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転生した元公務員の俺は、 貧乏辺境伯領を教育改革で立て直す ~文字も読めなかった領民が王国を支えるまで~  作者: 芋平


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第12話 歪んだままの教室

 変化は、音もなく進んだ。


 授業は、以前よりも整っている。

 子供たちは席に着き、指示に従い、問題を解く。

 私語は減り、進行も滞らない。


 ――理想的だ。


 少なくとも、外から見れば。


「次の問題に移ります」


 俺の声に、誰も逆らわない。

 手は挙がるが、挙がるのは“安全な答え”だけだ。


 セシルは、相変わらず優秀だった。

 だが、発言は必要最低限。

 リーナは、もう目立たない。


 板の前で説明している最中、

 ふと、違和感に気づく。


 ――考える時間が、短い。


 以前は、沈黙があった。

 分からず、悩み、隣を見て、考え直す時間。


 今は違う。

 正解が見えないと、最初から手を挙げない。


 間違えない代わりに、

 挑戦もしない。


 放課後。

 アーネストが、珍しく教室に残っていた。


「……少し、よろしいですか」


 その声は、いつもより低い。


「最近の授業ですが」

「はい」


「子供たちが、“答えを探す”ようになっています」

「考えるのではなく」


 胸に、重いものが落ちた。


「秩序は、あります」

「ですが――」


 彼は、窓の外を見る。


「学びの熱が、ありません」


 反論は、できなかった。


 そのとき、教室の扉が開く。

 リーナだった。


「……忘れ物です」


 机の上に、紙を一枚置く。

 授業で使った計算用紙。


「リーナ」


 呼び止めると、彼女は立ち止まった。


「最近、どうですか」

「……普通です」


 普通。

 それが、一番怖い答えだった。


 紙に目を落とす。

 余白に、小さな数字が並んでいる。


 課題とは関係ない計算。

 だが、明らかに高度だ。


「これは?」

「……遊びです」


 視線を逸らす。


「声に出して、説明してみませんか」

「いいえ」


 即答だった。


「間違っていたら、いけないので」


 その言葉で、はっきりした。


 彼女は、学んでいる。

 だが、“見せない”ことを学んでしまった。


 夜。

 執務室で、父に報告する。


「学校は、落ち着いています」

「だが、歪んでいる」


 父は、黙って聞いていた。


「神殿の監視は、続いている」

「評価も、悪くない」


「それでも、です」


 言葉が、喉に引っかかる。


「……正解を、黙らせました」


 父は、ゆっくりと目を閉じた。


「守ったのだろう」

「ええ」


「なら、代償も引き受けろ」


 重い言葉だった。


 数日後。

 アーネストが、願い出てきた。


「別枠で、勉強会を開かせてください」

「公式ではない場所で」


 意図は、明白だった。

 “考えていい場所”を、取り戻したい。


「……それは」


 一瞬、神殿の顔が浮かぶ。


「私の責任で」

「処分されるなら、覚悟はしています」


 その覚悟に、逃げ場はなかった。


「分かりました」

「ただし、私も立ち会います」


 夜。

 倉庫の一角で、数人だけの集まり。


 リーナも、そこにいた。


「ここでは」

 俺は、はっきり言った。

「間違えていい」

「黙らなくていい」


 沈黙。


 そして、ゆっくりと、リーナが口を開いた。


「……さっきの問題」

「別の解き方も、あります」


 声は小さいが、確かだった。


 アーネストが、目を潤ませる。


 その瞬間、理解した。


 俺は、逃げていた。

 歪みを直すのではなく、

 歪んだまま、別の場所を作っただけだ。


 これは、解決ではない。

 延命だ。


 だが――。


 正解が、再び声を持った。

 それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。


 同時に、分かっていた。


 この“裏の教室”が知られたとき、

 今度こそ、学校そのものが問われる。


 第2章の終わりは、近い。


 これは、教育の勝利ではない。

 教育の、分岐点だ。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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