第73話 一線を越えてはいけない
アーテラスの翔太郎への新たな依頼はプタルカを誘き出すことである。
神々にできないことを只の人間にさせるのは如何なものかと訝ったが、数多くのラノベでも魔王や邪神を倒せと命じる設定があるのだ。それに比べれば囮になるぐらいなら難易度は低いし、神たちにも人間には理解できない秘策でもあるのかと翔太郎はこれを了承した。
その依頼を受けてから行動を起こすまでには神目線でちょっと、人間目線ではしばらくの時間がかかった。その間、翔太郎はAIたちとともに如何にしてプタルカを誘き出すかという難題に取り組んでいた。
敵惑星に乗り込むのは確定事項だが、そこで『金田翔太郎、ここにあり!』と単に騒ぐだけでは意味がないのでは、と考えられる。おそらく囮だと気付かれて、本体は雲隠れしたまま分体か、分体の分体を出して逆にSF派の神々を誘き出そうとしてくるかもしれない。自分がアーテラスの惑星を侵略したことは棚に上げて、本拠地を攻撃されたという名目でファンタジー派の神々に泣き付くという姑息な手段に出ても不思議ではない。
なにしろ翔太郎は神々の世界については全く知らないからだ。派閥の中に更に細かな派閥が存在するのは容易に想像できる。しかし、その小派閥同士の力関係まではわからない。ファンタジー派の中の穏健派があるとして、そこにSF派が根回しをすれば、穏便にプタルカの身柄を引き渡して手打ち、というのが翔太郎にとっても最善の結果なのだが、過激派みたいなのが幅を利かせていたらどう転ぶかわからない。プタルカが泣きつくとすれば似たような思想の神たちだろう。そうなると最悪はラグナロク勃発という事態に縺れ込む可能性だってある。
であるからして、神に頼らず翔太郎がしなければならないことは、なんとしてもプタルカの本体を引きずり出すことに尽きる。
分体まではAIに自信があるようなので、SF派の神々が出る前に翔太郎が潰す。これを繰り返せばいずれプタルカ本体も出てくるだろうと思われる。
しかし、翔太郎は不安があった。
相手が神だ、という点である。今更何をと言われるかもしれないが、寿命のある翔太郎には時間稼ぎという戦法が覿面なのだ。プタルカはこのまま雲隠れしていれば逃げ切れる。神にとってはそう長い時間でもないだろう。翔太郎がいなくなった後、SF派の神々にできることは直接本拠地を攻撃することぐらいしかできない。そうなれば他の神々に泣きつく大儀名分もできる。根回しが早いか、翔太郎の寿命が尽きるのが早いかのサドンデスだ。
翔太郎は、いくらアーテラスからの依頼だからといっても一生をかけたくはない。
では、どうすればプタルカの本体が出てこざるをえない状況に持ち込むのか。
様々な意見が出たが、概ね似たようなアイディアだった。概略は、報酬の名目でプタルカの惑星をSF派の標準に改造する新たな依頼があるが、それを前倒ししてしまおうということである。つまり、ファンタジー世界を魔法のない、地球のような惑星にしてしまうということである。
これは、プタルカへの挑発も兼ねている。本体が出てくれば良し、出てこなかったら出てこないで惑星を実効支配してしまおうというわけだ。複数の神々の承認がもらえれば、もうプタルカに権利はなくなるはずである。その後過激派に泣きついても意味はない。相手が翔太郎という人間だからだ。こうなるといくら過激派でも口実はなくなるだろう。おそらくプタルカもそれ以前に惑星を取り戻そうとする。そこを狙うわけだ。
神相手にしてはかなり大雑把な作戦だが、後がないのはプタルカのほうである。自滅覚悟のラグナロクさえ気をつければこの作戦でいけるだろうとのAIの予想だ。
方針は決まったが、細かな作戦も数多く提案された。
その中で翔太郎が却下した案が『洗脳』である。
これは、『敵惑星の全人類を洗脳して、プタルカからアーテラスに信仰を改宗する』という作戦で、魔法やレベルアップシステムに頼らず、科学で文明を発展させよう、というコンセプトだ。
翔太郎は、「コンセプトは依頼どおりだから問題ないが、方法が『洗脳』というのは認められない」と却下したのだ。
だがAIは何度も食い下がってきた。
AIは言う。『魔力がなくなると世界は一変する。人類を混乱させないためには洗脳が手っ取り早い』と。
そして『これぐらいやらないとプタルカは出てこないだろう』とも。
一理も二理もあった。
だが、翔太郎は凡人である。
謎科学の力で、肉体はおろか精神まで改造して超人になることもできるのだが、頑なに拒否して凡人のままでいる。
肉体改造に関しては単なる『男の矜持』とやらが原因だが、精神改造については、『自分が自分でなくなりそうなのが恐ろしい』と感じている。AIが『そんなことはありえない』と太鼓判を押しているのにも関わらずだ。未知の文明に出会って1年足らず。まだまだギャップは埋まらないようだ。
その凡人の価値観からすると、『洗脳』という言葉に対しても拒否感が出るのは仕方がない。
翔太郎も、理想だけで世の中が回っているとは思っていない。『教育』『躾』『指導』『風潮』『トレンド』など、言葉を換え品を換え、誰かが誰かを『洗脳』しながら社会は形成されているのだ。確かに混乱は起きにくいだろう。元弱者として納得はできないが理解はできる。
しかし、薬物や暴力を使っての強制的な『洗脳』は映画や漫画の世界だけにしてほしいという凡人的小心さが、『一線を越えてはいけない』と警鐘を鳴らしているのだ。
真っ暗な狭い部屋に長時間閉じ込めたり、単純作業を延々と繰り返させたりすると人間は精神を病む。発狂寸前に、さも救い出したような顔で優しくすると、何でも言うことを聞く信者の出来上がりだ。そして、地球にはない魔法や謎科学なら面倒なプロセスも踏まずに信者を創り出すことができる。苦痛がない分人道的なのか? 翔太郎はそこは重要ではないと感じている。
ともかくも、言葉ではAIに敵わないが、翔太郎は『洗脳』という手っ取り早い方法を却下したのだった。
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