だった。
『非公式な教育活動の存在について』
胸の奥が、冷たくなる。
父の執務室には、既に司祭ヴァルドがいた。
穏やかな表情。だが、目は逃がさない。
「噂を、聞きました」
淡々とした声。
「夜間、倉庫に人が集まっていると」
「教師と、子供が」
否定は、できなかった。
「……学びの場です」
「学校の補助として」
ヴァルドは、少しだけ首を傾げる。
「補助、ですかな」
「では、なぜ“公式”ではないのです?」
その問いは、鋭かった。
沈黙。
父が、口を開く。
「それは、我々の判断だ」
「学校の秩序を守るための」
ヴァルドは、ゆっくりと頷いた。
「なるほど」
「秩序を守るために、秩序を分けた、と」
俺を見た。
「アルヴェイン卿」
「教えていただけますか」
「何を、ですか」
「あなたが、どちらを“正しい教育”だと考えているのか」
逃げ場のない問いだった。
公式の学校か。
裏の教室か。
秩序か。
自由か。
「……どちらも、です」
正直な答えだった。
「今の学校は、必要です」
「だが、あれだけでは、足りない」
ヴァルドは、目を細める。
「足りないからといって」
「隠れて教えるのは、正しいのですか」
正しくない。
分かっている。
だが。
「正しくなくても」
「守らなければならないものがあります」
空気が、張り詰めた。
しばらくして、ヴァルドは言った。
「神殿としては」
「非公式な教育活動は、認められません」
当然の結論だ。
「ただし」
その一言で、場の空気が変わる。
「学校そのものを閉じるつもりはありません」
「条件付きで、存続を認めましょう」
条件。
「裏の集まりは、即刻中止」
「教師アーネストは、公式な場から退いてもらう」
胸が、締めつけられる。
「彼は――」
「承知しています」
ヴァルドは、遮った。
「才能ある者だ」
「だからこそ、影響も大きい」
理屈としては、通っている。
だが、受け入れれば、何かが壊れる。
俺は、父を見た。
父は、静かに頷く。
――判断は、俺に委ねられていた。
「……分かりました」
口にした瞬間、何かが、決定的に終わった。
「裏の教室は、やめます」
「アーネストは、学校から外します」
ヴァルドは、深く頷いた。
「賢明な判断です」
その言葉が、やけに遠い。
その日の夕方。
学校で、皆を集めた。
「夜の勉強会は、今日で終わりです」
ざわめき。
リーナが、こちらを見る。
何も言わない。
だが、分かっている。
アーネストが、一歩前に出た。
「皆さん」
「学ぶことを、やめないでください」
それだけ言って、頭を下げた。
誰も、声を出せなかった。
数日後。
学校は、いつも通り続いている。
秩序正しく。
問題なく。
評価も、安定している。
だが。
リーナは、もう裏紙に計算を書かなくなった。
セシルは、以前よりも静かになった。
そして、アーネストの席は、空いたままだ。
夜。
一人で、倉庫の前に立つ。
ここで、声が戻った。
ここで、正解が息をした。
――それを、俺は、壊した。
学校は、守った。
教育は、続いている。
だが、胸の奥に残るのは、
勝利ではなかった。
「……これで、良かったのか」
答えは、返ってこない。
ただ、はっきりしていることがある。
教育は、始まった瞬間から、
**誰かを救い、誰かを切り捨てる。**
その現実を、俺は初めて、
真正面から引き受けた。
第2章――完。




