第76話 新しい葡萄酒をガラスの器に一杯。アンシアン草を添えて……
惑星プタルカ・シンラ魔導王国首都ベルラーカ・第三城壁外南東地区貧民街にて。
翔太郎は、何の変哲もない、これぞ酒場! という店にいた。
「一杯くれ」
「……見ねえ顔だな。そんな上物着て、こんなところに何の用だ?」
カウンターの店主が訝ったように、翔太郎の服装はある意味目立っていた。
この惑星、ファンタジー派のポリシーなのか、いわゆる『中世』縛りだ。プラス『剣と魔法の世界』なので冒険者風スタイルや魔法使いスタイルが横行している。
そんな中、翔太郎は宇宙海賊のコスプレなのだ。
これは、アーテラスのお勧めだからという理由でAIたちが勝手に用意していた。翔太郎も、『何を着てもコスプレにしかならない。何より、嫌いじゃない』と認めた。ちなみに毒蛇の方ではなくキャプテンの方なので、まあまあファンタジー寄りだ。
ただ、見た目の品質がTPOにふさわしくなかったようだ。お付のロボットも、船長は豪華客船の船長服のままだし、ゴブさんは下っ端海賊風のシマシマ服だが、ゴブリン顔を包帯で隠しているし、メイコはメイド服だ。怪しい集団なことこの上ない。
店主は怪しむも注文どおり酒を出してくれた。木のジョッキにエールというお約束である。
翔太郎は躊躇わずに口にした。
謎科学による肉体改造はしていないが、AIたちの懇願で体内に医療用ナノマシンを多数仕込んでいる。これで毒入りの酒でも毒ガスでもドンと来いだ。
翔太郎は顔を顰めた。
宇宙要塞でシュミレーションとして飲んだエールもたいして美味くなかったが、この店のものは輪をかけた不味さだった。
毒は大丈夫でもマズイのはマズイ。
思わず日本製のビールが恋しくなる。
だが、今は任務が先だ。
「ゲフッ……もう一杯、といきたいところだが、店主、エンドってヤツに会いたい。繋ぎを取ってくれないか?」
「そんな野郎は知らんな」
「なんだ? やっぱり符丁とかってのを言わなきゃならんのか? アレは少し恥ずかしいんだがな」
「てめえ……何をわけのわからんことを……」
店主がそっぽを向くと、それが合図だったのか、屯していたガラの悪そうな客たちが翔太郎一行を囲むように近づいてきた。
「『新しい葡萄酒をガラスの器に一杯。アンシアン草を添えて……』だったか? アウトローの使うセリフじゃないよな。魔力異常を引き起こす薬草の名前はいいとして、新しいついでに別の符丁に変えたほうがいいんじゃないか?」
「ちっ、どこでそれを……って聞くだけ野暮か。おい、散れ。何でもねえよ。間違いだ。アンタも余計なこと言わないでくれ」
翔太郎の口にした『符丁』の効き目はあったようで、近寄ってきた酔客は店主によって追い払われた。
「それは悪かった。詫びに今日の酒代は俺がおごろう。といっても現金の持ち合わせはないから、ゴブさん……これで頼む」
翔太郎は後ろに控えているロボットからある物を受け取り、カウンターに置いた。
それは金のインゴットだった。
AIが用意しようと思えばどこの国の貨幣でも本物と寸分違わぬ逸品を偽造することもできるのだが、ハッタリとエンドという裏社会の人物を探す御題目も必要かと考えこのような形にしたのだ。
「おいおい。場末の酒場に何てモノ持ち込みやがる……なるほど、ヤツを呼ばねえと俺も金にならんわけだ」
「そんな感じで頼む」
「わかった。中に入ってくれ」
翔太郎のお遊びのおかげで、あわや一触即発か、という場面もあったが、無事に目当ての人物にコンタクトを取ることに成功したようだ。
翔太郎一行は店主に誘われカウンターの奥の部屋に入る。
が、そこは真の待ち合わせの場所ではないことを翔太郎はナノマシンの報告で知っている。肝心の尋ね人が不在なのもあるが、この部屋の壁には秘密の覗き穴が存在し、一見さんが尋ねてきた場合、会うに値するか調べられるらしい。まるで往年の刑事ドラマのセットみたいだというのが翔太郎の感想である。現実の警察署がどんな構造をしているかは知らない。それはともかく、お眼鏡に適わなかったら『エンドは遠方に行っているのでしばらくは会えない』とでも言われ、店を追い出されることになるだろう。
だが、ナノマシンを全世界、全人類一人一人に配置している翔太郎に死角はない。脳内チップを通じてリアルタイムで情報を得ることも可能だ。わからないのはプタルカの動向ぐらいである。
よって、件のエンドという人物がどこにいるかだとか、酒場の店主の使いがそのエンドに早速ご注進して酒場の裏口に向かっている最中だとか、今隠し部屋に入ってきて覗き穴を確認しているところだとかも瞬時に把握していた。
大物ムーブ継続中の翔太郎は一人テーブルに着き、ロボットたちはその後ろに立ったままである。普通なら会話も楽しめず時間を持て余すところなのだが、ナノマシンからの実況中継やAIたちの解説が時間の経つのを忘れさせてくれた。
だが、エンドが到着し、覗き穴で翔太郎の観察を始めたところで状況は膠着する。何しろ翔太郎一行は一人が座り3人がたったままで会話どころか目線も合わせない位置関係だ。エンドのほうも、普通なら観察対象は待たされていることでイライラして不満の一つも零すだろうし、そこに本音や本質が見えることを期待しての覗き部屋だというのに、翔太郎一行はまるで彫像のように動きがないのだ。これでは人物調査などできようはずもない。
見る者見られる者両者ともに動きがないとなると、流石のAIも実況中継を意味のないものとして無言になってしまった。
暇潰しの娯楽がなくなったから、というわけではないが、潮時だと翔太郎は判断する。
大物ムーブは継続し、ゆっくりと覗き穴のほうに身体の向きを変えて口を開くのだった。
「もう観察は十分だろう。始めましてだな、エドワルト・クレッセン殿。いや、今はエンド殿だったな」
AIの実況中継が再開し、エンドが驚きの表情で覗き穴から飛び退いたことを伝えてきた。
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