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転生した元公務員の俺は、 貧乏辺境伯領を教育改革で立て直す ~文字も読めなかった領民が王国を支えるまで~  作者: 芋平


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第11話 沈黙の正解

 神殿の監視が入った最初の授業は、異様な静けさに包まれていた。


 教室の後方、灰色の法衣をまとった司祭ヴァルドが腰掛けている。

 筆記具を持ち、子供たち一人ひとりの様子を、静かに見ていた。


「……始めます」


 俺の声は、いつもより硬かった。


 内容は、いつも通りだ。

 読み、計算、そして簡単な思考問題。


 だが、空気が違う。


 子供たちは、板ではなく、後ろを気にしている。

 間違えることよりも、「どう見られるか」を。


「では、この文を読んでください」


 指名すると、平民の子が立ち上がる。

 声が、震えた。


「……倉庫の、鍵は……」


 途中で詰まる。

 いつもなら、誰かが助け舟を出す場面だ。


 だが、今日は違った。


 誰も、口を開かない。


「続けて」


 俺は、促した。

 それが正しい判断だと、思っていた。


 ――監視がいる。

 ――余計な混乱は避けたい。


 ようやく読み終えると、司祭が小さく頷いた。

 それだけで、教室の空気が少し緩む。


 次は、思考問題だった。


「この計算結果は、どうしてそうなる?」


 問いを投げる。


 答えは、簡単ではない。

 だが、分かっている者はいる。


 俺は、セシルの視線に気づいた。


 彼は、答えを知っている。

 だが、手を挙げない。


 その隣で、リーナが、わずかに身を乗り出していた。

 農民出身の少女。

 夜学の頃から、数字に異様に強い。


 彼女の唇が、動く。


 ――言える。


 だが、視線が後ろに飛ぶ。

 司祭と目が合い、リーナは、黙った。


 教室が、沈黙に沈む。


 俺は、迷った。


 ここで指名すれば、どうなる?

 思想を疑われるかもしれない。

 学校全体に、圧がかかる。


 ――今は、波風を立てるべきじゃない。


「……では、今日はここまでにします」


 自分の声が、やけに遠く聞こえた。


 授業は、無事に終わった。

 司祭は、特に何も言わず、記録だけを残して去っていく。


 問題は、そのあとだった。


 放課後。

 リーナが、教室に残っていた。


「……先生」


「どうしました?」


 彼女は、紙を差し出した。

 そこには、先ほどの問題の解法が、正確に書かれている。


「……これ、合ってますか」


「合っています」


 即答だった。


 彼女は、ほっとしたように息を吐き、

 それから、小さく俯いた。


「……じゃあ、どうして」

「どうして、言っちゃいけなかったんですか」


 胸の奥が、痛んだ。


「言っちゃいけないわけじゃない」

「ただ、今日は――」


 言葉が、続かなかった。


 “今日は”。

 その一言が、すべてを物語っている。


「……分かりました」


 リーナは、そう言って、紙を畳んだ。


 その声には、納得も、反発もなかった。

 ただ、何かが閉じる音がした。


 その夜。

 アーネストが、執務室を訪ねてきた。


「……あの子は、才能があります」

「ええ」


「今日の件で」

 彼は、言葉を選んだ。

「学ぶのが、怖くなっていなければいいのですが」


 俺は、何も言えなかった。


 守るために、黙らせた。

 学校を守るために、才能を引っ込めさせた。


 それが、事実だ。


 翌日。

 リーナは、手を挙げなかった。

 その次の日も。


 解けていないわけではない。

 ただ、答えを、胸の内にしまっている。


 セシルが、俺に小声で言った。


「……あれで、いいのか」


 問い返せなかった。


 その日の報告書には、こう書かれていた。


『授業は秩序立って行われている』

『問題となる思想的逸脱は見られない』


 評価は、上々だ。


 だが。


 夜、一人で教室に立ち、

 空の机を見る。


 正解は、沈黙した。

 才能は、隠れた。


 学校は、守られた。

 その代わりに――。


 俺は、初めてはっきりと理解した。


 **教育を守るために、教育を歪めたのは**

 **他でもない、この俺だということを。**


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